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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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タイでの長期滞在を望む人たちへ‐03 住む・食べる02
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐03 住む・食べる02 1

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐03 住む・食べる02 2

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐03 住む・食べる02 3

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐03 住む・食べる02 4

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐03 住む・食べる02 5

 私が タイとの係わりを持つようになって22,3年の月日が流れた。
 最初の頃は ネパール・インドへの行き帰りに タイに1,2週間立ち寄るというのが
 タイ滞在の形で 大抵は 中華街にあるジュライホテルに泊まるか、そこに飽きれば、
 プラトゥ・ナーム辺りの1泊3,4百バーツに泊まることもあった。

 何日かバンコク市内のホテルに泊まると チェンマイ・チェンライ、あるいは
 東北タイのコンケン、ウドン、ノンカイへ行き 布の仕入れをして、再びバンコクに
 帰り、時間があれば、パタヤ辺りに足を伸ばして、のんびり過ごすというのが 
 タイでの滞在のパターンだった。
 だから 食事といえば、屋台中心で それでもその前の3年はネパール・インドでの
 生活が長かったから、バンコクの屋台で食べる料理は何でも美味しく感じられた。
 カレー味から開放されたという思いが強かった。

 タイとの係わり、特に人間関係が出来上がってくるに従って、タイへの滞在期間も
 長くなり、最初にアパートを借りて住み始めたのが バンコクから180キロばかり
 離れたカオヤイ国立公園の近くの町 パックチョン この町には3年近く行き来した。
 気候的には涼しく、過ごしやすい場所であったが、20年前のパックチョンは 
 何もない田舎町で 市場に行っては 肉だの野菜だのを買ってきて自炊をした。
 当時は 豚肉の値段も 1キロ4,50バーツという安さ、プラー・ニン(テラピア)
 というタイで人気のある魚も 1キロ10バーツだった。

 パックチョンでアパートを借りるまでの数ヶ月は バンコクで知り合った知人の
 実家に居候し、パックチョンの郊外にあるタイの田舎の生活を知ることが出来た。
 料理は七輪、料理に使う水は 雨期のときに汲み置いていた水、水浴びの場所は
 野外、水道などパックチョン郊外のこの村には まだ来ていなかった。
 家の庭に井戸も掘ってみたが 乾期になると 水がひやがり、役に立たなかった。
 それでも カトマンズの水不足、不便さには慣れていたので パックチョンでの
 そんな生活も気にならなかった。
 テレビも冷蔵庫もガスも水道もない生活、別に驚きもなく すっと受け入れることが
 出来たのは やはりまだ若さの持つ体力が残っていた証拠だったのだろう。
 知人の母方の祖父がいたが バナナ、マンゴ、ジャックフルーツなどを育て、
 草を編んで屋根の材料を作っていた。
 当時 65歳ぐらいだったから、今は 90歳近くなっているだろうが、この家を
 去ってからは 会うこともなくなった。
 20年の歳月は あっという間に過ぎ去ってしまった。

 その後 パックチョンの町の中心近くに借りたアパートも水掛け式の浴室、
 台所に出来る小さな部屋と12畳ぐらいの部屋で月千バーツ
 (当時のレートで5千円程度)だった。
 フラット・タムルアッドと呼ばれ、警察官の持ち物だった。
 乾期の冬場のパックチョンは 涼しく、冷水での水浴びに慣れるには時間がかかった。
 それでも パックチョン郊外の村での生活に比べれば、部屋に水は来ていたし、
 プロパンガスとコンロはあったから、格段に便利な生活になったし、市場も店も
 近くにあり、普通の町の生活に近づいた。

 パックチョンに滞在し、布の仕入れに 冷房バスを使って 東北タイのコンケン、
 北タイのチェンマイへ出かけ、そして 都会の香りを吸いにバンコクに出かけたもの
 だった。
 パックチョンに住んだといっても 1ヶ月近く滞在すると 再び日本へ あるいは
 ネパール・インドへインドに出かけ、再び パックチョンに戻ってくるという3年間
 だった。
 この3年間の時々のパックチョンでの生活で 日本人に出会うことは1度もなかった。
 異国で生活するためには その地で生活する人々の生活をありのままに受け入れること
 から 始まる。
 そのためには 好奇心を失わず、人々の行動を観察することが 重要な第1歩であり、
 こうした姿勢が 犯罪に巻き込まれずに20年以上 生活出来た理由かもしれない。



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