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Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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ビエンチャンへの旅(9) 孤高のワット・シーサケット
ビエンチャンへの旅(9) 孤高のワット・シーサケット

ビエンチャンへの旅(9) 孤高のワット・シーサケット2

ビエンチャンへの旅(9) 孤高のワット・シーサケット3

ビエンチャンへの旅(9) 孤高のワット・シーサケット4

ビエンチャンへの旅(9) 孤高のワット・シーサケット5

ビエンチャンへの旅(9) 孤高のワット・シーサケット6


 1353年にファー・グムによって建国されたラーンサーン王国も
 18世紀になると、王位継承の混乱から、1706年ルアン・プラバン王国が建国され、
 タイのアユタヤ王国に援軍を求めるが、援軍はやって来ても動こうとはせず、
 ルアン・プラバン王国の独立は既成事実になる。
 逆にアユタヤ王国の策略によって、
 チャンパーサック地域もチャンパーサック王国として分離・独立され、
 ラーンサーン統一王国は終わりを遂げ、3王国時代を迎えることになる。
 ビエンチャン王国、ルアン・プラバン王国、チャンパーサック王国の
 三つの王国に分かれたために 国力を三分してしまうことになる。
 アユタヤ王国の計略にまんまと嵌ってしまったのである。
 その後、力を三分された三王国は18世紀後半にはシャム王国の属領に
 なってしまうのである。

 1807年ビエンチャン王国の王位に就いたチャオ・アヌウォンは、
 その英知からビエンチャン王国を纏め上げ、
 1827年チャオ・アヌウォンは、ビエンチャン王国の独立のために
 シャム王国の王都バンコクへの派兵を進めていたが、
 副王、ルアン・プラバン王国の手によってシャム王国へ密告され、作戦は失敗し、
 シャム軍に捕らえられ、獄中で死亡した。
 1828年シャム王国は、ビエンチャン王国の再攻を懸念し、
 王都ビエンチャンを徹底的に破壊した。
 1828年ビエンチャン王国は滅亡してしまう。
 
 1828年のシャム王国のラーマ1世時代のシャム軍の徹底的なビエンチャン破壊の中で
 唯一残った寺が、ワット・シーサケットなのである。

 ワット・シーサケット 1818年、ビエンチャン最後の王チャオ・アヌウォンによって
 建立される。ビエンチャンに残っている寺の中で1番古いものである。
 チャオ・アヌウォン、シャムからの独立を目指し、志半ばでシャムに捕らえられた
 ビエンチャンの英雄なのであろう。その名は、通りの名にも使われている。

 その因縁のワット・シーサケットへ行ってみる。
 ラオスの大統領官邸のすぐ近くある。
 カラフルなビエンチャンの寺の中では古色然とした趣があり、それが眼を惹く。
 今は博物館にもなっており、入り口で5000キップの入場料を払わなければならない。
 本堂を囲む建物のなかには無数の仏像が並べられている。
 あまりの多さに、有難みも失せてしまう。
 1828年のシャム王国によって破壊された廃墟の街の中から集めてきたのであろうか。
 タイ、ラオス、カンボジア、ビルマと領土拡大のための侵略、破壊の歴史
 街を燃やし、破壊し、街に住む人々を戦争捕虜として連れ去る。
 何ともおぞましい歴史の姿である。

 タイとラオスは、両方とも中国南部に住んでいたタイ族が南下してきて、
 王国を築いてきたのである。タイでは、タイ族、ラオスではラーオ族と
 言葉の違いから区別されてはいるが、ルーツは同じだ。
 どうも両者には近親憎悪的なわだかまりがあるようだ。
 歴史の初期には華々しい活躍を見せたラーンサーン王国も、タイ側がスコタイ、アユタヤ、
 チャックリ王朝へ時が流れていくにしたがって、活躍の舞台を奪われていく。
 歴史とは過酷なものである。


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ビエンチャンへの旅 | 13:01:54 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
小さな仏像
もう何年前だったか… 
シーサケット寺の壁のたくさんの小さな仏陀。
「一体の仏像しかない場所に置いてください」と、タラートサオで見つけた仏像を住職に預けてきたが、きっと、あそこの壁に鎮座しているにちがいない と思っています。
ナモタサ アラハト パカワト サンマサンプタサ
2008-03-09 日 20:20:13 | URL | 仏のyeti [編集]
私が この前行ったときにあったかもしれませんね。
やたら仏像が多くて、全部を見る気にはなれませんでした。
古めかしくていいお寺でしたが、博物館をかねていましたね。
お寺の雰囲気はありませんでした。それが残念です。
2008-03-10 月 01:40:48 | URL | ひかるの [編集]
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