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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク 死に逝くバンコクの運河
バンコク 死に逝くバンコクの運河  5

バンコク 死に逝くバンコクの運河  1

バンコク 死に逝くバンコクの運河 4

バンコク 死に逝くバンコクの運河  3

バンコク 死に逝くバンコクの運河  2


 バンコクは東洋のベニスといわれたくらいの運河の街であった。
 しかし、近頃では、実際に使われている運河は、数少なくなっている。
 大きな運河は今も生き続けている。
 センセーブ運河、プラカノン運河、バンコクノーイ運河、モン運河、
 バンコクヤーイ運河などは、市民の足として大きな働きをしている。

 ただ、問題なのはそれらの運河から人々が住む集落へと結ぶ支流の運河が
 ほとんど使われなくなってしまったことだ。
 そのために大きな運河へとつながる支流の運河の水門は閉じられ、
 どぶ川に姿を変えてしまった。新しい水は入ってこないのだ。
 流れを失った川は、再生の機会を失ってしまった。

 運河の発展とともに増え続けてきた支流の運河に住む人々の集落は
 流れのないどぶ川と顔を合わせて生活しなければならない。
 交通の中心が運河から陸上交通に移っていくと、
 都心に住んでいても、支流の運河のそばの集落は僻地のような有様だ。
 ゴミだしもままならず、ゴミは目の前の運河に捨てられることになる。
 集落は細い路地が錯綜し、車が入ってくることは不可能だ。
 運河の交通を中心に生活が成り立っていたのに、
 運河が用を成さなくなれば交通の手段はなくなってしまう。

 運河を愛した人々は去り、そこを借家にし、地方からの出稼ぎの人に貸す。
 出稼ぎの人々にとっては、目の前の運河は、ただのどぶ川に過ぎない。
 運河への愛情など湧くはずもない。不便な場所だから、家賃は安い。
 それだけの理由で住み着いた人々なのだ。
 そして、その集落はスラム化してゆく。批判・不満の声を上げる人はいない。
 陸上交通のバス通りから、隠されたこうした集落は、誰の眼にも留まらない。

 バンコクにはこんな集落が、数え切れないくらいあるようだ。
 水の流れが死ぬことで、水の流れとともに生きていた人々の生活も死んでゆく。

 華々しい発展の姿を示すバンコクの表の顔の裏側には、
 こうした発展が生み出した取り残された生活があること、
 こうしたことも忘れてはいけないことだろう。

***
 チャックリ王朝創立時代から、チャオプリヤ川から内陸部に向かって、
 多くの運河が造られてきた。そうした主流の運河から、各集落、各家庭へと向かう
 支流の小さな運河も網目のように作られてきた。
 この支流の運河が人々の交通の役目を果たし、バンコク庶民の生活を支えてきたのであ  る。
 今日ではこの支流に向かう水門が閉じられ、交通の用をなさなくなっている。
 我々が、よく眼にする運河は、主流の運河で、細い支流の運河は、なかなか眼に留まらな  い。
 バンコク都心にある運河は、外国人の目に留まりやすいことから、水質も向上しているが、
 外国人の訪れことの少ないトンブリ地区の運河はひどくなる一方である。
 
***


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バンコクの運河 | 12:41:16 | Trackback(0) | Comments(0)
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