投稿日:2008-09-21 Sun





カトマンズの街は 休日ともなれば、たくさんの子供たちであふれる。
私の住んでいるあたりでも 例外ではない。
通りを歩いていても その道路わきで子供たちは遊びに興じている。
雨期のカトマンズでは 河川敷の原っぱも すっかり夜間になると降る土砂降りの雨で
しっかり、雨水を吸い込み、ぬかるみになっていて、遊び場所には適さない。
子供たちは 道路わき、小さな公園に遊べる狭い空間を見つけ出しては
群れて遊びに夢中になっている。
雨期が明けることを待っているのは 子供たちなのかもしれない。
あと3週間もすれば、ダサインの祭りが始まる。
それに合わせて、子供たちの凧揚げもさかんになる。
買ったばかりの凧を大事そうに抱えて歩いている子供たちをよく見かける。
天に棲むインドラの神様に、もう雨はいらないと伝えるための凧揚げだという。
米の収穫期を迎えた農民たちの願いが 凧揚げにはこめられているが、
今の子供たちは 凧揚げのいわれは知らない。
川辺の狭い空地に置かれているセメントのドラム缶の上で 少年が凧揚げの練習に
勤しんでいた。
少し 歩き続けると、白いズタ袋を背中にかけた子供たちがやってくる。
彼らは 盆も正月もない貧しい子供たちだ。
バグマティ川周辺のゴミ捨て場にやってきて、お金になるビニール類を集めては
お金を手にし、飴玉、安いおもちゃを手に入れる。
昼ごはんも手にしたお金から自分で買う。
親から、小遣いなど期待は出来ない子供たちだ。
自分たちの自由に使えるお金を手にするには 廃品集めしか方法はない。
この子供たちの親も 村では食べることも出来ず、
カトマンズに仕事を求めてやってきた人々だ。
これだけカトマンズの人口が増えると、仕事を得ることも容易ではない。
少しいくと 公園のような小さな広場がある。
ベンチを利用して、卓球を楽しんでいる子供たちだ。
卓球台などなくても、工夫次第で 卓球遊びだって出来るのだ。
ものはなくても、遊びは無限に開発する子供たちであり、
ものに遊ばれる子供たちではない。
写真を撮っていると 近所のバラックに住む女の子たちがグループでやってくる。
写真を撮れとうるさい。
女の子たちは 写真を撮ろうとすると 逃げ出す子供も多いが、
この女の子たちは お構いなしにポーズをとっている。
皆、親たちが廃品集めをしている子供たちだ。
このバグマティ川にやってくる子供たちは カトマンズでも最底辺に生きる子供たちだ。
生きる術は 自分で身につけるより方法はない。
生きるということが どういうことかを 身を持って知っている子供たちだ。
今後 世界にどんな苦境が訪れたとしても、彼らは 身を挺して生き抜いていくだろう。
そういうたくましさを身につけている子供たちだ。
生きていくためには 食が如何に大切で、それを手に入れるためには
どうすればいいのか、贅沢など無縁のところで 知恵を働かせることの出来る
子供たちだ。
勉強、勉強と追い立てられているもやしっ子などには 負けるなと声援を送りたくなる。
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確かに、貧しい暮らしをしている子供たちはたくましく、生きるすべを知っていると思います。
でも、ゴミ捨て場でビニールを拾っている子達は、大人になって何をして稼いでいくのでしょうか。その日暮らしで、今日生き延びるのが精一杯という暮らしから抜け出すには、やはり教育は必要だと思うんですよね
。
どんな環境でも生きていけるようなたくましさと、地球規模で物事を考えられるような知恵を持ちあわせたような子が増えれば、世の中はもっとよくなるんでしょうね。
そのためにも、まず我が子から・・・がんばります。
でも、ゴミ捨て場でビニールを拾っている子達は、大人になって何をして稼いでいくのでしょうか。その日暮らしで、今日生き延びるのが精一杯という暮らしから抜け出すには、やはり教育は必要だと思うんですよね
。
どんな環境でも生きていけるようなたくましさと、地球規模で物事を考えられるような知恵を持ちあわせたような子が増えれば、世の中はもっとよくなるんでしょうね。
そのためにも、まず我が子から・・・がんばります。
先進諸国を除けば、世界の大半の国では、教育の機会を得ることの出来ない子供が多く居ます。
教育は それに見合った社会システムを持っている先進諸国では
有効ですが、そうでないと 大学は出たけれど、靴磨きということも
起こります。
世の中で騙されないためには 読み書きそろばんは必要なものです。
最低それが出来れば、次のステップは踏めるだろうと思います。
アジアの底辺に生きる子供たちは それすら保障されていないようです。
日本の子供たちを見ていると 教育機会は充分に与えられているけれど、生き抜く力、耐久性のような生活力はどうなのでしょうか。
ひ弱な生活力では、いくら高い教育を受けても、荒波の中を生きていけないように思います。
生活力は 学校では身に着かず、家庭教育の中で育つのでしょう。
頑張ってください。
教育は それに見合った社会システムを持っている先進諸国では
有効ですが、そうでないと 大学は出たけれど、靴磨きということも
起こります。
世の中で騙されないためには 読み書きそろばんは必要なものです。
最低それが出来れば、次のステップは踏めるだろうと思います。
アジアの底辺に生きる子供たちは それすら保障されていないようです。
日本の子供たちを見ていると 教育機会は充分に与えられているけれど、生き抜く力、耐久性のような生活力はどうなのでしょうか。
ひ弱な生活力では、いくら高い教育を受けても、荒波の中を生きていけないように思います。
生活力は 学校では身に着かず、家庭教育の中で育つのでしょう。
頑張ってください。
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