投稿日:2008-10-03 Fri






25年前 私が初めてネパールのカトマンズに訪れた頃の旅行者の溜まり場といえば、
バソンタプールの旧王宮広場の近くのジョッチェン フリークストリートあたりで
私が カトマンズに荷を下ろしたのは 今はないGCロッジだった。
用があって、タメルに行っても ホテルも カトマンズゲストハウス、スターホテル、
トクチェピークホテルぐらいで、レストランの数も少なく、KCレストラン、プムプキン
などの何軒かに過ぎなかった。
人通りがあるのも カトマンズゲストハウス近辺だけで、夜7時ともなれば、
いたるところに暗闇がすぐっているような場所だった。
それがいつの間にか、多くのホテル、ゲストハウス、レストラン、土産物屋が
建ち並び、一大ツーリスト地区に様変わりしてしまい、その規模は バンコクの
カオサン地区以上の規模にもなっていた。
ダンス・バー、マッサージ・パーラー、ディスコと娯楽施設も揃え、無国籍な欲望の
渦巻く場所にもなっている。
ここには素朴なネパールの姿の片鱗など見つけることも出来ず、
地元ギャングたちの利権の巣窟にもなっている。
通りを歩けば、「ガンジャ、ハッシシ」とドラッグの売人たちが声をかけてくる。
お金をねだるストリート・チルドレンたちは徘徊し、旅行者を見つけては、
お金をねだる。
25年前には タメルがこんな街に変貌するとは 予測もしなかった。
1991年の民主化以前は まだのんびりした雰囲気を残していたが、
今はカトマンズの人口増加の激しさに伴って、車、オートバイ、リキシャなどが
通りの中に入り込んできて、道を歩くのも大変な有様だ。
確かに多くの日本食レストラン、イタリアン、ジャーマン、中華、韓国料理が
集まっていて便利なことは便利ではあるが、お金に血眼になったネパール人たちが
集まっているだけで この頃では、魅力も失せ、用事でもない限りは出かけないように
なってしまった。
やって来ても タカリ・キッチンで美味しいダール・バート・タルカリを食べて
帰るぐらいのものである。
そんなタメル地区が 今 大揺れである。
新政府のネパール統一共産党出身の内務大臣が カトマンズのナイトライフは
夜10時までで閉店という決定をしてしまったからだ。
レストラン、ディスコ、ダンス・バーの夜10時以降の営業を禁止、ホテルも11時には
閉める。
夜10時以降にうろうろしている人間も厳しく取り締まるということだ。
目的は カトマンズの治安維持らしいが、如何にもバウン族(ヒンズー教の僧侶)
出身の内務大臣の人間の欲望を抑えるといった抑圧的な対応である。
これに対抗して、レストラン、ディスコ、ダンス・バーの経営者、従業員が
売り上げが下がり、生活できないことを理由に ゼネストを始めるようだ。
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