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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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アジアの街角 1枚の写真から‐10 国民気質
1枚の写真から‐10 国民気質

 カトマンズの街中を歩いていると、いつものことであるが、
 唖然としてしまうものがある。
 電線、電話線、ケーブルテレビのケーブルが、錯綜するように 建物に 電信柱に
 取り付けられている光景だ。
 カトマンズの街の中では これが当たり前のこととして通用している。
 日本人である私の眼からみれば、安全・危険もさることながら、もう少しどうにか
 整理して取り付けられないものかと、気になってしょうがないのである。

 しかし、カトマンズ市民は さほど気にしているようには思えない。
 電気も電話も、テレビも問題なく使えているのだから、気にすることはないのでは
 といった様子である。
 こうなると、発展途上国の問題というより、カトマンズ市民の気質のようなものを
 感じてしまう。

 それは、この配線の問題だけではないようだ。
 宗教についても、ヒンズー教と仏教が混在していても気にしない。
 町にゴミがあふれていても気にしない。
 政治が混乱していても気にしない。

 こうしたカトマンズ市民の生活姿勢は、ネパールと付き合い始めてから25年経った
 今でも、理解できないことの一つだ。

 こうしたカトマンズ市民の姿勢は、どこから生まれてくるものだろうか。
 独裁的な王制、議会制と国の政治の形は、変転してきたが、
 カトマンズ市民の期待に沿うことはなく、諦めの気持ちを作り出してきたのだろうか。
 240年にわたる一部の人間たちの利権を優先した庶民無視の政治体制は、
 庶民の公共精神を育てなかったようだ。
 何もしてもらえないのだったら、無関心を装うのが1番の方策であったのかもしれない。

 電気工事、水道工事、電話工事と賄賂なしには、あるいは上級官吏の後ろ盾がない限り、
 すぐには、仕事は進んでいかない。
 お金もなく、後ろ盾のない庶民は、何事も後回しになってしまう社会だ。
 そんなことから、公共の仕事に対する諦め、権利の主張することへの諦めを
 生んできたのかもしれない。

 王制廃止、共和制の採択と政治体制は変わったが、庶民の公共に対する権利の主張は
 生まれてくるのだろうか。
 学生たちの間では、権利の主張が盛んになってきているが、
 一般の人間は相変わらずの長いものには巻かれろ式の生活である。
 面倒なことにはかかわりたくないのだ。
 期待できない政府と争うよりも、自らの家族を 如何に護るかの方が重要で、
 それが公共のルールを無視したわがままに見えてしまう。
 公共のルールを政府が守らないのなら、それに従っていては生活できないことも
 本当である。
 自分たちの生活は自分たちで護るより方法がないというのが、
 発展途上国の現状なのだ。
 先進諸国の眼で 彼らの生活を眺めても、彼らの姿は見えてこない。


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アジアの街角 1枚の写真から | 01:22:42 | Trackback(0) | Comments(0)
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