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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ 続私的借家事情(1)

 私が、カトマンズで、住む場所を変えたのは、3回、キルティプールに3年、
 パタンでは、ネワールのシュレスタカーストの少し変り者の大家の家の2階に4年、
 この時のことは、エピソードで紹介した。
 そして、現在のチェットリ族の家の2階に住み始めてから、15年になる。
 カトマンズは、どの民族、どんなカーストの家を借りるかで、大家の対応が随分違う。
 どちらにしても、日本とは、違っていて、戸惑うことが多いのは、確かだ。
 違う文化・習慣を持つ人間と、屋根を同じくするのであるから。
 
 15年も同じ家にいることは、それだけ居心地がいいことになるのであろう。
 私が、この家に住み始めた当初、大家の家族は、6人であった。
 大家夫婦、大家の主人の父親、そして、大家の奥さんの父親、
 そして、13歳の長女、11歳の長男。
 
 ネパールではあまりないことなのであるが、何故 奥さんの父親が、
 一緒に住んでいるかというと、奥さんは一人娘、上に姉もいたが、早くになくなり、
 彼女の母親も50過ぎでなくなってしまう。
 彼女の方から 一人暮らしをしていた父親に一緒に生活した方が、何かにつけて
 都合が良かろうと、話を持ちかける。
 大変人の良い父親(本当にいい人なのだ、ネパールでは珍しいくらい無欲の人である、
 国宝クラス)は、自分の土地を売り、娘家族のために、家と建ててやる。
 それまで、娘家族は、間借り生活だったのである。
 
 工事の手配はすべて、娘家族のためにと 彼が70歳の身体に鞭打って
 頑張ったのである。
 当時まだ、自転車に乗っていた彼は、資材の確保、大工、左官、電気工事、
 水道工事の職人の手配と動き回ったのである。
 自分のことなど、二の次にしか考えない人なのだ。
 1軒 家を建てると、残っていた土地も売り、借家も建てるが、その収入は、
 娘家族にすべて与え、びた一文も手にしない、そういう人物なのだ。
 
 娘の婿は、当時ネパール航空で、会計の仕事をしており、収入も安定しており、
 家族万々歳の生活であった。
 問題があったとすれば、娘婿の父親、毎晩のように酒を飲んでは、
 夜遅く家に帰って来る、時には、路上で寝込み、近所の人に送ってもらってくる。
 それと、長女のわがまま、長男の学業が、ぱっとしないことぐらいであった。
 
 すべてが、順調に進んでいく毎日、娘婿の収入と家賃収入を合わせれば、
 月々2万5千ルピー以上(日本の物価から還元すれば、月50万円以上)の収入は、
 確実である。子供二人には、充分な教育も、与えてやれる。

 娘婿が、家族の中心になって、家を支え、適切な指示を家族に与え、
 穏やかの安定した日々が続いていたのだった。
 そんな家族のかかわりの中で、私も、何一つ、問題が生じることもなく、
 楽しく過ごしていたのである。
 大家である娘婿も。無欲の人で、家族の幸せだけを考える人だった。

 そんな家族に突然の悲劇が襲いかかったのである。(続く)


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ネパールの事情 | 13:06:15 | Trackback(0) | Comments(0)
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