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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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アジアの街角 1枚の写真から‐30 三世代家族
1枚の写真から‐30 次世代

 ネパールのカトマンズの路地に入り込んでいくと、チョークと呼ばれる広場がある。
 その場所は、その地区に住む人たちの交流の場、憩いの場になっている。

 農作物の収穫時に穀物を干したりすることもあるし、そこには水場はあって、
 近所の主婦たちが 一緒におしゃべりをしながら、洗濯をしていたりする。
 みんな 血の濃い薄いはあっても どこかで血のつながりあっている人たちだ。
 幼い子供たちの面倒を見ているのは、祖父母たちである。

 孫たちは 一族の血を伝えていく宝物なのだ。
 ずっと昔から途切れることなく続いてきた祖父母、父母、子供、孫、曾孫で
 成り立ってきた家族、その形が彼らの生活を支えてきたし、これからも支えていく
 だろう。
 歳を取れば、誰でも体力は衰え、出来る仕事も限られてくる。
 それでも老人にとっては、誰かの役に立っていることは喜びであるし、
 生きがいにもなる。
 幸福とは こんな小さなことから得ることが出来るが、それは生まれたときからの
 積み重ね、先祖代々からの積み重ねの結果である。

 片手で筵の上のとうもろこしの実を満遍なく陽に当たるようにひっくり返し、
 もう片手で孫の面倒を見る。
 息子や嫁たちは、農作業、日雇い仕事に出かけているのだろう。
 のんびりした幸福な午後の時間だ。
 平穏な一生とは こんなものなのだろう。

 こんな時間を過ごしている人たちには 幼児虐待などということはないだろう。
 子供が一族の宝物であれば、老人も一族の宝物である。

 こんな光景を日本の都会で見かけることは、数少なくなってきている。
 田舎や村でも、老人はいても、若い世代の姿はない。
 部屋がないから、自由を尊重すると言いながら、老人たちは、子供たちの自由に
 任せている。
 結婚すれば、別の世帯を持つというのが当たり前になってしまった都会生活である。
 誰かのために役立つ生活というものが、身近なところから失われてしまっている。
 家族というものが、幸せの源泉でなければ、社会の安定、幸福などあるはずもない。
 豊かな地域共同体も生まれようもない。

 いつの間にか、子供も若者も老人も 生きる場所、生きられる時間を
 失ってしまっている。
 政府の話や政策を鵜呑みにしている内に、知らぬ間にこんな風になってしまっていたと
 いうのが 本当のところだろう。
 こんなはずではなかったと思っている人は 大勢いるはずだ。

 いつまでも家族と一緒に過ごし、歳を取ったら、孫の世話をして過ごすというのは
 当たり前の願いなのではないだろうか。
 そんなことを言い出しにくい世の中になってしまったほうがおかしいのではないか。
 つい50年前までは、家族が一緒に生活し、三世代一緒に生活するというのが、
 当たり前だったし、それまでは、延々と続いてきた人類の歴史でもあった。
 それが壊れてきたのは、それを壊そうとしてきた輩の悪知恵の結果なのではないかと
 疑いたくもなる。 


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アジアの街角 1枚の写真から | 01:46:41 | Trackback(0) | Comments(0)
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