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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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カトマンズ 川辺のシバ寺院‐5 シバ寺院からクリシュナ寺院へ
シバ寺院からクリシュナ寺院へ 1

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シバ寺院からクリシュナ寺院へ 8


 バグマティ川の川沿いにシバ寺院からクリシュナ寺院に向かって歩き始める。
 子供たちがいつも遊んでいる広い河川敷までやってくるが、今日はどういうわけか
 子供たちの姿は少ない。

 そこを通りぬけると、火葬場テク・ガートがある。
 この場所では火葬など一度も見たことがなかったのに 今日は火葬が行われている。
 45歳のバウン族の女性だという。家族たちも集まっているが、その中には女性たちの姿はない。
 個人的には火葬などは見たくはない。決して気持ちの良い光景ではない。
 以前ネパール人の中のネワール族の人に聞いた話が 頭の中をよぎる。
 火葬場には様々の霊がいる。
 その中の悪霊が 死者を火葬場に運び、死者を見送った人々にとりつくこともあるから、
 家の中に入るときには、その霊を祓うための祭儀を行う必要があり、そのお祓いのあとに
 家に入る。
 日本の塩を使ってのお祓いに似たものだ。
 そんなこともあって、ネワール族の人の言葉が 気にかかる。

 この火葬場の先に ラナ家によって建てられたというクリシュナ寺院がある。
 木工の様式などを見ると、シバ寺院と同じ様式の時代のものと思われる。
 もしかしたら、初期サハ家によって建てられたような気もする。
 レンガを使って建てられている塔の形は、ラナ家が建てた寺院の建築様式にも似ている。
 ネワール建築との融合と見られるから、ラナ家の創始者、ジャン・バハドール・ラナの
 時代に建てられたものかもしれない。

 このクリシュナ寺院をじっくりと見るが、近くで行われている火葬が気にかかる。
 人の死の姿、死の形というものは、心の中に重くのしかかってくるものだ。
 死者が火葬される姿を親族が眺めるというのは、どういう意味があるのかと考えて
 しまう。
 生から死への変転の中で、人は単なる物体に変わり、燃やされ、灰になっていくことで、
 地へ大気へと広がり、再び、それは集まり、生へと変転していくというのだろうか。
 それを見つめることが、残されたものの勤めなのだろう。

 この火葬場には三つの火葬の場所がある。一つはバウン・チェットリ族専用のもの、
 一つは ネワール族のランジットカールという染物を職とするカーストの人専用、
 もう一つは、タマン族、シェルパ族など仏教徒専用のものだ。
 ネワール族の場合は、この近くにカーストに従って、専用の火葬場があるようだ。
 死に至っても、カーストの掟から開放されることはないのだ。

 時の支配者にとって、人々を統治し易いように考え出されたカースト制、時代の流れを
 止め、社会の動きを止めるには有効であったかもしれないが、今のように近代化を
 推し進める発達途上国にとっては、足かせになっている。
 時代が変われば、社会システムも変える必要があるが、何千年もその掟の中で生きて
 きた人々の心は 簡単には変わっていかない。
 争いばかりが生まれるばかりである。

 そんな人間の愚かさなどお構いなしに、明日は食肉になってしまう去勢山羊たちが、
 寺院に撒かれた穀物をおいしそうに漁っている。まことに平和な光景だ。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 07:40:04 | Trackback(0) | Comments(0)
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