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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ アッサン・バザール詩情‐5 路地裏の風景
路地裏の風景 1

路地裏の風景 2

路地裏の風景 3

路地裏の風景 4

路地裏の風景 5

路地裏の風景 6

路地裏の風景 7

路地裏の風景 8



 カトマンズのネワール族の居住地は、迷路のように錯綜している。
 特にアッサン・バザールの昔からの古い地域であれば 尚更のことだ。
 低い門を潜り抜けると、突然広場が広がっていたりするし、又 狭い中庭に入り込む
 ことにもなる。
 狭い中庭を囲むように4階、5階建ての住居は建っていて、1階は倉庫のようにも
 なっている。
 奥のほうであれば、なかなか陽射さないのは当たり前のようだ。

 昔は一軒だった家が 子供が産まれ、家族が増え、何世代も経ていくうちに、
 庭を囲むように家を建て増して行ったようだ。
 だから、中庭や広場を囲むように住んでいる人たちは、大半血が繋がっていることに
 なる。
 サハ王朝に征服されたマッラ王朝のネワール族が、その気綱を強くするために
 家族や親戚が固まって住むことが出来るようにと考えた住宅の形なのだろう。
 広場、中庭を中心に強固な共同体を形作っていたネワール族の社会にも大きな変化が
 見られるようになってきている。

 手狭になった古い住居を離れ、カトマンズ郊外に新居と建てる、あるいは分譲住宅を
 求め、転居するものが多くなった。
 古い住居は、地方から仕事を求めてやって来た他の民族の人たちに貸し、従来の
 共同体が崩れていっている。
 中庭や広場は、共同体で行われる宗教行事などで使用される重要な場所であったが、
 その場所は、オートバイ置き場に変り、清掃も行き届かなくなっている。

 路地裏の奥にある不便で陽の当たらない場所などには、今では、他の民族が 
 間借り人と住むようになっている。
 彼らは、一時的にその場所に住んでいるだけの人たちだから、地域のつながり、
 清掃などには関心を持たず、建物も中庭も傷むばかりである。

 昔からの共同生活を支えていくための知恵、人間関係が失われていけば、
 カトマンズの街は益々混乱の渦の中に巻き込まれていくだろう。
 カトマンズの住民の中で都市生活を本当に知り尽くしているのはネワール族だけだ。
 そうした彼らの知恵や叡智がこのまま失われていくのは 残念なことである。
 この二百数十年にわたるラナ、サハ家、そしてバウン族中心の政治は、ネワール族の
 知恵を生かしてこなかったし、取り入れようともしなかった、それが今のカトマンズの
 混乱を増大させたことになっていることすら気がついていない。

 ネワール族自身も、長い歴史の中で築き上げてきた知恵に気がついていない。
 自分たちの文化、生活習慣に固執し、他の民族を受け入れてこなかった心の狭さも
 あるのも事実だ。
 カトマンズ盆地に千年以上にわたって、独特のネパール文化を築き上げてきた民として
 その能力をもう一度、再生させ、今度はネパール国を築くために生かしてもらいたいと
 思う。
 それは西洋流の近代化、近代的生活を追い求めることではなく、ネパール人としての
 独特の文化を追求してもらいたい。
 そして、ネパールの他民族をつなぐ核となってほしいものである。


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カトマンズ 街の風景 | 12:44:01 | Trackback(0) | Comments(0)
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