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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ 路上で生きる人々‐4 路上の靴直し
カトマンズ 路上で生きる人々‐4 路上の靴直し 2

カトマンズ 路上で生きる人々‐4 路上の靴直し



 昔、ジョッチェン、今はタメルと言われるように、当節、旅行者の大半は、
 タメル地区に滞在するようになってしまった。
 1980年代後半までは、カトマンズにやって来た旅行者は、大半、
 ジョッチェン・フリークストリートに滞在していたものだ。
 私が 初めて、カトマンズを訪れた1984年当時、タメル地区には、カトマンズ・ゲ  
 ストハウス、スターホテル、トクチェ・ピークなどのホテルと、何軒かのレストランが
 散在していただけだった。
 1970年代から、ヨーロッパのヒッピー達は、アフガン、インド、そして、
 カトマンズを目指した。
 そのヒッピーたちが好んで滞在していたのが、ジョッチェン・フリークストリート
 だった。
 
 今は、旅行者の大半をタメル地区に奪われ、見る影もない。
 というのも、タメル地区にはまだ土地と場所が十分残っていたのに対して、
 ジョッチェンは、旧王宮を中心として ネワール族の昔からの移住地域であり、
 開発規制もあり、簡単には発展していけなかったのだ。
 しかし、私は、勧めたい。もしも あなたが、カトマンズの人々の生活を身近に
 感じたいならば、ジョッチェン・フリークストリートを。

 ここに21年間、フリークストリートを見つめ続けてきた一人の男がいる。
 フリークストリートの路上で、靴の修理を続けてきた男だ。
 今、年齢は40、19の時からこの路上で働き続けてきたことになる。
 彼のカーストは、サルキ、ネパールでは、低カーストに属する皮職人カーストだ。
 彼は、路上での靴直しという仕事で、息子を大学4年までやり、娘は、日本流にいえば、
 高校3年生、大学に進学するそうだ。お見事というより他にない。
 寡黙にひたすら、仕事に励む男だ。
 私も何度か、皮のサンダルの修理をしてもらったことがある。
 15年以上前のことだ。
 この20年、私はふらふらしていただけで何も残すことは出来なかったけれど、
 20年以上このジョッチェンの同じ場所に座る続け、靴を修理することだけに専念し、
 最下層カーストにありながら、二人の子供を大学まで通わせたこの男、只者ではない。
 見た目には、寡黙で礼儀正しく、路上の靴直し、あの旅行者の間で話題になった小説
 『CITY JOY』(歓喜の街 カルカッタ)の主人公のネパール版である。

 このジョッチェンから、カトマンズ庶民の市場も近い。
 近辺をさ迷い歩くだけで、昔ながらのカトマンズ庶民の生活、信仰の姿を眼にすることも
 出来るだろう。
 ここは、カトマンズの臍であり、中心なのである。
 あなたが、タメルに滞在するか、ジョッチェンに滞在するかで、
 あなたのこれからの旅の形が変わってくるかもしれないのだ。
 店の構えも、ぶら下がっている服も野暮ったい。
 でもそれでいいのだ。それがジョッチェンであり、ネワールの生活なのだ。
 あなたは、何のためにカトマンズにやって来たのか。
 発見するものの多いジョッチェン・フリークストリートである。


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カトマンズ 路上で生きる人々 | 16:00:43 | Trackback(0) | Comments(0)
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