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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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バンコク ある風景‐9 信仰の行方‐1
バンコク ある風景‐9 信仰の行方‐1  1

バンコク ある風景‐9 信仰の行方‐1  2

バンコク ある風景‐9 信仰の行方‐1  3

バンコク ある風景‐9 信仰の行方‐1  4


 
 昔から、行為を伴わない信仰を受け容れることは出来なかった。
 日本には 行為を伴わない似非信仰が多かったように思えていた。
 今日本の仏教は、葬式仏教に成り果ててしまっている。
 信仰とは何かということが問われることなく、長い年月が経ってしまっている。

 タイにはタイ全国で3万近い仏教寺院があり、30万人の僧侶がいると言われている。
 タイ人の中の2百人に1人は僧侶ということになる。
 これだけ見ると、なんと信心深い国民性、仏教の持つ平等性の思想が行き渡っている
 ようにも思える。
 ところがタイの歴史、人々の生活を見ているとそうではないのではと
 疑いを抱くようになってきた。

 上座部仏教とは一体どのようなものであろうか。日本に伝わった大乗仏教とどのような違いが
 あるのだろう。
 仏陀入滅百年後、戒律と修行では人々は救えないと考えた仏教大衆派の運動が起こり、
 仏教団は保守正統派と改革進歩派に分裂してしまう。

 大衆の救済という大きな理想を抱えた改革進歩派がチベットから中国を経て 日本に
 伝来した大乗仏教である。
 一方 保守正統派は、あくまでも仏陀本来の教えにこだわり、厳しい修行と禁欲に
 よって選りすぐられた者だけに救済の道が開かれることから『上座部仏教』と
 呼ばれるようになったようだ。
 インドのアショカ王の時代にインド全土に普及し、スリランカ、ミャンマーを経て、
 タイに伝わったものだ。
 タイの仏教には227条の戒律があり、僧侶は それに従う義務があり、
 厳格な戒律を守り通し、厳しい修行を経たものだけに救いがある。
 僧侶のみ涅槃に至ることができる。

 それでは一般の人々はどうすればよいのであろうか。
 救いを求めるためには 『タンブン(徳を積む)』をすることだ。
 寺院や僧侶に喜捨寄進して善行を積むことである。
 現世で高い身分についているのは前世において多く徳を積んだお陰だし、
 苦しい生活を強いられるのは徳を積むのが足りなかったせいだ。
 だから、来世のために 出来るだけ徳を積みなさいということになる。
 裕福な階級の人々は財力を生かして どんどん質、量、回数ともに 多く徳を積むことが
 出来るが、貧しい人は僅かの徳しか積めないから、来世は少ししか期待できないことになる。
 一番大きなタンブンは、寺院と建てることである。
 親にとってのタンブンは、子供が出家し、僧侶になることである。
 これも多大なお金がかかる時勢だ。
 昔から王が王位を継いだときには寺院を建てる。自らのタンブンを積み、
 仏教の擁護者であることを顕示するためのものだ。
 金持ちにおいてもそうである。

 仏陀が考えていた教えとは、こんなものだったのかと疑問を感じ、
 壮麗な寺院であればあるほど足が遠のいていく。
 僧侶を見ても有難みを感じなくなる。
 さしずめ、私などは、地獄に落ちるか、来世は下等動物にでも生まれ変わるのだろう。


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バンコク ある風景 | 15:31:47 | Trackback(0) | Comments(0)
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