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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ ハヌマン・ドカの木工芸
ハヌマン・ドカの木工芸 1

ハヌマン・ドカの木工芸 2

ハヌマン・ドカの木工芸 3

ハヌマン・ドカの木工芸 4

ハヌマン・ドカの木工芸 5

ハヌマン・ドカの木工芸 6

ハヌマン・ドカの木工芸 7

ハヌマン・ドカの木工芸 8

ハヌマン・ドカの木工芸 9


 カトマンズの旧王宮広場のハヌマン・ドカには数多くの寺院が建ち並んでいる。
 13世紀から18世紀までこのカトマンズ盆地に王国を築き上げたマッラ王朝時代の
 ものだ。
 その当時の木工彫刻の粋を凝らした素晴らしいものだ。
 ネワール族の木工職人カースト シルッパカールたちの技術の高さを証明している。
 最近は、メンテナンスにも力を入れ始めているが、私が25年前にネパールに
 やって来た頃は、充分な管理もされず、捨て置かれていた状態だった。

 このカトマンズの地を力ずくで奪い取ったサハ王朝も、その後のラナ摂政制時代に
 おいてもネワール文化の質の高さには目を向けず、ラナ家の時代に入ってからは
 ひたすら、イギリス風の建築様式を追い求め、ネワール文化は無視されていたようだ。

 このハヌマン・ドカの王宮広場にしても、パタンの王宮広場、バクタプールの王宮広場
 キルティプールにしても、すべてネワール族のマッラ王朝時代に造られたものである
 ことは忘れてはならないことだ。
 王宮のみならず、カトマンズ盆地の中の旧市街地はすべて、ネワール族の手によって
 造られたものだ。
 今の王制が造り上げたものなど わずかしかないのが事実である。
 そこをしっかり認識しておかないと、カトマンズの文化は見えてこない。
 大半の旅行者は カトマンズの数多くの寺院を見て、ネパール文化と片付けてしまうが
 ネワール文化というのが本当である。

 カトマンズ征服以降 支配者階級であったチェットリ族(武士カースト)バウン族
 (僧侶カースト)はカトマンズを200年以上にわたって支配してきたが、
 彼らの文化は、インド亜流のもので、単にインドを真似ていただけのものだ。
 彼らの出自がインドであったことから、どうしてもインド志向になってしまったので
 ある。
 ネパールで1番進んでいたカトマンズのネワール族の文化、都市機能を利用しながら、
 搾取を続けてきただけの王朝だった。
 そのため、ネワール文化以上の特有の文化は残していない。
 木工芸、仏像の鋳造、建築などはすべてネワール族のものである。
 ドゥンゲ・ダーラと呼ばれる上水道の施設など、当時のネワール族の土木技術、
 石彫刻の技術の高さ、公共福祉への姿勢も見られる。リッチャビからマッラへと
 つながっていくネワールの国づくりは、これからのネパールの国づくりにも 充分
 有用なはずである。
 15世紀には世界水準に達していた文明を持っていたネワール族の叡智、知恵、能力は
 もう一度見直されてもいい時期に来ているはずだ。
 そして、ネワール族自信のもっと心を広く持ち、すべてのネパール人のために、
 その力を発揮してもらいたいと思う。
 その能力が、すでに化石化してしまっているのか、再生の道を辿るのかは、
 ネワール族のこれからの努力にかかっているし、それを期待したい。


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カトマンズ 街の風景 | 22:42:40 | Trackback(0) | Comments(0)
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