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投稿日:2008-10-14 Tue






ダサインの祭りが近づき、そしてダサインの祭りの15日間に入ると、
子供たちは 凧揚げを競うようになる。
凧揚げは、本来 天にいる天候を司る神インドラに もう雨はいらないと伝えるための
ものであり、稲の刈り取り、乾燥を願う農民たちの祈りをこめてのものだったが、
今の子供たちは、もうそのことを知らない。
凧揚げの季節になると 子供たちは ガラスを粉々に砕き、糊の中にそれを入れ、
タコ糸に塗りつけ、凧同士の戦いになった時に、相手の糸を切りやすくする。
相手の糸を切ったほうが勝ちである。
糸の切れた凧が ふわふわと地上に落ち始めると、子供たちは その凧を求めて、
競うように走り出していき、自分のものにしようとする。
店では 1つ2ルピーで売られている凧ではあるが、拾うことも楽しみの一つだ。
昔はダサインともなれば、無数の凧が 大空を舞っていたものだが、
近頃ではその数も減り、昔の勢いはない。
ダサインの祭りの風物誌としては 寂しい限りである。
凧揚げを楽しんでいるのは、コンピューターゲームや高価なおもちゃを持たない
貧しい家の子供たちの遊びになってしまっている。
男の子たちは 凧揚げを楽しんでいるが、女の子たちはピンと呼ばれる
これもダサインの祭りの風物誌である竹で組んだブランコを楽しむ。
一度、ブランコに乗ってしまうと、皆 なかなかブランコを放さず、周りはぶーぶーと
不満の声を上げる。
中には若い女の子がブランコに乗ると、重さのためにブランコの綱が伸びてしまい、
結びなおすこともしばしばである。
日本の正月と同じで、子供たちはダサインの祭りの時には 新しい洋服を買ってもらう。
それも楽しみの一つである。
この物価高の折、新しい衣類、ダサインの時には腹いっぱい食べるための肉の調達と
親にとっては 頭の痛い時期でもある。
今、カトマンズからダサインの祭りを郷里で迎えるために 村に帰っていった人たちは
60万人にも上ると報道されている。
10月6日からは、官庁も休みに入るから、カトマンズから郷里を目指す人間は
もっと増えるだろう。
この時期は 村へと向かうバスの事故がよく起こる。
無理やりに乗客を積み込み、バスの屋根の上まで人を乗せ、バランスを失い、
谷底に落ちて、多くの死者や負傷者を出す時期である。
せっかくの里帰り、無事に再びカトマンズに帰ってくることを祈るばかりである。
10月6日からの1週間は国の休日に入り、人口の減ったカトマンズは、静かになる。
旅行者にとっては 多くのレストランが休みになり、受難の日々である。
今日などは工場も休み、人も少なくなったということで、
午前10時から午後1時までの停電が、午前10時半には電気が来ていた。
この1週間、どうも計画停電は 中止のようである。
ダサイン後には 計画停電の時間が増えるという噂が立っている。
一体 どうなることやら。
その頃は、私はカトマンズからバンコクに移っているので、救われたといった感じで
ある。
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