投稿日:2008-10-01 Wed







インドラ・ザットラの祭りに対する政府の予算削減に発したカトマンズの先住民族
ネワール族のゼネストも インドラ・ザットラの終わりとともに終焉に向かっている
ようだ。
ダサインの祭りを2週間後に控え、ダサインの準備のためのネパール人の購買意欲が
盛り上がっている時、毎日のようにゼネストを実行されては、ニューロード、アッサン・
バザールに多くの商店を持つネワール族の商店主も痛手である。
今回の騒動は マオイスト主導の政府を混乱させるために 裏でネワール族の中から
選出された野党ネパール国民会議派の国会議員によって扇動されていたようにも思える。
カトマンズのデモや抗議運動は 政党から日当が出て、そのお金目当てで人が繰り出
されるという話をよく聞くが 中心になって動き回っている若者たちを見ていると
そんなことも見え隠れしている。
デモ1つ見ても散発的で盛り上がりも見せず、治安警察隊と若者たちとの
いたちごっこのような有様で、商店主も店を開けていると嫌がらせをされることを
恐れて 店を仕方なく閉めているというのが実情のようだった。
240年前に ゴルカから侵略者 プリティビ・ナラヤン・サハによって、
カトマンズのネワール族の築き上げていたマッラ王国を征服され、被支配民族になり、
耐えがたきを耐えてきたネワール族であるが、新しい支配者ゴルカ王朝の支配下で
生き残るためにネワール族の結束を造り上げてきたが、それが他民族を排他的に
見下すという姿勢や利権に対する過剰な関心を生み出してきたことも事実である。
ゴルカからプリティビ・ナラヤン・サハが カトマンズ征服のために
カトマンズにやってきたときには カトマンズのマッラ王国は 三つの王国に分かれていた。
カトマンズ、パタン、バクタプールの三つの王国である。
その三つの王国は それぞれに重要な大きな祭りを持っていた。
カトマンズは インドラ・ザットラ、パタンはラトー・マチェンドラナート、
バクタプールは ビスケット・ザットラ、これはカトマンズ盆地の中の三大祭りと
言ってもよいだろう。
カトマンズのマッラ王国の王ジャヤ・プラカース・マッラに代わって、
ゴルカ王朝の本拠地としてカトマンズを選んだナラヤン王は、プラカース王の始めた
王に対する生き神様 クマーリのティカを継承することで、自分がカトマンズ盆地の
中の最高統治者であることを権威づけたのである。
人口的には圧倒的に優位を示すネワール族懐柔のために
インドラ・ザットラを利用し続けてきた。
それはネワール族にとっては 屈辱の歴史でもあったはずだが、
新しい国王に取り入ることで、利権を手にしたネワール族も
少なからずいたのも確かである。
そうした利権を持つ一部のネワール族は ネワールの伝統文化をつぶすための
新政府の予算削減だとけしかけているようにしか思えない。
インドラ・ザットラのネワール族にとっての歴史的な意味を見れば、
それが時の統治者によって、如何に政治的に利用されていたのかは明らかである。
インドラ・ザットラが今回の処置によって、本来のネワール族の祭りに戻るなら
それはむしろいいことである。
生き神様クマーリは その年のネワール社会に最も貢献した人物にティカを授ければ
いいのである。
良識を持ったネワール族の知識人、知恵者は もっと正しくネワール族の歴史を
民衆に伝えていかなくてはならない。
インドラ・ザットラの祭りを再び、政治的な場に引き出すことなく、
本来の民衆の祭りとして再生させていかなくてはならない。
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