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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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東京 病院生活の始まり‐01 一夜明けて
東京 病院生活の始まり‐01 一夜明けて 1

東京 病院生活の始まり‐01 一夜明けて 2

東京 病院生活の始まり‐01 一夜明けて 3

東京 病院生活の始まり‐01 一夜明けて 4

 明けない夜はないと言われているように どうにか一夜の安らぎの夜を送り、
 朝を迎えることが出来たことが出来た。
 人は簡単に死んでしまいそうで 案外しつこいものである。
 あっさりというのも楽でいいのであるが、なかなかそうは問屋が卸さないようだ。

 救急外来用の入院患者のための6人用の大部屋に たった一人の入院患者である。
 ベージュ色のカーテンで仕切られた一人当たりの空間は 約2畳、
 清潔なベッドと小さな物いれ用のたんすが用意されていれば 身体の疲れを癒すには
 十分である。

 それにしても日本の病院の暑さには驚いてしまう。
 常夏のバンコクからやって来た私が 暑く感じてしまうくらいで 
 室温は25,6度以上かもしれない。
 寝苦しい夜が明け、朝も6時を過ぎると 病院内は活気にあふれてくる。
 午前7時を過ぎると 朝食の時間は近づいてくる。
 今朝の朝食は 食パン2枚に 味のしない野菜炒め、牛乳、そしてオレンジ半分、
 食べることが出来たのは パン1枚、半分のオレンジ、牛乳だけである。
 明朝からは パン食をお粥に替えてもらい、牛乳は果物ジュースに替えてもらう。

 午前10時には 6階の救 急外来用の部屋から 7階の内科(呼吸器科)の部屋へと引越し、
 6人部屋で通路を真ん中にして カーテンで仕切られた部屋が 3部屋ずつ並んでいる。
 6階にいるときは窓際だったけれど、7階では真ん中の部屋で両脇の部屋の住民の存在が
 気にかかかる。
 慣れるより仕方のないことだ。

 大半の部屋の住民は皆、しっかりカーテンを閉め切っているので 
 誰がこの部屋の住人なのか よくわからない。

 今から35年前に急性肺炎で入院した池袋の下町の中にあった総合病院の大部屋との
 違いに驚いてしまっている。
 その病院は 大学の学生保険と国民健康保険を両用すれば、入院費も治療費もただだった。
 ベッドも5,6台 置かれており、如何にも下町風という大雑把な様子だった。
 私のすぐ近くにいた当時脳軟化症と呼ばれていた病気の大柄のおじいさんが寝ており、
 夜になると勝手に逃げ出したり、暴れないように両手、両足を縛りつけられていた。
 お尻にはおしめがつけられており、時折、その臭いには閉口したものだった。

 私の大学での専門は心理学で 大学3年、4年のときは 情緒障害児いわゆる自閉症・
 アスペルガーの子供たちや親たちとの活動に精出していた時期で その無理がたたって、
 過労気味になり、急性肺炎にかかってしまったのである。
 だから、その入院の折は 入れ替わり立ち代わりの訪問者が多く、1ヶ月という入院期間は
 瞬く間に過ぎ去り、同じ部屋に誰が入院していたのかという記憶は 能軟化症(認知症)の
 おじいさんのことと、確か早稲田大学の学生だったと思うが、やはり 急性肺炎で入院し、
 翌日には亡くなった若者のことだけである。

 ほとんど同じ年齢だった若者であったにもかかわらず、一方は亡くなり、
 一方は生き残っている。
 もうあれから35年の月日が流れたのである。
 そして 私は今、再び 病院の一室で肺がんとの闘いの中にいる。
 闘いというより 肺がんという病をどう受け入れるか そのことの方が重要な事がらになっている。

 今日は昼食あたりから 少しずつ 食欲が出てくる。
 今日一日は 検査も治療もなく 昨日の疲れを癒すようにうつらうつらと 
 日長一日 寝ているだけだった。

 この日、主治医、担当医、担当看護師が決まる。
 主治医は40歳前後のF先生、担当医は30歳前の研修医のT先生、
 看護師は25歳前後のTさん、
 他にも数人の看護師の援助の中での生活が始まった。

 夕方 夕食後 のんびりと寝込んでいると Yがやってきた。
 日本を離れてからの26年間 何かにつけ、大きな援助をしてくれている。
 その報いに応えることができず いつも心苦しい思いをしている。

 彼女が帰っていくと 今日1日の病院の生活も終わりに近づき、後は痛み止めの薬をもらって
 寝るだけである。




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徒然なるままに | 10:33:19 | Trackback(0) | Comments(0)
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