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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク イーカン地区から渡し舟に乗って
バンコク イーカン地区から渡し舟に乗って 1

バンコク イーカン地区から渡し舟に乗って 2

バンコク イーカン地区から渡し舟に乗って 3

バンコク イーカン地区から渡し舟に乗って 4

バンコク イーカン地区から渡し舟に乗って 5

バンコク イーカン地区から渡し舟に乗って 6

バンコク イーカン地区から渡し舟に乗って 7


 ダウンドゥン船乗り場からプラアティッド船乗り場へとチャオプラヤ川を渡る。
 客は私一人だけ、申し訳ないような気分になる。
 運賃は5バーツである。ガソリン代にもならないだろう。
 この渡し舟が込むのは、朝の通勤・通学と夕方のその帰りの時間帯だけなのだろう。
 船長ともう一人の乗組員、二人とも女性だった。ちょうど昼飯の最中だった。

 船が岸辺を離れると、7,80年以上前に建てられた貴族の大邸宅が眼に入ってくる。
 誰も住むものもなく、打ち捨てられている。
 この豪邸を打ち捨てるほどの財産家だったのだろうか。
 持ち主はこの邸宅を捨てて、どこに消えてしまったのだろう。

 昔はチャオプラヤ川の岸辺に家を建てることが、ステイタスシンボルであったという。
 時代の趨勢がこのトンブリ地区から、対岸のバンコクに移るに従って、王族・貴族も
 対岸へと移住して行ったのだろう。
 こんな豪邸の中で、華やかなりし日々には何が催されていたのか、
 想像は膨らむ一方だ。

 対岸のプラアティッド船乗り場に着く。
 ここから、チャオプラヤ・エクスプレスボートで、
 ラッチニー船乗り場へ行くつもりだったが、船賃はいつの間にか13バーツから
 20バーツへと値上がりしている。距離に関係なく一律20バーツである。
 そこには又の機会に行くことにして、歩くことにする。

 10分も歩くと、再びプラ・ピンカーオ橋までやってくる。
 プラ・ピンカーオ橋を渡り、バンコクノーイ運河によって、
 二分されているバンコクノーイの北側を歩いてみることにする。

 ここにも利用されなくなった運河が打ち捨てられている。
 運河の水面にはプラスティックの袋、容器が朽ちることなく浮かんでいる。
 運河とともにトンブリ地区そのものが、打ち捨てられている気さえしてくる。
 バンコク都心部とこのトンブリ地区の差は、どうしたものか。
 どんどん発展していくバンコク都心部、庶民の住むトンブリは行政から
 全く無視されている。

 呆れながら、歩き続けていくと、ここには、打ち捨てられた仏教寺院がある。
 境内は駐車場になっている。
 寺院の建物といえば、雨露でその華やかな色はすっかり失われ、
 朽ちてゆくのに任せている。
 しかし、黒い仏像というのも珍しい。大半は、金ぴかの仏像なのに。
 信仰深いタイ人の一面がここにある。
 豪華絢爛たる寺院以外は、有難みがないのだ。見た目の素晴らしさがすべてなのだ。
 なんともいえない功利的なタイの仏教だ。
 お金を出来るだけ多く喜捨すれば、それだけ幸せな来世が、保証される。
 貧しきものはそれだけでもって救われるのではなく、貧しいがゆえに救いはない。
 タイは仏教の国で 階級はないように見えるが、
 王族・貴族の末裔のために都合よく作られた社会なのだ。


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バンコク風情 | 13:45:32 | Trackback(0) | Comments(0)
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