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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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バンコク 中華街 楽宮ホテルの今昔
バンコク 中華街 楽宮ホテルの今昔 1

バンコク 中華街 楽宮ホテルの今昔 2

バンコク 中華街 楽宮ホテルの今昔 3


 中華街 ヤワラートへ行ってきた。
 東急マーブンコウ前から73番のエアーコンディションバスで14バーツ、
 2バーツほど値上がりをしていた。

 20年ほど前に宿泊していた辺りを見極めて置きたかった。
 カラカッダ・イーシップソン・ロータリーあたりには、日本人旅行者がよく利用するホテルが、
 3軒ほどあったが、今なお健在なのは、台北ホテルだけだ。
 ジュライホテルも楽宮ホテルも閉鎖してからもう長い。
 当時、私が利用していたホテルはジュライホテルだ。
 しかし、昔ながらのバンコクの趣を残していたのは、木造の楽宮ホテルだった。
 泊まるには、いかがわしかったし、施設も老朽化していたから、避けていた。
 部屋には洗面所しかなく、トイレ・バスルームは共同使用、
 そこもぬるぬるとしていて、清潔なものではなかった。
 部屋によっては、トイレ・バスルーム付の部屋もあったようだが。

 どうして、泊まりもしないのにそんなことを知っているかというと、
 ジュライホテル近辺で知り合ったタイ人の若者が、
 楽宮ホテルの1室に住んでいたからだ。 
 彼の名前は、チョウ、中国人とタイ人との間に生まれた子供だった。
 彼の仕事はといえば、いわゆるひもである。
 彼の恋人が借りた楽宮ホテルの一室に 彼が 同居していたのだ。
 恋人は、パヤオ出身の立ちんぼうの娼婦であった。
 チョウは24歳、恋人は28歳、恋人には、パヤオに残した子供が二人、
 実家の母親が面倒を見ており、毎月毎月の仕送りが必要だった。
 チョウが1日にもらっていた小遣いは、百バーツだった。

 タイの男も女も一人暮らしは苦手だ。やさしくしてくれる相手がそばにいてほしいのだ。
 女は金を稼ぎ、男は女に尽くす。そんなカップルはどこにでもいた。
 娼婦、バーのホステスなど、実入りの多い女の職業では、
 それが当たり前のことのようだった。

 チョウとはよく一緒にご飯も食べたし、
 バンコクから百五十キロ離れたパクッチョンにある彼の田舎にも行った。
 家にいたのは、年老いた祖父母、近所には親戚もいた。
 母親は再婚して、再婚した相手との間にも二人の子供がいた。
 そして、時々、両親の様子を見に来ていた。学校は出ていないが、聡明な感じの人だった。
 チョウの父親は中国系、別の女と結婚していて、会うこともないという。
 チョウを含めた三人の兄弟を育てたのは、田舎の家の祖父母だった。
 小学校しか出ていないチョウには、彼の望む仕事に就くのは、難しかった。

 そのチョウとも20年近くあっていない。
 金持ちになることを夢見ていたチョウ、夢を実現したであろうか。
 チョウの色白の恋人はどうしているだろう。

 楽宮ホテルのわきのスワニーの店が、来ることのない日本人を待って、
 今尚、店を開いていることに侘しさをおぼえた。


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バンコク 中華街 | 19:32:57 | Trackback(0) | Comments(0)
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