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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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バンコク 鉄道線路沿い
バンコク 鉄道線路沿い 1

バンコク 鉄道線路沿い 2

バンコク 鉄道線路沿い 3

バンコク 鉄道線路沿い 4


 今から 10年以上前 東北タイのコンケンに住んでいた頃、よく鉄道を利用した。
 夜行冷房バスもよく利用したが、いくら設備のいいバスとはいえ、
 ゆっくりと眠ることは出来ず、次の日に疲れが残ることから、
 だんだんと鉄道の寝台車を利用することが多くなった。

 コンケンから寝台列車に乗ってバンコクに近づくと 前の国際空港ドンムアン空港駅
 あたりで 寝台係がやってきて 寝台を座席に変え始める。
 眠い眼をこすりながら、列車の窓の外を眺めると、バンコク都心に近づくにつれて、
 鉄道線路沿いに 数多くのバラック建ての粗末な家々が 眼に入ってくる。
 いわゆる鉄道線路沿いの空き地に違法に住み着いた人々の集落 スラムである。

 眼を凝らして 人々の生活の様子を眺めると、午前6時という時間帯は 
 忙しい最中ののようだった。
 スラムの中の屋台は 朝の食事をスラム住民に売るための準備で忙しそうだったし、
 街に切り売りの果物を売り歩く人々も 果物の皮をむき、適当な大きさに切り揃える
 ことに精を出していた。
 起き出したばかりの子供たちは 寝ぼけ眼で 線路脇に座り込み、
 はっきりとした朝の目覚めの準備をしていた。

 朝の早い時間帯の線路沿いのスラムの人々の生き生きとした生活を眺めながら、
 生きることに対する人間の力強さを感じたものだった。

 昔に比べると 線路沿いのスラムの数は随分減ったようだ。
 1980年代、タイが経済成長期に向かうに従がって、多くの地方農民が仕事を求めて
 バンコクにやってくるようになる。
 タイの田舎では、家を継ぐのは 一番下の女の子である。
 自分で食べることの出来る年齢になれば、末娘を除けば、皆 自活を始める必要がある。
 僅かの痩せた土地、旱魃などの天候不順に悩まされ、食べることも難しい東北タイ農民は、
 仕事を求めて バンコクに次々と 止まることなく、入り込んでくるのである。

 そんな人々は 住む場所はなく、線路沿いの空き地に 運河沿いの空き地にバラックを建て、
 生活を始めていったのだ。
 そして、これらの人々の安い労働力が、バンコクを中心としたタイの経済成長を
 支えたのである。

 1980年代のバンコクのスラムの乱立が 収まり、経済も安定した成長に
 向かい始めると 今度は 街の美化を理由に 政府は スラムの撲滅に向かい始める。
 利用すべきときは徹底的に利用し、用がなくなると 手のひらを返すように
 追い出しにかかるこの国の有産階級の貧乏人に対する冷たさには 
 驚くべきものがある。
 そこには都市開発における利権が絡んでいるからだ。
 時には 地元有力者が 人を雇い、火を放つこともある。

 今の政権の前サマック首相も バンコク都内にある1700箇所のスラムをつぶし、
 スラム住民をバンコク郊外に移し、その跡地に公園を造るなどといい始めていた。
 タイのテレビの料理番組に出演して 庶民派であることを見せかけていたが、
 言い出すことは こんなものである。

 政治家は貧しいものの味方であったことは、タイの歴史上 どこにもないのである。
 農民が搾取の対象であったように、今は労働者が搾取の対象になってしまっている。
 支配階級である富裕層はどこまでもかねにあふれ、貧困層はどこまでも貧しい、
 この構造は 今もなお 変わることなく続いている。


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バンコク ある風景 | 13:23:07 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
今日は。
ノンカイまでは2回行っています。友好橋の下までは行っていますが、
橋をまだ越えていません。15日以内なら、日本人ならビザは無料なんですか。
何年前か忘れましたが、橋の手前の観光業者にビザを頼んで何バーツとかいろ
いろ調べたんですが、結局行かなかったんです。

私がBKKに行く度に実感するんですが、スラムがどんどん無くなっていますね。
スクンビットの高速出口の周辺など私がタイに滞在していた頃に見たスラム街が
殆ど無くなっていますね。新しく工事が始まるたびに消えていった感じがします。

バンコク週報のホームぺ-ジを読んでいますので、大体の情報は分かるのです
が、17日にタクシンの義弟のソムチャイが新しく首相になるようです。これからど
うなるんでしょうかね、タイの政治は。
2008-09-17 水 16:27:03 | URL | machan [編集]
ノンカイの橋の近くにある旅行会社は 性質が悪いようですよ。
かなりぼるようです。
日本人を見ると日本語で話しかけてきます。
旅行初心者は 騙されるようです。

コンケンからだと、ウドンタニまで行き ウドンタニからラオスのビエンチャン直通の冷房バスに乗るのが 1番いい方法だと思います。
事前に時間を調べてください。

タイの政治ですか。
今の国王が健在の間は 旧支配層、新興勢力の力関係は
拮抗していますから、不安定な状態が 続くと思います。
王室の庇護の下に力をつけてきた旧支配階級、
ベトナム戦争以後、力をつけてきた地方の新勢力、
現在の国王も今年で81歳ですから、
その後はバランスが崩れ、新勢力が力を出してくるように
思います。

タクシン元首相は あまりに急激に変化を求めすぎたようです。
その反動が 今現れていますが、やはり、タクシン元首相が
求めて方向に変わっていくと思います。

今まではバンコク中心の政治でしたが、いつまでもそういうわけには行かないでしょう。
2008-09-17 水 17:12:19 | URL | ひかるの [編集]
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