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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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アジアの街角 1枚の写真から‐74 公園の片隅で
アジアの街角 1枚の写真から‐74 公園の片隅で

 カトマンズの中心部に ラットナパークと呼ばれる公園がある。
 カトマンズ市内では 1番大きな公園であるが、百メートル四方程度の
 公園である。
 街の中心にあるだけに カトマンズ市民の憩いの場になっている。

 公園の前の通りが カトマンズ市内を走るミニバスやティンプー(乗り合い
 電気3輪車)乗り場になっているし、近くにカトマンズ近郊に向かうバスターミナルも
 あるから、人々は時間つぶしにこの公園にやってくることも多い。

 その公園の一角では いつものように市民討論会は開かれている。
 若者、中年、老人たちが 集まってきて 適当なテーマで意見を言い合っている。
 全くの赤の他人同士の集まりである。
 ネパール人のこうした姿を見ていると 民族の違い、カーストの違いが有る国だけれど
 それでも人間同士の距離は 日本人と比べるとはるかに近いように思える。
 見知らぬ他人が 公園にやってきて 笑い声を上げながら、討論会を楽しむという
 生活が 今の日本社会で考えられるだろうか。

 日本の公園に行って、ベンチに座り込んでいる人になんとなく話しかけるということは
 考えられないことだ。警戒されるのが落ちである。

 ネパールにやってくるたびに どうして 日本とネパールでは 人と人の距離が
 違うのかと不思議に思う。
 生活レベルでいえば、ネパールの生活は 日本に比べればはるかに低いが、
 人間としてのゆとり、他の人間に対する関心は はるかに大きい。
 人々は 孤立しているという気持ちは 日本に比べると 小さいだろう。

 アジアは共生社会であるとよく言われるが、ネパールの人々を見ていると 
 そんな実感が湧いてくる。

 公園の中を見回してみても 一人でぼんやり座り込んでいる人などいない。
 知らないもの同士で そばにいるだけで自然に会話が始まっていくのである。
 それは公園だけのことではなく、小さな広場であれば、夕方近くなれば、人が
 集まってきて、会話が始まるのである。
 人が集まるから、路上の食べ物屋などもやってきて 生き生きした空間に変わって
 くる。
 それは共生空間といってよいものかもしれない。
 こうした空間が街のいたるところ、路上のいたるところにある。

 私がネパールに惹かれるのはそんなところにあるのだろう。
 こうした生活に慣れてくると 日本の生活が実に味気ないものに見えてくる。
 日本で生活している人からすれば、他人と係わり合いの少ない社会空間は 普通の
 ことであるから、別に何も感じないのかもしれないが、ネパールやタイでの生活が
 長いと 一歩外へ出ると 能面のような顔をしている日本人の姿は不思議なものに
 思えてくる。
 日本人にとって 戸外の共生空間はどこにあるのだろう、そんなものは必要のない
 ものなのだろうか。
 アジアの持つ共生社会から遠く隔たってしまったのか そんな思いが湧いてくる。


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アジアの街角 1枚の写真から | 21:23:17 | Trackback(0) | Comments(0)
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