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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク 運河の辺の街(14) チャム族の墓標
運河の辺の街(14) チャム族の墓標 1

運河の辺の街(14) チャム族の墓標 2

運河の辺の街(14) チャム族の墓標 3

運河の辺の街(14) チャム族の墓標 4

運河の辺の街(14) チャム族の墓標 5

運河の辺の街(14) チャム族の墓標 6

 イスラム教徒の住む集落の近くには 
 必ず、集落のすぐそばに墓地が造られている。
 バーン・クルアに住むイスラム教徒のチャム族にとっても例外ではない。

 墓地があるということは、耳にはしていたが、どこにあるのかははっきりしなかった。
 それが、運河向こうにある市場に行った帰りに、帰り道をいつものコースとは変えて、
 帰宅する途中に、たまたま、眼にすることが出来た。

 墓地の入り口に 『CEMETARY DARULFALAH』と書かれている看板があり、
 その入り口を越えて中に入っていけば、イスラム教徒たちの墓が並んでいるはずだった。
 ところが そこは何もない ただの原っぱで 雑草が生い茂り、ところどころに
 セメントを固めて造ったベンチが 置かれているだけのものだった。
 ここは昔、墓地であったところで、今は別の場所に移転したのだろうかと
 疑問が湧いてきた。

 トンブリ地区にあるペルシャ人の末裔たちの集落の近くの墓地は 
 もっと墓地らしい形になっていたし、他の場所でもそうだった。
 ボーベイにある南タイからやって来た人たちの集落の墓地も、
 墓地らしい形になっており、濃厚に死者の住む場所という雰囲気があった。

 後日、再び、チャム族の集落 バー・クルアを訪れ、墓地の近くにすむ
 年配のチャム族の男に訊いてみた。
 やはり、イスラム教徒のチャム族が亡くなれば、彼の家の裏に当たるこの墓地に
 埋葬されるという。
 棺桶に遺体を収め、地面を掘り、その棺桶を埋めるだけで、埋めた後には
 何の目印もつけない。
 名前すら書き記すことはない。

 だから、いつの間にか、どこに棺桶が埋められたかわからなくなり、
 地面を掘っているうちに昔に埋葬された棺桶に出会うこともあり、
 そんなときには棺桶の中の遺体をきれいに洗い、再び、埋め、
 その棺桶の上に 新しい棺桶を重ねるという。

 チャム族といえば、もともとは ベトナムにチャンパ王国を築いていた民族で、
 今のべト族との戦いで敗れ、カンボジアに逃げ、その一部がタイまでやってきている。
 今でも、ベトナムには多くのチャム族が住んでおり、あるものはイスラム教徒、
 あるものは昔ながらの土着の宗教を信仰している。
 ベトナムのチャム族は 陶芸に長けていることで有名で、
 その陶器もアニミズム信仰の名残を感じさせるものだ。

 今は廃れてしまったが バーン・クルアのチャム族は 昔は あの有名なシルク王
 ジム・トムプソンを惹きつけたシルクの織物の名手でもあったのだ。
 東南アジアの織物といえば、仏教徒か、土着の信仰を持つ民族のものが多い中で、
 イスラム教徒とは珍しい。
 バーン・クルアに住むイスラム教徒の心の中には、
 昔の土着の信仰が残っているのかもしれない。
 それが、こうしたさ殺風景な墓地に関係しているのかもしれない。

 バーン・クルアのチャム族と話をしていてもイスラム教徒特有の押しの強さはない。
 イスラム教徒である前に 東南アジア人の持つ物腰の柔らかさを感じてしまう。
 それは東南アジア人の持つ土着信仰が、どこかに残っているせいかもしれない。
 どうもタイの他のイスラム教徒と比べると、死に対する捉え方も違うようだ。

 カンボジア、ベトナムに住むチャム族の宗教・習慣を見れば、
 バーンクルアのチャム族の長い歴史の中での心の軌跡が
 はっきりするかもしれない。


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バンコク 運河の辺の街 | 13:05:34 | Trackback(0) | Comments(6)
コメント
今日は。
とても詳しくいろいろな事を知っておられますね。
何処で勉強されたのでしょうか。
いつも貴方のブログを感心しながら読んでいます。
2008-09-01 月 15:34:57 | URL | machan [編集]
チャム族の人と話しをしたり、インターネットで調べたりが
主なんですよ。

人間に興味があるので、図々しく いろいろとタイの人たちに質問していますが、
皆、迷惑がらずによく教えてくれます。
自分たちの文化・習慣に興味を持ってくれていると思うと、
やはり、嬉しいらしく 真摯に応えてくれます。
2008-09-01 月 17:01:09 | URL | ひかるの [編集]
ひかるの様

25年間、ネパール、インド、タイと 
歩き回っていらっしゃって、もう 心は 半分以上、
日本人ではなくなっているのですね。
そのような方を心から尊敬します。
ブログを今、彼方此方拝見しました。
小生のブログをご覧頂き、あし友になって頂ければ嬉しいです。
どんな国お人でも、愛着と尊敬の気持ちを持って接して行きたいという
のが小生の決心です。
東南アジアはベトナムへ3回とバンコックへ2回行っただけですが、
何か人間的な魅力を感じました。
このブログを自分のお気に入りへいれ、拝見することにしました。
いずれ、その内容を小生のブログで紹介したいと思います。
今後、どうぞよろしくお願いいたします。
敬具、藤山杜人
2008-09-06 土 19:00:06 | URL | 藤山杜人 [編集]
ご訪問 ありがとうございます。
あし友の件 了解しました。

28年間、タイやネパール、インドにいることのほうが 
日本にいることより 長く、日本とは随分疎遠になってしまいました。
時折、日本に帰ると あまりの変わりように驚くばかりで、 
バブル以降の変化には ますますついていけなくなりました。

誠実で正直な日本人は どこに行ってしまったのかと
残念でなりません。

今後ともよろしくお願いします。
2008-09-06 土 22:04:29 | URL | ひかるの [編集]
ひかるの様

あし友になって頂いて有難う御座いました。
ただ、自分から、あし友は申請出来ないので、当分は2人だけの友人ということでお願いします。ブロとも も申し込もうとしたのですが、途中でうまく行きません。
ところで、ひかるの様のブータンの染色布の写真を小生のブログへ引用して、ご紹介したいと思いますが、許可をいただけないでしょうか?

また、machan も小生の あし友です。

今後ともよろしく申し上げます。
敬具、藤山杜人
2008-09-07 日 12:59:55 | URL | 藤山杜人 [編集]
あしとも申請を出しておきました。

ブータンの布の紹介ですが、了解です。
少しでも多くの人に ブータンの素晴らしい布をしてもらう機会が増えて、
ありがたく思います。
2008-09-07 日 13:38:30 | URL | ひかるの [編集]
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