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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク 路上を眺めて
バンコク 路上を眺めて 1

バンコク 路上を眺めて 2

バンコク 路上を眺めて 3

 バンコクの街中の路上を眺めていると、ついついカトマンズのことを考えてしまう。
 ネパール政府が 今週の水曜日までにカトマンズ、ラリトプル、バクタプルの歩道の
 露店を撤去するという決定をし、2,3日前から警察を使って、撤去作業を進め、
 場所によっては、警察とのいざこざも生じていたようだ。
 私が カトマンズ滞在中、よく通った場所はどうなったのだろう。
 皆、他に仕事がないから、路上での商いをしているぎりぎりの生活をしている人たち
 だったが、マオイスト主義政党も政権の中枢に入ると、弱者に眼を向けることから
 遠ざかっていくようである。

 ネパールの政治の中枢にいるのは バウン族(ヒンズー教カーストの最高位に属する
 僧侶階級)、彼らは自分たちの血族にしか興味を示さない。
 自分たちより下のカーストは 自分たちに奉仕するのが当然であると思っている。
 インドのカースト制は基本的には様々のカーストを含んだコミュニティを持っており、
 その中でバランスを保っているところもある。
 この形は、カトマンズの先住民族 ネワール族のカースト社会に近いものだろう。

 ネパールのヒンズー教徒のカースト、特にチェットリ、バウン族のカーストは 
 そうしたコミュニティを持たない。
 4,5百年前から イスラム勢力との戦いに敗れ、ネパールに入り込んできた
 チェットリ、バウン族は ネパールに国境を接するインド側の様々の地域から
 入り込んできているから、バウン族、チェットリ族間の血縁関係はない。
 インドのベンガル州、ビハール州、ウッタル・プラディッシュなどインドの各地から
 ネパールに入り込んでいる。
 身軽にネパールに入り込めるカーストの人間といえば、支配者であったチェットリ、
 バウン族であり、武器を作る鉄職人カミといわれるカースト、カサイと呼ばれる屠殺カースト、
 ダマイと呼ばれる縫製職人を伴ってネパールに逃げ込み、農業を営むカーストの
 人たちはインドにそのまま止まっているはずである。
 その役割を押し付けられたのが、ネパールの先住民族 マガール、グルン、タマン族
 などである。

 ヒンズー教の高カーストであった彼らにとっては、ネパールの先住民族は、
 文化程度の低い扱いやすい人間に見えたのだろう。
 チェットリ族は武器を使い、バウン族は口を使い、先住民族を支配していったのだ。
 240年前にカトマンズのネワール族を征服したあとも、王族に群がるチェットリ族、
 バウン族優先の支配構造は ますます先鋭化していく。
 多民族を理解し、その文化を尊重するということなく、ヒンズー教によるカーストに
 よる支配を確立し、先住民族も政府の職(下級公務員、下級兵士、下級警察)を
 得るためにはヒンズー教への改宗を装うことが必須のことだった。

 ラナ家独裁専制時代には、ライ・リンブー族、グルン族、マガール族を
 イギリス軍に 傭兵グルカ兵として送り込み、莫大なお金を手にしたのである。
 ラナ家独裁専制時代に建てられた王宮の数々は グルカ兵の命と引き換えに
 手にしたお金によって建てられたものだ。

 チェットリ、バウン族による支配は、力による支配であり、民族融和をいう視点は
 持たなかった。
 彼らにとってコミュニティとは血族関係のみであり、血族が違えば、バウン族、
 チェットリ族であってもつながりを持たない。
 官僚、軍、警察の職に チェットリ族、バウン族を優遇することで成り立ってきた世界である。
 それ以外の民族はあくまで被支配者階級であったのである。
 バウン族、チェットリ族が 他の民族と結婚するなどということも ほとんどなかったのである。

 そうした身分制社会に反旗を翻したのが マオイストであったが、政党の党首であり、
 首相であるプラチャンダ氏も バウン族であり、やはり、バウン族の習性を併せ持っており、
 時折 バウン族優先主義が見え隠れしている。
 彼を支えるNO・2も同じくバウン族である。

 これでは 王政を支えたバウン族からマオイストというバウン族に権力が移ったに
 過ぎない。

 貧しい人々に新たに職を与えることなく、路上から追い出す、これでは従来の政府と
 同じことである。
 きっとバグマティ川沿いのスラム住民に対しても 同じような追い出しを図るのではと
 心配にもなる。


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バンコク ある風景 | 13:51:32 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
ひかるのさん、

ネパールの政治情勢が少し分かりました。
困ったじょうたいですね。

考えても仕方がにのでしょうが、つい考え込んでしまいます。
また教えて下さい。
草々、藤山杜人
2008-10-22 水 14:17:08 | URL | 藤山杜人 [編集]
藤山様

バウン族、チェットリ族は 本来 生産に従事しないカーストですから、
貧しい人たちの苦しみは あまり理解しない人たちです。

ネパールの先住民族からすれば、母屋をのっとられたという感じでしょう。
この4,5百年の間にインドから、どんどんバウン、チェットリ族が
入り込み、ネパールでの人口比、30%を占めるようになるのですから、大変なことです。
ネパール統一共産党の国会議員もバウン族の地方地主が多いと
いうのも不思議な現象です。
無産階級ではないのですね。

                                 ひかるの
2008-10-22 水 14:43:03 | URL | ひかるの [編集]
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