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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐07 ラマダン01 モスク
バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐07 ラマダン01 モスク 1

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐07 ラマダン01 モスク 2

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐07 ラマダン01 モスク 3

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バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐07 ラマダン01 モスク 11

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐07 ラマダン01 モスク 12

 イスラム教の断食の月  ラマダンが 今日で終わった。
 断食は昨日の日没と共に終わっていたようだが、今日は ラマダンが終わったことを
 祝う日のようだ。

 ― 毎年あるラマダンの断食はイスラム教では、「信仰告白」「(日々の)礼拝」
  「(貧しい人々へ)喜捨」「(生涯で一度の)メッカ巡礼」と並んで「五行」と呼ばれる
  信者の義務の一つである。
  ラマダンはイスラムでは「聖なる月」である。この月の22日夜にムハンマドが
  最初に神の啓示を受けた日とされる。
  イスラム教の聖典「コーラン」には「コーランが下されたのは、ラマダンの月である。
  この月に在宅するものは、断食しなければならない。
  病気の者または旅行中の者は、別の数日間に行うべきである。 ―

 この約1ヶ月に渡るラマダンの間も 何度か イスラム教徒 チャム族の集落 
 バーン・クルアへ行ったが、外から見ている分には ラマダンであることは 
 よく わからなかった。
 集落に住むイスラム教徒のチャム族の人たちに言われて、気がつくくらいだ。
 食べ物は 普通に売られているし、人々の生活にもあまり変化はない。
 断食といっても 毎日、日没とともにモスクからコーランを朗唱するアザーンが
 始まると同時に、みな一斉にイフタール(断食明けの食事)をとり、日が昇ると
 断食が日没まで行われることの繰り返しで 家庭の中まで入り込んで 食事の様子を
 見ない限り、断食の様子を眼にすることはない。
 又、子のイスラム教徒 チャム族の集落 バーン・クルアには 仏教徒である多くの
 東北タイ イサンからの出稼ぎの人々が 間借りをして生活している。
 彼らは イスラム教徒ではないから 断食をする必要がない。
 昼間でも 集落の中で 食べ物屋の屋台を開いているし、その屋台で食事をしている。
 顔つきだけで イスラム教徒であるか、仏教徒であるか判断するのは 不可能である。

 今日 朝7時にラマダンが終わったことを祝う祈りの集会がモスクであると
 集落の人が言っていたが、いくらなんでも朝の7時は早過ぎる。
 朝8時を過ぎて、集落 バーン・クルアのモスクに行って見ると まだ祈りの
 最中だった。
 このバーン・クルアの中には 三つのモスクがある。
 バーン・クルアの集落は 三つの地域に分かれており、地域ごとに一つずつ モスクが
 ある。
 北バーン・クルア、西バーン・クルア、南バーン・クルアに分かれているが、
 南バーン・クルアにあったモスクは 西バーン・クルアの近くに移されたようだ。
 私は 二つのモスクの場所は 知っていたが 南バーン・クルアから移したモスクの
 場所は 今日 初めて知った。

 どのモスクにもそれぞれの地域のイスラム教信者が集まり、ラマダン明けの祈りを
 捧げていた。
 祈りの場所は モスクの中では 男女別々の場所だった。
 大人も子供も それぞれイスラム教徒の正装に身を包み、敬虔な姿で 祈りを捧げて
 いた。
 この祈りの時間が終わると、少ししてから 信者が集まっての会食がある。
 どのモスクも午前10時からと決まっているようだ。

 私がいつも通りかかる北バーン・クルアのモスクは 顔馴染みの人もいるので 
 中を覘いてみると 大勢の人々が集まって、会食のために座り込んでいた。
 共に食事を取ることで 地域の信者同士のつながりを深める意味もあるのだろう。
 料理を作るのは 女の仕事のようだが、料理を配膳するのは男の仕事である。
 ご飯、肉カレー、果物、甘いお菓子などが 丸いお盆の上に並べられ、それを何人かで
 分け合って食べている。

 私にも食べていけというお誘いがかかったが、ラマダンの断食をしていない私が
 参加するのは 彼らの宗教を冒涜するような気がして 遠慮をした。
 ここに集まっている人たちは 1ヶ月の断食の苦行を祝って 集まっているのだから。

 このようなラマダン明けの行事を見ていても 地域のイスラム教徒同士の連帯の強さを
 感じる。
 このバーン・クルアの集落の人々にとっては 血がつながっていなくても 
 皆 兄弟姉妹であるという意識がある。
 イスラム教をいう信仰の中には 血縁を超えた信者同士の深いつながりを感じさせる
 ものがある。
 その協力体制が 今尚 信者を増やし続ける力になっているのだろう。


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バンコク 運河の辺の街 | 12:08:36 | Trackback(0) | Comments(0)
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