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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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カトマンズ 川辺のシバ寺院‐6 ヒンズー教寺院と仏塔
ヒンズー教寺院と仏塔 1

ヒンズー教寺院と仏塔 2

ヒンズー教寺院と仏塔 3

ヒンズー教寺院と仏塔 4

ヒンズー教寺院と仏塔 5

ヒンズー教寺院と仏塔 6

ヒンズー教寺院と仏塔 7

ヒンズー教寺院と仏塔 8

ヒンズー教寺院と仏塔 9

ヒンズー教寺院と仏塔 10


 バグマティ川の川沿いにあるシバ寺院とクリシュナ寺院のすぐそばの小さな広場には
 どういうわけが、仏塔(チャッティア)が数多く置かれている。
 日本なら、神社の中に仏陀が、寺の中に鳥居があるようなものであるが、ネパール人は
 そんなことなど、気にはしないようだ。
 まあ日本でも 仏壇の仏陀と神道の神様が一緒の部屋にいることもあるから、
 同じことかもしれない。
 人々の心の中はそうでも、公の場で、同じ場所に両者が一緒にあると言うことはないだろう。
 インドだって、仏陀は9番目に現れたヒンズーの偉大な神の一人だと言うことで、
 その像が並べられることがあるが、ラーマ、ビシュヌ、シバ、クリシュナ以上の存在では
 ないだろう。

 このチャッティアと呼ばれている仏塔はネワール族の仏教徒が建てたものである。
 仏陀に対する尊敬、畏敬の念をこめて造られたものであるが、徳を積むことでより良き
 来世を願う仏教徒の気持ちの表れでもある。
 家族の重要な人物が亡くなったときに、死者を偲んで建てられることもあるし、
 一族の大きな祭事を行ったあとに記念に作ることもある。
 あるいは、ジャンクーと呼ばれる長寿の儀式のあとに 仏陀への感謝の気持ちをこめて、
 造られることもある。
 
 どうして、ヒンズー教寺院のすぐ近くにというと、ちょっと理解に苦しむところもある。
 ネワール族にとっては どうも仏教とヒンズー教の境はないようだ。
 どんな神々も祈りを捧げ、参拝すれば、何かいいことがあると思っている。
 日本人も同じようなところがある。
 
 この前も、ヒンズー教の寺院に参拝しているネパール人に、
 「ここに祭られている神様は、どんな神様なの」と尋ねたが、
 「知らない」という答えが返ってきただけだった。

 この二つの寺院に建てられた仏塔はいつの時代のものだろう。
 カトマンズの仏教徒の歴史の中では、ラナ家独裁制の中では、
 仏教僧侶たちは国外追放の憂き目にあっている。
 仏塔が 再び建てられるようになったのは ラナ家による独裁政治後の1951年の
 王政復古後のことである。

 ネパールではこうした仏塔のことをチャイティアと呼んでいる。
 タイやラオスではチャディと呼ばれている。
 タイやラオスでは、金持ちや身分の高い人が亡くなったときに建てられることが多い。
 ネワール族の仏教もテラワーダ仏教、タイやラオスと同じ宗派である。
 タイやラオスは 仏教が広がり、多くの寺を持ち、仏教国になったが、
 仏陀の生まれたネパールでは、ヒンズー教に押されてなかなか主流にはなっていかない。
 仏教徒の中に カースト制と取り入れたためである。
 そのためにカーストの違う仏教徒同士のつながりもない。
 仏陀の教えを伝える僧侶の数も、タイやラオスに比べると極めて少ない。
 仏教が広まっていくための基礎がまだ出来ていない。
 僧侶が住み、修行する寺もない。
 タマン族、シェルパ族の信仰するチベット仏教のほうが、仏教伝道の基礎が 
 余程しっかりしている。
 カーストにがんじがらめに縛られたネワール族の仏教徒では、仏陀の平等の教えも、
 慈悲の心も広がっていかないのは当然のことだ。
 ネワール族の仏教はどう再生していくのだろう。
 この地に並ぶ仏陀の像は、ネワール族にそれを問いかけている。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 23:14:41 | Trackback(0) | Comments(0)
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