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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
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バンコク 運河の辺の街(05) 街の名前はバーン・クルア
運河の辺の街(5) 街の名前はバーン・クルア 1

運河の辺の街(5) 街の名前はバーン・クルア 2

運河の辺の街(5) 街の名前はバーン・クルア 3

 モスクのそばに住むイスラム教徒の女性に この街の事を訊いてみた。

 運河沿いの街の名前はバーン・クルア、この集落には、600世帯の家族が住むという。
 今から百年以上も前に、カンボジアから移り住んできたチャム族の住む街だ。
 ラーマ五世の時代にこの地に住むことを許されたという。
 百年前のカンボジアで何が起きたのかと気にかかる。
 百年前といえば、カンボジアのフランス植民地化、そして仏領インドシナ編入の時代だ。
 
 チャム族といえば、ベトナム、カンボジアに多く住む民族で、
 紀元10世紀頃、ベトナムで栄えたチャンバ王国の末裔たちだ。
 古くはヒンズー教徒、後にイスラム教徒に改宗した人たちでもある。
 カンボジアのポルポト時代には、チャム族はイスラム教徒であることから、
 迫害され、その時代に この地に逃げてきたものも多いという。

 今、この街にはイスラム教徒60~70%、仏教徒20%、
 東北タイからの出稼ぎの人10パーセント の割合で住むという。
 三者の関係は良好とのことである。
 南タイでの悲惨な宗教間の対立が、ここでは嘘のようである。
 
 土地の所有者は、王室財産管理局、そこから土地を借りて住んでいる形になっており、
 月ごとの3百バ ーツ程度(広さに拠る)の地代、
 3年ごとに千バーツ程度の管理費を払うことになっている。
 場所柄 こんな地の利の良い土地、開発の目的のため追い出されることはないのか
 と訊くと
 今のところ、貧しい人たちの土地を王室財産管理局が、取り上げたという話はないということだ。
 しかし、どうなのだろう。国民の人気の高い、貧困者思いの現国王の時代は、安心できるが、
 その後は どうなるのかと心配にもなる。

 遠い祖国を追われて、この地に百年、再び、この地から去ることのないことを祈るばかりである。


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バンコク 運河の辺の街 | 09:03:12 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
自宅マンションはアジアンインテリア
初めてお邪魔します。

アジアン大好きで、あしとも申請しましたので
宜しくお願いいたします。

横濱でリホーム屋のカントクやってます。
2008-08-24 日 10:33:39 | URL | オオカントク [編集]
わかりました。
よろしく。
頑張ってください。
2008-08-25 月 12:49:54 | URL | ひかるの [編集]
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