■プロフィール

ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

■最近の記事

■Automatic translation WEB site
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー

■FC2カウンター

■あしとも

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
バンコク 古き時代の名残を求めて 中華街からバンラックへ-5
バンコク 古き時代の名残を求めて 中華街からバンラックへ-5  1

バンコク 古き時代の名残を求めて 中華街からバンラックへ-5  2

バンコク 古き時代の名残を求めて 中華街からバンラックへ-5  3

バンコク 古き時代の名残を求めて 中華街からバンラックへ-5  4

バンコク 古き時代の名残を求めて 中華街からバンラックへ-5  5

バンコク 古き時代の名残を求めて 中華街からバンラックへ-5  6

バンコク 古き時代の名残を求めて 中華街からバンラックへ-5  6

バンコク 古き時代の名残を求めて 中華街からバンラックへ-5  7


 インド マドラスからのタミル人の末裔たちの住む集落を抜けて、
 チャオプラヤ川の岸辺に向かうと、消防署があり、
 その横の広場には 朽ちかけた大きな建物があった。
 ラーマ5世の時代の1890年にイタリア人の設計の下に建てられた
 カスタムハウス 税関の建物である。
 1850年頃から、タイはイギリス、フランスなどの列強の脅威にさらされていた。
 ラーマ4世、ラーマ5世の時代である。
 映画『王様とわたし』でも象徴されるように、
 ラーマ4世の時代からタイの西洋化への道が始まるのである。
 ラーマ4世は 王族・貴族を積極的にヨーロッパに留学させ、
 王宮内にもヨーロッパ人の家庭教師を雇い入れ、王子の教育を任せる。
 如何にしてタイをイギリス、フランスの植民地化から護り抜くか、
 緊急の課題に迫られていたのである。
 1855年イギリスとのボーリング条約、1865年フランスとの友好通商条約
 イギリスはマレーシア側から、フランスはラオス、カンボジア側から迫ってきており
 不平等条約にもかかわらず、嫌が応にも条約を結ばざるを得なかった。
 ラーマ5世の時代には、フランスにはラオス、イギリスにはビルマ国境に近い領土、
 南タイの領土の一部を割譲することになる。
 日本もヨーロッパに国々と同様に1896年にタイと友好通商条約を結んでいる。

 タイに列強が怒涛のようにやって来るそんな時代に建てられたカスタムハウスである。
 外国製品の課税を認められない時代に、
 このカスタムハウスはどういう働きをしたのであろうか。
 チャオプラヤ川を 外洋からやって来る大型船、タイからの積荷を運ぶ大型船、
 そしてその隙間を縫うように進む中国人華僑の小型船、そんな光景が眼に浮かぶ。
 イギリス、フランス、ドイツ、アメリカが入り込んで来て、
 タイに無課税で工業製品、繊維製品を売りつけていく。
 タイの側が輸出出来るものはといえば、米だけだった。
 19世紀後半の米の海外需要の拡大から、米は輸出用の換金作物になっていった。

 ここで登場してくるのが、華僑である。
 商売に長けている中国人は、米の流通経路である タイ農民からの籾仲買、籾輸出業、
 精米を独占するようになる。タイ人は米作のみを行ったのである。
 農村の隅々まで入り込み、籾の買い付けのみならず、繊維製品、日用品などの小売などを通じて、
 農村に貨幣経済を持ち込むことになった。
 そして、籾を担保にお金を貸し付けることも始めたのである。
 これを基礎に製材、小売業、海運業、卸売業、貿易商として富を蓄え、
 タイ経済の中枢になっていくのだ。

 ここで悲惨な状況に追い込まれていくのが農民たちである。
 貨幣経済に組み込まれたことで、借金を重ね、奴隷に身を落とすもの、
 借金のかたに子供を奴隷として身売りする農民も出てくるようになる。

 そんなタイのことを知り尽くしているこのカスタムハウスである。
 外国への門戸開放で誰が利を得、誰が苦しみを増加させたかも知っているはずだ。
 今120年を得たこの建物の中には、バンコク市の下級職員が住んでいる。
 上級官吏はこんなところには住まない。
 何の改良もされていない120年前の建物が住みよいはずはない。

 観光名所の看板が出ていてもこれではしょうがない。
 近くにありフランス大使館もカソリック教会も、そのメンテナンスは素晴らしいのに、
 このカスタムハウスのなおざりな扱いには、驚いてしまう。
 19世紀のイギリスやフランスなどとの不平等条約の屈辱が
 このカスタムハウスに悪夢のように象徴されているとでもいうのだろうか。


人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ

日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ


バンコク 古き時代の名残を求めて | 17:10:02 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。