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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク タイの伝統工芸 フルーツカービング
バンコク タイの伝統工芸 フルーツカービング 1

バンコク タイの伝統工芸 フルーツカービング 2

バンコク タイの伝統工芸 フルーツカービング 3

 先日 ブログ仲間の一人が バンコクにやって来た。
 彼がバンコクにやって来た理由は バンコクのサイアム・スクウェアーにある
 高級デパート サイアムパラゴンの5階で 行われたタイの伝統工芸 フルーツ・
 カービングのコンテストを見学することと 昨年の3ヶ月のバンコク滞在の際に
 知り合ったタイの人たちとの旧交を暖めることにあったようだ。
 彼もフルーツ・ベジタブルカービング、氷彫刻を趣味とする料理人である。

 どんなコンテストなのか 私も興味があったので 彼について サイアムパラゴンの
 5階に行ってみた。
 サイアムパラゴンから歩いて15分ばかりのところに住んでいる私であるが、
 BTS高架鉄道の駅 サイアムセンター駅で降りたときに サイアムパラゴンの中を
 通り抜けるだけで 各階を覘いてみたことはなかった。
 タイの中産階級以上の人たちや裕福な外国人観光客目当てにオープンした
 高級デパートという話は 耳にしていたが、各階のスペースもゆったり広々としており、
 高価な商品を売る高級ブティックが多く立ち並んでいた。
 この頃では 安くてそして粗悪でなければ 着るものは何でもいいという私にとっては
 あまり縁のない場所であることを実感した。

 カービングのコンテストの行われている5階までエスカレーターを乗り継ぎながら、
 やっと5階に着いた。
 さぞかし大々的に行われているのかと思うと それほどでもなく 10人ばかりの
 参加者が 個人の部で その技を競っていた。
 規定数以上の果物をカービングし、それを美しく飾りつけることを競うらしい。
 大半は大きなホテルのレストランで働いている人たちが参加していると 連れの
 ブログ仲間から聞いた。
 他にも グループ同士で競う団体の部もあるようである。

 このフルーツ・ベジタブルカービングの歴史は 7百年ほどになるという話である。
 アユタヤ王朝頃から始まったことになるが、ある程度 洗練されてきたのは 王都を
 バンコクに移したチャックリ王朝時代からだろう。

 アユタヤ王朝にしろ、バンコクのチャックリ王朝にしろ、食料の大半は 中央タイの
 チャオプラヤ川流域の肥沃な土地からの生産物からのものだろう。
 飛行機がバンコク上空に近づいたときに見えるタイの平野の広さは タイの農産物の
 生産量の豊かさを十分に感じさせるものだ。
 この平野から生まれる過剰農産物は アユタヤ王朝時代から 海外に輸出して富を
 得るための重要な産物だった。

 フルーツ・ベジタブルカービングは そうしたタイの過剰農産物にあふれる風土から
 発展し、それが王制の中の特権階級の贅沢として発展してきたのだろう。
 しかし、それは中央タイという広い肥沃な平野に恵まれていた地域だけのことで
 旱魃、水不足、痩せた土地の中で生活してきた東北タイ イサン地方では 無縁の
 ものだったのだろう。
 タイも地方によっては その豊かさにも違いがあるのである。

 私のように 食べることに汲々としていた時代に育った人間にとっては 果物や野菜を
 食べるためではなく、飾るために利用するということには どこか抵抗がある。
 これは 日本という狭い国土、狭い農地を持つ国で育った人間の価値観からなのだろう。
 食べ物のない時代に育った人間が 目上の者から言われ続けてきたのは 「食べ物を
 粗末にするな。罰が当たる。」そんな言葉だった。

 大根を育て、陽に干し、漬物を作る、渋柿の皮を剥いて 干し柿を作る、麦を栽培し、
 パンやウドンと交換する、そんな経験を経て、育ってきたものにとっては 
 カービングされた野菜や果物よりも そのままの姿である野菜や果物の方が 
 好ましく思われるし、食欲という点でも心を惹かれるのである。
 やはり、野菜や果物であれば 食べることを前提にしてほしいと願ってしまう。
 タイという過剰農産物のあふれる国であれば、残ったものを腐らせるよりいいという
 ことになるが、食糧自給率50%以下の日本では どうも気になって仕方ない。
 折角の美しいカービング 食物を使うのだから、食べることを前提とした形での
 カービングへと改良できないものだろうか。
 その点、氷の彫刻など、全く抵抗なく受け入れることが出来るのだが・・・。

 人口増加の激しい地球という惑星の中では 富める社会と飢える社会が両極化して
 いる。
 食料に対して、どういう姿勢を示すか、一人一人の人間に問われていることである。
 インドやネパールの貧しい人たちの粗末な食事を見てくると、食べ物に関しては
 ついつい神経質になってしまう。
 グルメ、グルメを飽きることなく 騒いでいる日本を見ると、この国の国際感覚は
 どうなっているのか、あきれ果てることばかりである。
 想像力を失った社会では 共感性という人と人を結ぶ感性は育っていかない。
 コンビニエンスストアでは 残った弁当類は この前までは廃棄していたらしいが、
 この頃は 少し変わってきたようだ。
 衣食住の中の食は 人間が生きている以上不可欠なものだし、これだけ地球に
 人口が増え、食料不足が問題になっている現在、食について 神経を使い過ぎても
 使い過ぎるということはないだろう。



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徒然なるままに | 11:31:36 | Trackback(0) | Comments(0)
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