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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
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東京から タイの行方‐4
 12月1日、連合(PAD)は8月依頼占拠していた首相官邸占拠を明け渡し、
 ドンムアン空港、スワンナブーム国際空港へと移動を始め、当地の主流グループと
 合流することになった。
 11月30日から首都バンコクに集まり始めた新政府組織 連盟(DAAD)との
 争いを避けたためであり、30日に起こった爆弾投げ込みで、50人の負傷者を
 だし、身の安全が保障できなくなったためである。

 チャムロン元バンコク都は 知事明け渡しの条件として、国家のために行った行動で
 あるから、国は賠償請求を行わないことを要求し、全責任は自分が負うことを表明
 している。

 一方、連盟(DAAD)は 12月1日、バンコク市庁舎前の広場で1万人規模の
 集会を開き、早ければ2日に下される与党3党の選挙違反行為に対する憲法裁判所の
 判決に圧力をかけ始めている。

 軍・警察が ドンムアン空港、スワンナブーム国際空港に占拠する連合(PAD)を
 国王誕生日の5日までに 排除するという話もあるがどこまで本当であるかは
 わかっていない。
 そのことを知った連合の指導者 チャムロン元バンコク都知事が、ドンムアン空港、
 スワンナブーム国際空港をかためるために 首相官邸を放棄したという話もある。

 軍、王室、財界、軍事政権時代に任命されたメンバーの残る憲法裁判所などの思惑と
 国際社会からの圧力などが絡み合い、どういう解決を図るのか、予測の就かない状況に
 なっている。

 1932年 タイでは立憲革命は起こり、立憲君主制に移行するが、1933年 
 バホンやピーブンによる軍閥によるクーデターが起こり、この頃から軍事独裁の
 芽が育ってきている。
 軍事政権を嫌ったそのときの国王ラーマ7世は 眼の治療を理由にイギリスに逃亡し、
 タイに戻るように軍事政府は要望したが、いつまでも経っても 民主制に移行しない
 政府に抗議するために、1935年 自らの意思で王位を退位し、1941年に
 亡くなるまでタイの地を踏むことはなかった。

 その後に王位を即位したのが 現国王の兄であるラーマ8世であるが、まだ10歳と
 いうことから、スイスで学業を続け、20歳のときにタイに帰国するが、1年も
 しないうちに不可解ななぞの死を遂げてしまう。

 事故死と言われているラーマ8世の死の12時間後に そのあとを継いだのが、
 現国王のラーマ9世である。
 ラーマ7世の時代に失墜した王室の権威と力を回復させるために 王室一家は
 多大の努力を惜しむことなく続ける。
 タイは立憲君主制の国ではあるが、軍事政権実質的には軍事政権の国家であり、
 国王は政権の傀儡に過ぎなかったが、ラーマ9世は、官僚や軍部の調停役として
 権威を強化し、国民からも絶大な支持と敬愛を集めていった。
 絶えず、クーデターを繰り返し、政権を転覆させてきた軍は 恐怖を与えることは
 あっても、国民の信頼を勝ち取ることはなかったのとは反対に 王室は 村や辺境を
 訪問し、貧困者の声に耳を傾けるという超人的な活動と軍とのバランスを保つという
 聡明さは、タイ国民の絶対的な信頼を獲得していったのである。

 1992年のクーデター未遂事件では 軍を背景にするスチンダ首相と民主化運動
 の指導者チャムロン元バンコク都知事を王宮に呼び、一夜にして混乱を収拾するぐらいに
 王室の権威は回復し、それは武器を持つ軍を超えるものになっていたのである。
 1992年以降、国王の承認なしに 官僚も政治家、軍も行動を起こすことは難しく
 なっていた。
 軍も政治家も信用しない国民も 国王だけには絶対的な信頼を置いているというのは
 確かな事実である。


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タイ事情 | 13:18:33 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
こんにちは。
双方ともどんな解決を探っているんでしょうかね。ここ一両日中に
憲法裁判所の判決が出て公民権停止で失職しても、いずれにせ
よ総選挙になればタクシン派がぶり返してまた同じことになる。
選挙ではPAD側は勝てないこと分かってるはずなのに。国内の
この混乱を見て、誕生日前日の講話で国王が何らかのメッセージ
を出すと思いますが、政府側、反政府側がどんな判断を示すですね。
2008-12-02 火 17:05:43 | URL | machan [編集]
どうあがいても 旧支配層、軍部、貴族、旧財閥を支持するのは
国民の30パーセントぐらいでしょう。
北部も東北部の大半も 現政権を支持しています。
2百年間、辛い生活をしてきていますからね。

特権階級対平民という構造に戻そうと考えているようですが、
そうなったら軍の独裁政権しか方法はないと思われますが、
それもタイの発展を遅らせることになるでしょう。

本来のタイ人は蚊帳の外において、中国系タイ人同士で
利権を争っているだけです。
タイはすっかり、中国系タイ人に国を奪われたといった感じです。

官僚も経済界も、警察、軍のトップは 大半が中国系タイ人になり、
遠慮がまったくなくなりました。

悪知恵の働く人間が のし上がっていくのが 世の中の常だと思うと
情けないですね。
2008-12-02 火 19:53:36 | URL | ひかるの [編集]
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