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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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バンコク 運河の辺の街(06) 集落とジム・トンプソン
運河の辺の街(6) 街とジム・トンプソン 1

運河の辺の街(6) 街とジム・トンプソン 2

運河の辺の街(6) 街とジム・トンプソン 3

運河の辺の街(6) 街とジム・トンプソン 4

 前々から、どうしてこんな場所にジム・トンプソンの家があるのか、
 どうしてこの地に住んだのか、疑問に思っていた。
 確かに運河沿いのこの地は、バンコクらしいといえば、
 そうともいえる場所ではあるが、決して便利な場所ではなかったであろう。

 このトンプソンの家の運河の対岸には、
 150年以上も前にカンボジアから移住してきたチャム族が住んでいた。
 チャム族は 織物を得意とする民族だ。
 この地には昔から織物で生活を支えていたチャム族の女たちがいたのだ。
 トンプソンが見たシルクとは、彼女たちの織るシルクだったに違いない。
 タイシルクではなく、チャム族のシルクなのだ。
 それが後世に タイシルクの名を与えられたに過ぎない。

 第2次世界大戦以後 ジム・トンプソンはアメリカの情報機関の一員として
 バンコクでの生活を始める。
 そして、バンコクのシルク布に魅かれて行く。
 トンプソンの最初の家を建てたのも、運河の対岸に住むチャム族だ。
 その頃のバンコクでは、チャム族以外にシルクを織るものはいなかった。
 トンプソンは、シルク布を織るチャム族の集落バーン・クルアの近くに
 住みたかったのだ。
 シルクの織姫たちと身近なところで 生活したかったのに違いない。

 タイのシルクは、運河沿いの集落に住むチャム族とジム・トンプソンの
 二人三脚の歩みの中で発展してきたのである。
 タイ族より古い歴史を持つチャンバ王国の末裔たちの文化、知恵に
 感動していたことは確かである。
 今だって、十分に魅力的な街なのだから。

 今でも、運河沿いの街バーン・クルアにはいくつかの機織工房がある。
 昔は、各家々に機織機があったが、今は、工房を残すのみである。
 古い工房の壁には、在りし日のジム・トンプソンと工房の主人との
 モノクロ写真が飾ってある。
 タイのシルクを世界に広めようと希望に燃えていたジム・トンプソンと
 工房の主人の姿がある。

 第2次世界大戦後から1967年までのジム・トンプソンと
 チャム族との熱いかかわりが、運河沿いのこの街にはあったのだ。

 1967年3月26日を最後に ジム・トンプソンの姿は消えてしまった。


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バンコク 運河の辺の街 | 22:38:47 | Trackback(0) | Comments(0)
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