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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

もう 心は 半分以上、
日本人ではなくなっているようです。

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カトマンズ教育事情 校舎崩壊の危機に怯える公立学校-1
校舎崩壊の危機に怯える公立学校-1 1

校舎崩壊の危機に怯える公立学校-1 2



 雨模様の天気の中、傘を片手に近所の露地を散歩する。
 歩いたことのない露地をあちこちと歩いているうちに、百年以上も時を経たと
 思われるネワール建築の立派な建物に出くわす。
 この地区に20年近く、住んでいながら、1度も私の眼に留まらなかった建造物である。
 出窓には、ネワールの木彫り職人が粋を尽くした彫刻がなされ、
 工芸的にも価値のあるものだ。
 使われているレンガも質の良いものが使われ建物の風格を際立たせているものだった。
 気になったのは、1枚の味気ない看板、何が書かれているのかと、読んでみると、
 プロガディ・シスチャク・サタナ、その下に マダミックヴィダレと書かれている。
 どうも、中学校らしい。
 その近くに住む人に訊いて見ると、公立の学校であると言う。

 ラナ専制時代にラナ家の人間によって建てられ(ネワールの建築方式で建てられている
 ことから見て、ラナ家が建てたというより、ネワールの金持ちが建てた建物を 
 時の権力を持ったラナ家が取り上げたのではかと思う。)、
 後にそれを政府が買い上げ、学校として使用しているとも言う。建物そのものは、
 昔はゲストハウスとして使われてきたものらしい。

 学校の創立は、58年前、専制政治を104年に渡って続けてきたラナ家が倒れ、
 その後のサハ家の王政復古のトリブヴァン王の時代のように思われる。
 歴史的には、由緒正しい学校のようだ。

 その学校をじっくり外から観察した後、家路に向かう途中、
 いつもの井戸端会議のネパール人達に、話をし、いろいろ訊いて見ると、
 学校の建物は、近々、壊され、日本の援助によって、新しい建物が建つと言う。
 あんな立派な、建造物を壊すなんて、一体どういうことなのだ、驚きを覚えたが、
 ネパール人の話、どこまでが、本当で、どこまでが嘘か、わからない。
 明日、もう一度、学校に行き、校長に本当のところを訊いて見る必要がある。


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ネパールの教育 | 16:11:25 | Trackback(0) | Comments(0)
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