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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐05 揺りかごから墓場まで
バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐05 揺りかごから墓場まで 1

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐05 揺りかごから墓場まで 2

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐05 揺りかごから墓場まで 3

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐05 揺りかごから墓場まで 4

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐05 揺りかごから墓場まで 5

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐05 揺りかごから墓場まで 6

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐05 揺りかごから墓場まで 7

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐05 揺りかごから墓場まで 8

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐05 揺りかごから墓場まで 9

 イスラム教徒 チャム族の集落 バーン・クルアの裏側には 彼らの墓地がある。
 その墓地の入り口近くには 1本の火焔樹の大木が 聳えている。
 その大木の大きさからすると 百年以上あるいは2百年近くはこの地で根を下ろし
 続けてきた火焔樹の大木に違いない。

 ここがチャム族の墓地であることを知らなければ、ここが墓地であることには
 誰も気がつかないだろう。
 墓もなければ、その墓標になるものは一切ないので、見た目にはただの広場にしか
 見えない。

 バンコクの中には 多くのイスラム教徒集落がある。
 南タイのパッタニーからやって来たイスラム教徒の人々の住む集落、アユタヤ王朝
 時代に ペルシャからやって来たイスラム教徒の集落、南インドのマドラスから
 やって来たイスラム教徒の集落などが バンコクの中に点在している。
 集落のそばには 必ず彼らの墓地がある。
 彼らは 火葬しないから 墓地が必要なのである。
 この点は キリスト教徒も同じである。

 チャム族以外のイスラム教徒の墓地であれば、何らかの形の墓標がある。
 その形は違っていても 墓地の中には 死者の身元を示すものがある。
 身分の高いものにはそれに合わせた、身分の低いものにはそれなりの墓標がある。
 しかし、チャム族の墓地の上には 何も死者の名残を示すものはない。
 これは不思議なことである。
 それは ベトナムに住んでいた古い時代の土着宗教の名残だろうか。
 チャム族のイスラム教は アラーの神を信じると共に 祖先の霊も重要な信仰の
 対象である。
 疎遠崇拝信仰とイスラム教の交じり合ったもので、イスラム教以前には 
 ヒンズー教や仏教を信仰した時代もある。

 チャム族の持つ辺りの柔らかい東南アジア的な特徴は そんなところから来ているの
 かもしれない。
 死んでしまったものに上下の差はつけない。
 人は 皆 平等であるという思想の表われなのだろうか。
 上下関係の厳しい社会では 人と人の関係は 権威的で威圧的であるが、
 チャム族の集落で出会う人々を見ていてもそんな様子は見られない。
 挨拶すれば、すぐに笑顔で答えてくれる。

 それは ベトナム、カンボジア、タイと流浪を繰り返してきたチャム族の生活の
 知恵なのかもしれない。
 バーン・クルアの集落の中に 多くのイスラム教徒を受け入れ、今では東北タイから
 やって来た出稼ぎの仏教徒たちも 自然にイスラム教徒のチャム族の集落に溶け込んでいる。
 こうしたチャム族の持つ受容性を見ていると 私の持っているイスラム教徒の
 イメージが崩れてしまう。
 イスラム原理主義者から見れば、受け入れられないチャム族のイスラム教であるが、
 こんな柔軟なイスラム教もあっていいのではと思えてくる。

 チャム族の結婚の形も 入り婿制である。
 そのために 女の地位も高い。
 だから、集落の共同作業には 女たちも積極的に参加するし、商いにも精を出す。
 この男女間に差別がないことも 影響しているのかもしれないように思う。
 死んでしまえば 先祖の仲間入りをすることが重要なことで 墓などどうでも
 いいのかもしれない。

 2百年近くに渡って、コノバーン・クルアの地に生まれ、生活し、年を取り、
 死を迎え、先祖の仲間入りをする。
 その先祖の生まれ変わりのような火焔樹の大木が 墓地にあり、彼らの歴史を
 眺めている。
 ごく当たり前のことが 無理なく行われ、自然に生活の営みが続けられている。
 それが バーン・クルアの集落の姿であり、それが 彼らの墓地の形に表われて
 いるのだろう。

 ベトナムのチャム族からカンボジアのチャム族、そしてタイのチャム族とその流れを
 追いかけていくと 面白い興味深いことが山ほどありそうだ。
 彼らの顔の変容を見るだけでも 楽しそうである。



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バンコク 運河の辺の街 | 10:30:55 | Trackback(0) | Comments(0)
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