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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ 川辺のシバ寺院‐9 忘れられた場所
忘れられた場所 1

忘れられた場所 2

忘れられた場所 3

忘れられた場所 4

忘れられた場所 5

忘れられた場所 6

忘れられた場所 7

忘れられた場所 8

忘れられた場所 9


 もう1つのシバ寺院の周りを、ゆっくりと歩き回るのが 私は好きだ。
 打ち捨てられた場所、忘れられた場所、この場所には、静寂しかない。
 それが 心落ち着く不思議な空間を作り出している。
 ラナ家のマハラジャが建立したシバ寺院、寺院の周りに建てた住居、祠は、誰からの
 援助も受けることが出来ず、時代の流れに任せて、朽ちていくだけの姿になっている。

 寺院そのものは、政府の援助で維持されているようだが、寺院の中庭にある建物、
 寺院の敷地の一部である寺院の外の建物には援助の手は 伸びてこないようだ。
 1951年のラナ家の独裁政治崩壊以後は、誰一人、心を向けるものはいないのだろう。

 朽ち、崩れ行くものを見るのも 1つの贅沢ともいえる。
 ネパール人には、こんな崩れ行くもの美に眼を向けるものはいない。
 私一人のために残されていた美の世界のような気もしてくる。

 屋根はすっかり崩れ落ち、木彫りの美しい窓が、やっとの思いで壁に取り付いている姿、
 壊れた祠の扉、漆喰の剥げかかっている塔、時の流れの中で、色を変えてしまったレンガ、
 どれもこれも、心を打つものだ。
 まさに 『夏草や 兵どもの夢のあと』という芭蕉の句の世界と同じものだ。

 このバグマティ川の辺には、ゴルカ王朝初期のサハ家、ラナ家の寺院が建ち並ぶ。
 彼らが建てた寺なら、菩提寺といってもよいものだが、血で塗りこめられた歴史を
 持つ彼らのあくなき権力への争いは、信仰を彼らの生活から遠ざけてしまったようだ。

 そのゴルカ王朝も今、滅びていこうとしている。
 血を流しながらの権力を求めての争いは、民衆の好むものではない。
 兄弟が殺しあう、そんな王室の姿に、民衆の心は遠ざかっていった。
 王自身が そういう民衆の心に気がつかないくらいに 民衆と王との距離は拡がって
 しまっている。
 そこには王の慈悲の心もなければ、民衆への愛もない。

 このネパールでは、ゴルカ王朝の王、マハラジャは 民衆とともに在ったことは、
 ほとんどないといってよい。
 だから、王の信仰する神が、民衆のものにはなりえないのである。
 王が死んでしまえば、その信仰も力を失い、信仰の場である、寺院も朽ち、滅びていくのだ。

 時代が移す鏡は、真実を映している。
 参拝者のない寺院、信仰の失われた寺院に 民衆は見向きもしなくなるのだ。
 心の奥に深く根を下ろさない信仰は、権力に強要された偽りの信仰である。
 そして、時代はそれを証明していく。

 ネワール族の建てた寺院とその神々への信仰は、ネワール族の信仰の中で
 今なお死に絶えてはいない。
 不思議なものである。
 ここに 王と民衆の姿を象徴する時代の証明がある。

 ゴルカ王朝廃止の結果、この国はどう変化、変貌していくのか、まだ誰も知らない。
 この国の行く末など、誰も予測することなど出来はしない。
 この国に住む50以上の種族・民族、そして複雑なカースト制度、これらを融和し、
 解決していかなければ、この忘れられた場所のように、カトマンズに廃墟に
 生まれるだけだ。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 12:14:10 | Trackback(0) | Comments(0)
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