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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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ネパール バスの旅-01 ネパール編
ネパール バスの旅-01 ネパール編 1

ネパール バスの旅-01 ネパール編 2

ネパール バスの旅-01 ネパール編 3

ネパール バスの旅-01 ネパール編 4

 私が 外国で長距離バスというものを利用したのが 25年前のネパールでのこと
 だった。
 25年前に初めて外国生活を始めたのは ネパールのカトマンズからだった。
 当時のネパールのツーリストヴィザのルールでは 3ヶ月滞在したら、一度他国に出る
 必要があった。
 隣国といっても陸路で移動できる国といえば 当時はインドしかなかった。
 3年間 ネパールに住むつもりだったから、3ヶ月ことにインドで出国し、
 ヴィザを取り直すということは 避けることの出来ないものだった。
 最初の3ヶ月の滞在が終わりに近づき、インドへの出国が必要になり、
 その目的地をインドのダージリンと決めた。
 一番簡単な方法は ネパール・インド国境のバイラワ・スノウリへ行き、インドに
 出国し、再び、ネパールに入国する方法であったが、せっかくインドへ行くのだから、
 インド旅行も楽しもうと、ダージリン旅行を決めたのである。

 インドヴィザを取り、当時は必要だったダージリン入域パーミッションも取り、
 インド国境 カーカルビッタ行きのバスのチケットも予約した。
 初めてのインド行きであり、ネパールの長距離バスの経験だった。

 バスは 夕方の5時頃、カトマンズを出発した。予定ではカーカルビッタには
 13時間後の翌日の午前6時過ぎには 到着するはずである。
 このバスというのが 時代物のインドのタタ製のバスで、形だけのリクライニング
 シート、快適とは程遠いものだった。

 カトマンズ盆地の出口であるタンコットのチェックポストを過ぎて、バスが下りに
 入ると 辺りは夕闇に包まれ、時は夜の闇の世界へと向かっていた。
 カトマンズ盆地を出ると 見渡しても 電気の明かりなど見ることは出来なかった。
 遠くに明かりらしきものが見えても それは電気の明かりではなく、家々の夕べの
 食の用意のための燃える火だった。
 それ以外は 全くの暗闇だった。
 カトマンズ盆地の中を除けば、盆地の外は まるで 江戸時代にでも迷い込んだような
 気持ちがしたものである。

 途中の停留場所 ムグリンまでそんな暗闇の世界が続いた。
 ムグリンに バスは30分ほど停車し、乗客はそれぞれタカリ族の経営する食堂で
 ダール・バート・タルカリ、それに地鶏のカレーのネパール定食を食べることになる。
 このムグリンのタカリ族の作るダール・バート・タルカリは 美味しかった。
 25年前からタカリ族の作るダール・バート・タルカリは 健在だったのである。

 ムグリンまでは スムーズにバスの旅は進んでいったが、ヘタウダという南ネパールの
 東タライ地方の入り口を過ぎたあたりから、様子がおかしくなってくる。
 バスが30分ごとに止められ、乗客と荷物のチェックが始まったのである。
 夜行バスなのに30分おきに乗客と荷物のチェックがあるのでは 眠れたものではない。
 30分おきに5分、10分と停車するようでは バスもスピードを出せない。
 こんな状態がカーカルビッタまで続き、カーカルビッタに到着したのは 午前9時、
 バスの旅は なんと17時間に及んだのである。

 カトマンズに帰ってから、話を聞くと カトマンズでバスが出発した日、王宮のゲート、
 アンナプルナホテルなどの何箇所が爆破され、そのためにチェックが厳しくなったと
 いうことだった。
 まだ若かった時代であるから、おんぼろバスでの17時間の旅も耐えることが出来たが
 今では 到底 無理だろう。
 こんな目にあったら、疲れで2,3日は旅どころではないだろう。

 17時間のおんぼろバスを降り、ネパール側で出国手続き、インド側で入国手続きを
 済ませ、ジープで次の街 シルグリへと抜け、そこから 山の町 ダージリンへと
 向かうバスに乗り込み、2時間以上かけて、カルシャンという小さな町に到着した。

 初めてのバス旅行が こんなひどい状態であったから、このあと経験するバス旅行が
 すべて大して過酷なものだとは思えなくなったのは 怪我の功名である。

 ネパールには鉄道というものがないのだから、カトマンズ盆地から地方、インドへの
 旅行は インドのタタ製の使い古したおんぼろバスに頼るより仕方なかった。
 このバス、上り坂に弱く歩くような速さで カトマンズ盆地へと上っていくのである。
 これには あきれ果ててしまったものだ。

 ネパール滞在の3年間 ネパール・インド往復をこのおんぼろバスで 
 何度 繰り返したことか。
 その間 バス事故の多いネパールのバスの旅であるが、1度のそんな目に合わなかった
 ことだけでも運が良かったと言っていいだろう。


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エピソード | 14:30:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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