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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02
バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 1

バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 2

バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 3

バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 4

バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 5

バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 6

バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 7

バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 8

バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 9

バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 10

バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 11

バンコク 夕暮れ時のプラカノン風情‐02 12

 運河に架かる橋の下のアーケードを抜けると道の反対側に出る。
 その道は運河のところで行き止まりになっているが、その右側に 運河に沿った
 細い道がある。
 この道は 地元の人間以外はほとんど気がつかないような道である。
 その細い道を 運河沿いに歩いて行くと 昔からある古い集落に出会う。
 今から130年年ほど前に この運河が造られたときに バンコクを流れる大河
 チャオプラヤ川から、このプラカノン運河を通って、物資が運ばれてきた時に
 中継地としての役割を果たしていた集落だろう。

 このプラカノン運河は この先、いくつも枝分かれし、その一つは バンコクの
 重要な運河 センセーブ運河へもつながっている。
 百年、百五十年前のバンコクの交通の大半をこれらの運河が担っていたことがわかる。

 この集落は 運河をはさんで両側に別れ、いくつかの細い道以外にこの集落の中には
 入っていくことは出来ない。
 二つに分かれている集落のうちの一つなどは 運河の中の島のようになっており、
 もう一つの集落からしか行けない形になっている。
 水路を使った交通が主流の時代には、便利だったこの集落も 陸上交通が主流になった
 現在では オートバイ以外の車は入ることが出来ず、時代に忘れられたような集落に
 なっている。

 集落沿いの細い通路のような運河沿いの道に沿って歩いて行くと、木造の古い家が
 建ち並ぶ。
 道を奥に向かって歩いて行くと 自分の家の前に置いた木造のベンチに座り込んでいる
 親父さんがいる。
 写真を撮ってもいいかと尋ねると、笑いながら、OKである。
 この親父さんの家族も ここに住みついて 百年以上になるようだ。
 古い木造の家の建ち並ぶ道の先には 新しく出来た水門がある。
 何年にも渡って工事をしていたようだが、今年になって完成したようだ。
 運河の水を調整し、汚れた水を浄化する施設を併せ持っている。

 この水門の上に上ると、運河の向こう側の島のようになったもう一つの集落へ
 行くことが出来る。
 水門の上を通って 島のような集落の中に入って行く。
 この集落の中に建っている家々のほとんどは木造住宅であるが、戦後建て替えたものが
 大半である。
 狭い土地の中に密集している集落の家々には 庭を持てるような余裕はない。
 しかし、それでも僅かの空間を利用している住民もいる。
 集落の入り口近くに住んでいる老夫婦もそうである。
 しきりに通路に並べた多数の草花の世話をしていた。
 人柄も友好的で 色々なことを話してくれ、あとで 水門の先にある汚水処理場まで
 行ったときには 奥さんは夕方の散歩らしく、辺りを案内すらしてくれた。
 古い集落には 昔ながらの親切も残っているようだ。

 彼らの家の先にも 別の家族が住んでいる。
 以前に話をした中年の女性が いた。
 彼らの家族も 長い間この集落に住んでおり、彼女の両親もここで生まれたと
 言っているから、百年以上は住み着いていることになる。
 彼女は 中国人とタイ人の混血である。
 昔からのバンコクの住民には 中国人との混血の人たちが多い。

 この集落の土地は 彼らのものではない。
 『サップ・シン』と呼ばれ、昔からの王室所有の土地である。
 ここに住む人々は 王室から借りている土地の広さにあわせて 賃料を払うことになる。
 ちなみに彼女たちが借りている土地は 約百平米で 月7百バーツ、その他に税金と
 して 年間3千バーツ納めているとのことだ。
 バンコクや地方都市には こうした『サップ・シン』と呼ばれる王室の土地や
 棟割長屋の形をした借家、市場などが多い。
 運河の開発は 王国の事業をして行われたものから、運河沿いの主要な土地は 
 王室のものになったのである。
 この頃は 王室財産管理局が 王室の代わりに王室の財産の管理をしているが 
 物価高の中、賃貸し料も値上がりをしているようである。

 そんな土地でも 百年以上も住み続けていると 故郷であり、彼らの愛すべき想い出に
 満ちた場所になっている。
 何代にも渡って住み続けていれば 当然のことだし、離れ難い棲家なであることが
 彼らの口ぶりから伝わってくる。
 土地を愛するためには その土地に住み着き、生活が持続して続いていくことが 
 大切なことであることが 古い集落を見ていると どこでも感じられることだ。
 日本の東京のどこに こんな古い集落が残っているのだろう。



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バンコク風情 | 06:56:14 | Trackback(0) | Comments(0)
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