■プロフィール

ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

■最近の記事

■Automatic translation WEB site
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー

■FC2カウンター

■あしとも

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
懐かしい風景‐02 思い出通り
懐かしい風景‐02 思い出通り

 バンコクのトンブリ地区をぶらぶらと歩いていると、何かにひきつけられるように
 路地に入り込むことがある。
 路地の両側に立ち並ぶ建物は 50年以上も前に建てられたような木造の建物、
 この通りに並ぶ駄菓子屋も 美容院も 小さな食堂も 過去の世界へと遡ったような
 気持ちにさせる懐かしいものだ。
 駄菓子屋一つ見ても お菓子と子供の喜びそうな安価なおもちゃや当てものが並び、
 昭和30年代の日本と同じような姿だ。
 それは 私が幼児期、少年期を過ごした郷里の風景に重なるものがある。

 昭和30年代の子供の遊びの中心はといえば、男の子は メンコやビー玉、
 女の子はおはじき、人形遊び、子供たちとって 自転車は憧れの的だった。
 正月は凧揚げ、自分たちで作ったりもした。竹鉄砲、水鉄砲、弓矢、パチンコ、
 遊び道具の大半は自分で作っていた。
 それはものづくりを通して、手先の器用さを身に着ける体験学習でもあった。
 遊びも集団遊びが中心で、一人で遊ぶことも少なかった。
 原っぱや山や海、川は自然と触れ合う格好の場所だったし、
 その自然を通して、五感を訓練していたのだろう。
 身体を使うということが 世界と係わりあう重要な手段であることを信じることが
 出来る時代だった。
 身体を使って努力すれば、それが報われる時代でもあった。

 確かに皆、貧しかった。
 美味しいものを食べるのは、正月ぐらいのものだった。
 どこの家も同じようなもので どの家にも子供は4,5人おり、贅沢など無縁の世界で
 質素なものを食べていたし、着ているものも継ぎがあたっていて当たり前だった。
 だからといって不幸という感じはなかった。
 今のように情報量もそれほどなく、情報に左右されることもなかった。
 今に比べれば、フラストレーションの少なかった時代では思う。
 当時のテレビの番組だって、今ほど消費をあおるものではなかった。

 この頃では、バンコクでもカトマンズでも 今の日本と同じように消費をあおるような
 番組やコマーシャルが増えてきている。
 コマーシャルの場面といえば、成功した中産階級の家庭である。
 立派な近代的な家、そのモダンなリビングやキッチン、それに見合った電気製品、
 冷蔵庫、大型テレビ、電子レンジ、洗濯機 お金やものがなくては生活できない、
 幸福になれないというイメージを植えつけることに躍起なっている。

 このバンコクの古い生活の名残が残っている人々の生活は 
 幸福とは無縁のものだろうか。
 20年、30年前より 人々は 幸福感を持って生活しているのだろうか。
 汗水たらして働く人間に報いはなく、企業や株だの投資に精出す人の下に
 お金が集まっていく。
 お互いに分け合って生活するという理想はどこに行ったのだろう。
 もうそういう時代は 帰ってこないのだろうか。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ



懐かしい風景 | 21:31:04 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。