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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐04 心惹かれるもの
バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐04 心惹かれるもの 1

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐04 心惹かれるもの 2

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐04 心惹かれるもの 3

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐04 心惹かれるもの 4

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐04 心惹かれるもの 5

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バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐04 心惹かれるもの 10

バンコク 集落 バーン・クルアを歩く‐04 心惹かれるもの 11

 イスラム教徒 チャム族の集落 バーン・クルアを歩いていると 密集した集落の
 所々に 古い木造の家屋が点在しているのが わかる。
 建ててから 百年以上経ているものもある。

 家々の密集したこの集落の中の古い木造の家屋だけを残して、この集落を
 思い浮かべてみると 百年前のこの集落の姿が浮かび上がってくるような気がする。

 今のベトナム南部に チャム族の王国 チャンパ王国が出現したのは 7世紀頃らしい。
 その当時は イスラム教を信仰しておらず、インド文化の影響を受けて、ヒンズー教や
 仏教を信仰していたと云われている。
 そのチャンパ王国のチャム族がイスラム教徒に改宗し始めたのは 11世紀以降の
 ことで 17世紀以降のチャンパ王は イスラム教徒であったことが知られている。
 15世紀から18世紀にかけて べト族(ベトナム)の侵攻により、チャム族の一部が
 カンボジアに脱出し、タイに住むイスラム教徒 チャム族は カンボジアから更に
 移住した人々である。

 アユタヤ王朝時代にも 多くのチャム族が住み着き、1767年のミャンマーによる
 アユタヤ攻撃の際にも アユタヤ軍の一部として戦った。
 アユタヤ陥落後は バンコクのトンブリに移住したが、一部のチャム族は アユタヤに
 祖先の霊がいるという理由で アユタヤに帰って行った。

 バーン・クルアのチャム族は チャックリ王朝のラーマ1世が 18世紀末に
 カンボジアを攻撃した際 捕虜として、あるいはカンボジアの政情不安による
 難民として移住してきた人々である。
 彼らも アユタヤに移住したチャム族と同じように、タイの王家に忠誠を尽くすことを
 約束したことから、バンコク郊外、現在の地 バーン・クルアに住むことを許された。
 又、ラーマ3世の時代にも シャム王国がカンボジアとベトナムを攻撃した際に
 連行されたチャム族も このバーン・クルアに住むことになった。

 今では想像もできないが 2百年近く前のバーン・クルアのチャム族は 主に農業に
 従事したが、その中でも漁民や船大工の伝統を守るものもいて、造船技術を活かし、
 シャム王国の水軍の傭兵として働き、バーン・クルアの前のセンセーブ運河の商業的、
 軍事的な役割を果たすことになった。
 ジム・トムプソンで有名になったタイの絹織物も チャム族の絹織物の技術が基礎に
 なっている。

 バーン・クルアの集落の中に残る古い木造家屋は ふんだんに木材を使い、
 その装飾にも凝ったものが多い。
 それは バンコクのバーン・クルアに移住し、運河での商業の担い手として 
 富を築きあげた結果なのだろう。
 
 2百年前は このバーン・クルアの地も バンコク特有の沼地であったに違いない。
 旧王宮から5キロも離れていないが 当時は人気ない場所で、土地を開拓して農地に
 変えていったに違いない。
 交通といえば、センセーブ運河の水路だけ、運河沿いに建てられた点在する木造の家屋、
 その後ろには 田畑が広がり、農作業に従事する。
 それが時代と共に 家族・親族が増え、イスラム教徒の新たな住民たちが カンボジア、
 南タイからもイスラム教徒がやってくる。
 森の村と呼ばれていたこの地も いつのまにか 密集した集落に変わってゆく。

 ベトナム南部に7世紀に建国されたチャンパ王国の末裔たちの放浪・流浪の歴史、
 バーン・クルアに住むイスラム教徒は 皆 兄弟であるという思想、それが今でも
 集落の人々の心には生き続けている。
 こんなところが 同じ密集した集落でも 人の寄せ集めのスラムとは違うところで
 ある。
 土地が歴史を持つということは 人々が共通の生活文化を持ち、それを維持し続ける
 ことから生まれてくるものだ。
 それが この集落に安定と落ち着きを与えている。
 実に興味深い集落である。



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バンコク 運河の辺の街 | 17:54:03 | Trackback(0) | Comments(0)
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