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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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バンコク 私のバンコク
バンコク 私のバンコク 1

バンコク 私のバンコク 2

バンコク 私のバンコク 3

バンコク 私のバンコク 4

バンコク 私のバンコク 5

 22年前にバンコクを訪れたとき、トンブリ地区にあるバンコク・ノーイあたりを
 歩き回ったことがある。
 あの頃は40番のミニバスに乗って行き、バス運賃は 1バーツだったように
 記憶している。
 木造の家屋が並び、昔ながらのバンコクの面影を残している街並みだった。

 その後、タイの連続ドラマで『クーカム』(運命)が放映され、バンコク・ノーイに
 再び興味を持つようになった。
 第二次世界対戦中の日本軍の将校 小堀大尉とタイ人妻アンスマリンの戦争に
 翻弄された悲運の愛を描いたもので、日本では『メナムの残照』という名で 
 出版されている。
 当時 タイではこの番組は人気を博し、小堀、アンスマリンといえば知らぬものは
 いなかった。
 
 そんなバンコク・ノーイがどう変貌しているのか 興味を覚え、
 再訪してみることにした。

 今度は プラチャン船乗り場からレールウェイ船乗り場まで 渡し舟で渡ってみた。
 レールウェイ船乗り場を出ると、あたりは開発の嵐で、どこもかしこも工事中で、
 バンコク・ノーイ運河沿いに出るには 大回りをすることになった。
 もしかしたら、近道があったのかもしれない。

 公園のようになった昔のバンコク・ノーイ駅周辺を バンコク・ノーイ運河に沿って、
 歩いていくと、運河沿いに小さな路地を見つけた。

 まるで過去へと向かうような路地だった。
 昭和30年、40年代の初めの日本の姿が そこにはあった。

 路地の向こうから 自転車に乗った子供たちが やってくる。

 小堀とアンスマリンの時代に建てられたような木造住宅の並ぶ通り、

 バンコク・ノーイ運河から陸へと向かう支流の細い運河に並ぶ家々、

 そして、人々の衣食住を支える昔ながらの商いをする市場、

 どれもこれも懐かしい思いをさせるものばかりだ。

 そこには、木の文化、路地の文化、アジアのエキスがある。
 いわゆるモダンライフとは違った暖かみのある風景である。

 これをアジア人は 忘れ去っていいのだろうか。
 アジアの原点はこうした風景の中にあるのではないか、
 これを失ってしまえば、アジア人としてのアイデンティティは
 どこに行ってしまうのだろう。

 タイにやってくると、いつもこんな風景を求めている自分がいる。


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バンコク ある風景 | 02:52:24 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
数日前に、このブログを知り、時折、訪問しています。
お気に入りにも登録させて頂きました。

今回の写真の風景、本当に懐かしさを覚えます。
特に2枚目の写真は、かつての日本の路地そのままといった感じです。

これからも、楽しみにしています。
2008-09-12 金 11:47:21 | URL | 西森憲司 [編集]
訪問 ありがとうございます。
急激に変わりつつあるバンコクですが、
ところどころに 昔ながらのバンコクの姿を残す場所があります。

そんな場所に出会うと、昭和30年、40年の日本の姿が
思い起こされ、懐かしい気持ちになります。

今後ともよろしくお願いします。
2008-09-12 金 12:01:21 | URL | ひかるの [編集]
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