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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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東京 共生する社会
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東京 共生する社会 8

 よく訪れるブログの中の記事を読んでいると こんなことが書かれてあった。

  「西洋文明と東アジア文明の違い」  世界経済を認識する基礎
   ●西洋文明と東アジア文明の違い
   http://sun.ap.teacup.com/souun/1764.html

  ~ 西洋文明は、「悪」を強調することで「善」を高め、「悪」の脅威をふれまわることで
  まとまってきた。はじめから共存を否定しているので、まとまるためには、
  どこかに「悪」という「敵」が必要になる。

  一方、東アジア文明は、「共存」が基本だった。西洋文明は「異質な敵」を見つけ出し
  「排除」するのが常識だったが、東アジア文明は「異質」の「混在」が常識だった。
  過去から現在まで、東アジアが同じだったことはない。両者の歴史を比較してみれば、
  文明に本質的な違いがあったことがわかるだろう。

  欧米のように、わざと違いを際立たせ、すべてを善悪で判断しようとしたら、
  永遠に共存(和)などありえない。違いを認めることが、共存への第一歩だからだ。
  自分と違うものをみな敵にしてしまえば、いつまでたっても平和がくるはずがない
  だろう。

  西洋文明と東アジア文明は、まったく正反対といっていいほど異なる文明だった。
  基本となる価値観が違いすぎるため、文明の観点から語らないととんでもない過ちを犯す。
  それなのに、文明の違いを無視して強引に比較してくるので、東アジア文明
  など存在しないとまでいい出す人間がいる。西洋文明の常識を世界の常識にして
  しまうのは、とんでもない誤りである。

  東アジア文明は、ひと言でいうなら多様性である。東アジア文明には寛容という
  共通点があるから、文明の多様性を保っていられる。

  西洋文明は、同一性である。だが、同一性があるのは、排他的な文明だからだ。
  常に自分の考えを他人に押しつけ、多様性を認めないからみな同じなのだ。

  東アジア文明は、たとえていうなら寄せ鍋だろう。寄せ鍋の良さは、ひとつ一つの
  具がダシとなって、互いに生かしあっている点である。あくまで、似ていて異なる
  文明なので、具のひとつを取り上げて、それが寄せ鍋だとはいえない。

  寄せ鍋をするなら、同じ鍋に色々な具を入れる寛容さが必要である。
  この「多様性」を許す「寛容さ」で「共存」することで、ひとつのまとまりに
  なっていた。

  西洋のように、「排他性」で「同一性」を保つのとは、本質的に違うのである。

  それにも関わらず、東アジアはバラバラで共通点がないから、「西洋文明の常識で、
  東アジアを統一しろ」と平気で主張する人間までいる。驚いたことに、東アジアの
  多様性を評価するどころか、悪いことだといっている。
  民族にも宗教にもこだわらずに、みんなで仲良く共存してきた文明を否定して、
  常に自分が正しいといって譲らない文明を受け入れることが本当にいいことなの
  だろうか。

  資本主義や民主主義は、“一本化された文明が作った制度”である。
  それを多様性のある文明が取り入れれば、矛盾が生まれて当然なのだ。
  だからこそ、日本型資本主義も誕生した。

  日本型資本主義と欧米型の違いは、自分さえよければいい資本主義と、みんなで
  豊かさを分かち合う違いである。この差は、すべて文明から生まれていた。
  東アジア経済が復活したのも、日本が無意識に進めた共存の概念のお陰だった。

  もし日本が自分さえ儲かっていればいいと考えたら、東アジア経済の復興など
  ありえなかっただろう。

  すべては、文明の違いをどう解決するかにあった。資本主義や民主主義のために
  「自分の文明を捨てる」のか、それとも資本主義と民主主義の方を妥協させて
  「自分の文明に合わせる」のか、どちらの道を選ぶのかである。

  西洋文明の常識から逃れなくては、東アジア文明の価値を見い出すことはできない。
  東アジア文明を愚弄する前に、まず理解することが必要だろう。~
           
              ~ 晴耕雨読(http://sun.ap.teacup.com/souun/)より

 
 この26年間 日本で生活するより、タイやネパールで生活するほうが長い。
 カトマンズで生活していると カトマンズ庶民の生活水準は 日本と比べると
 はるかに低い。
 カトマンズを流れるバグマティ川の岸辺には バラック建てのスラムが建ち並んで
 いるし、多くの人たちは狭い部屋を借りて、家族3,4人で生活している。
 大半の部屋には 台所もトイレ・浴室もない。
 ここ10年以上に渡って、カトマンズの人口は増加し続け、地方からカトマンズに
 やって来た人たちが住む場所を見つけることも難しくなっている。
 確かに皆 貧しいといっていいだろう。
 しかし、こうしたカトマンズ庶民の表情を眺めていると 意外と明るいのである。

 貧しい人たちの生活を見ていると 孤立していないのである。
 貧しいもの同士が寄り添って 互いに支えあって 生活していこうという姿がある。
 少なくとも カトマンズについていえば 飢え死にしたという話はあまり聞かない。

 カトマンズ盆地に昔から住んでいる民族はネワール族という民族で 彼らは民族や地域、
 血縁関係の絆を強めるために 数多くの行事がある。
 行事の際に作られた食べ物は 余れば、貧しい人たち、物乞いの人たちに与える習慣が
 ある。
 多くの行事を通して 過剰な富を分配していくことにもなっていた。
 寺院を造る、仏像を喜捨する、数多くの宗教行事、血縁関係の行事を行う 
 これらのことで過剰な富を社会に還元していたのである。

 私が初めてネパールを訪れた26年前は こうしたことが 当たり前のこととして
 行われていたが ここ10年ばかりで 世相は随分変わってしまった。
 金持ちたちは 投資のために土地を買いあさる、株式投資に熱中することで富を
 貯め込むことばかりに興味を示し、宗教的な行事や血族関係の行事などはだんだん
 簡素化し、持っている富を吐き出すことはなくなってきている。
 遅ればせながら、ネパールも日本や欧米の価値観を追いかけ始めている。

 昔も富裕層が大半で 大半が貧しい人たちだったが、機会があれば、富裕層は
 その富を社会に還元していたが、今では儲けたお金を貯め込むだけで 社会に
 還元することはない、そして 貧しい人たちに分け合うこともなくなっている。

 カトマンズは ここ10年ばかり カトマンズ庶民は 水不足で苦しんでいる。
 カトマンズ庶民の唯一の救いといえば、今から 3,4百年前のマッラ王朝時代に
 造られたドゥンゲ・ダーラ(石造りの共同水場)である。
 こうしたドゥンゲ・ダーラが街の至るところにある。
 しかし、民主化後 20年近い時間が流れたが、汚職ばかりが横行し、カトマンズ
 市内のインフラは 一向に進まない。
 水不足と電力不足は ここ4,5年最悪の状態である。

 それでもカトマンズ庶民は 少ない収入の中で どうにか生活している。
 日本人だったら、到底耐えられない状況でも お互いに助け合う、支えあうことに
 よって どうにか耐えている。
 親・兄弟、親戚など絆がしっかりと残っており、助け合う形が残っているからだ。
 自己責任、個人主義といった西洋的な価値観ではなく、人間は基本的には弱い存在で
 あることを知っているからだ。
 それが優しさにつながっている。だから、助け合うのである。
 この優しさを忘れた社会が 今のアメリカであり、それに追従してきた日本なのでは
 ないだろうか。
 強い人間だけが生き残る世界、ずる賢い人間が富を独占する世界、そこには優しさと
 いう言葉はない。
 東アジアだけでなく 東南アジアも南アジアも 共生を大切にする社会だったはずで
 ある。

 日本人旅行者が ネパールにやってきて ほっとするのは 古き良き日本の原型を
 見出すからなのではないか、そんな気がしてくる。



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