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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク 朝の市場通りの風景
バンコク 朝の市場通りの風景 1

バンコク 朝の市場通りの風景 2

バンコク 朝の市場通りの風景 3

バンコク 朝の市場通りの風景 4

バンコク 朝の市場通りの風景 5

バンコク 朝の市場通りの風景 6

バンコク 朝の市場通りの風景 7

バンコク 朝の市場通りの風景 8

バンコク 朝の市場通りの風景 9

 昨日の朝は センセーブ運河の向こう岸のイスラム教徒 チャム族の集落 
 バーン・クルアを散策したが、今朝は その集落の向う側にある昔ながらの
 市場を散策することに決めた。
 午前7時過ぎに部屋を出て サファン・フアチャン(象の頭橋)を超え、
 日本人の間でも名の売れているアジアホテルの方へ向かって歩く。

 路上では 道行く人々のため朝食用の食べ物の屋台が 立ち並んでいる。
 ナーム・トーフー(豆乳)やコーヒー、トーストなども売られている。
 アジアホテルを左に曲がると 市場の方へと向かう。
 市場へと向かうこの通りでも 朝ご飯のための屋台が立ち並んでいる。
 蒸したもち米を 餅のように丸くして、卵を塗って 焼きおにぎりを焼く要領で
 焼いている。
 ボールのように丸くして焼いているのは 裏ごしをした芋である。

 少し先まで行くと 如何にも東北タイからやって来たおばさんが 昔ながらの形で
 丸い餅米や卵、バナナの皮に包んだ惣菜を網の上に載せて焼いている。
 竿と二つのかごさえあれば まだまだ商いが成り立つバンコクである。
 つまらない法律ばかりを作って 人々の生活を規制ばかりしている日本とは
 大違いである。

 先に向かって歩いていくと 中国式の揚げパンを売っている屋台がある。
 昔からの中国式の朝食だ。これに豆乳を組み合わせれば 朝食になる。
 この辺1帯の通りには 東北タイからの出稼ぎ労働者のための屋台も多い。
 建築現場で肉体労働を仕事とする彼らにとっては 腹持ちのいい餅米が 
 朝から常食である。
 そのための惣菜を売る屋台がたくさん並んでいる。
 私にとっては 朝から餅米と辛いイサン料理には手が出ない。
 食べるとしたら 麺類かお粥ぐらいがちょうどいい。

 そう思っていたら、都合のいいことにお粥の屋台があった。
 集落 バーン・クルアに住むイスラム教徒 チャム族のお粥の店である。
 イスラム教徒だから お粥に入れる具は鶏か魚である。
 チョーク・カイ(鶏肉入りお粥)を頼む。
 鶏肉の各種臓物、皮付きの骨などが具である。
 それに春雨の揚げ物と半湯での卵をいれて 25バーツだ。
 持って帰ると冷めてしまうので 此処で食べることにした。

 朝の腹ごしらえを済ませ、市場の中へ入っていく。
 市場の中でも 朝用の惣菜が 到るところで売られている。
 中央タイの人であれば、いわゆるぶっ掛けご飯、ご飯の上におかずを載せてもらって
 食べるやり方である。
 載せてもらうおかずの種類の数によって値段が変わる。
 こういうぶっ掛けご飯もよほどお腹が空いていない限りは 朝からは御免である。
 タイ風のおかずには 油がたっぷり使われているからだ。

 市場の中を歩いていると 富有柿を売っていた。
 2個で35バーツ 約百円である。
 タイで見かける甘柿の大半は中国産の次郎柿の類で 熟れていない輸入されてくるから、
 黄色く色が変わっても甘みがない。
 この富有柿は 韓国産だという。見た目には美味しそうだ。
 そう思って 試しに買ってみた。
 味見をしてみたが 確かに中国産のものに比べると 確かに甘い。

 市場を抜け、この辺で一番賑やかな市場通りに出る。
 ここも朝ご飯用の食べ物で一杯だ。
 食べ物が 普通にあふれ、その上安いのを眺めていると、これが人間の当たり前の
 生活だと思われてくる。

 東北タイからやって来た行商の人たちも 朝の賑やかな市場にやってきて、
 ひと商売をして、又、街中に出ていき、夕方近くになると 再び市場に戻ってきて、
 残り物を安く売りさばく。

 茹でたとうもろこしを売っていた若者は 東北タイのウドンからやってきていた。
 行商や屋台の人たちは ウドン、カラシン、ロイエット、スーリン、ブリラムなどの
 東北タイ出身者が大半である。
 出稼ぎの肉体労働者として東北タイ出身者が バンコクの人口の多くを占めるように
 なり、イサン料理の屋台が 商売として十分に成り立つようになっているのである。
 そして、値段も安いから 庶民にとっては救いになっている。
 身体を使うことを厭わないのは 東北タイ出身者の美徳である。
 今のタイの良心は こうした東北タイ出身者によって支えられているのかもしれない。



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バンコク 食べ物 | 13:22:51 | Trackback(0) | Comments(0)
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