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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

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バンコク ビエンチャンへの旅 PARTⅡ‐14 帰路03
バンコク ビエンチャンへの旅 PARTⅡ‐14 帰路03 1

バンコク ビエンチャンへの旅 PARTⅡ‐14 帰路03 2

バンコク ビエンチャンへの旅 PARTⅡ‐14 帰路03 3

 8月26日 午後5時

 ウドンタニのロビンソンデパートからバスターミナルに帰ってくると 我々の乗る
 チャーン・ツアーの2階建て豪華バスが 停車していた。
 普通のV.I.Pのツーリストバスは 中央の通路を挟んで 二つずつの座席の計四つの
 座席が並んでいるが、チャーン・ツアーのツーリストは 通路を挟んで 1座席と
 2座席の計3座席である。
 だから、座席の幅もゆったりしていて、他のバスの座席と比べれば、飛行機の
 ビジネスクラスの座席とエコノミークラスの座席ぐらいの差がある。
 隣に知り合った日本人が座っていることもあって 気が楽である。
 見知らぬタイ人が隣に座っていると どこか居心地が悪く 少しばかり緊張感もある。

 午後5時15分 ツーリストバスは バンコクと目指して予定通り出発した。
 出発して すぐに水とおやつのバターケーキが配られた。
 次の中継地はコンケンである。距離は約百キロばかりである。
 夕暮れの街道を バスはひたすらに走り抜けて行く。
 東北タイ イサンの大地の中を走って行く。
 この道も ベトナム戦争時代に造られた道路を整備したものだ。
 時速百キロの速さでも 大丈夫である。

 夕暮れの空には入道雲のような雲が湧き上がっている。
 このイサンの大地に生きる人たちは ラオス人と同じラーオ族であり、
 ラーンサーン王国の末裔たちである。
 たびたびの旱魃に襲われ、その上 塩分の多い土壌は イサンの大地に生きる
 農民たちに苦しい試練を与え続けてきた。
 タイから アラブなどの国々に行く出稼ぎの人たちの大半は イサン農民である。
 バンコクへの出稼ぎの人たちも 東北タイのイサンの人たちが大半だ。
 タイの国民的な文学 カムプーン・ブンタヴィーの書いた『東北タイの子』を読めば、
 イサン農民の苦しい生活が 見えてくる。

 バスは イサンの大地を走りぬけ、午後7時前には コンケンの町に到着した。
 23年前にコンケンに初めてやってきたときに泊まったローマホテルは 今も健在
 だったし、冷房つきツーリストバスのターミナル近くにあるケンインホテルは 
 手織り布の仕入れの際にはよく泊まった。
 その後この町に 6年以上 住むことになるとは思いもよらなかった。
 自転車にのって 暑いコンケンの町をよく走り回ったことが 昨日のことのように
 思い出されてくる。
 このコンケンでの6年に渡る生活が 最もタイとの深い関わりを持った時期かも
 しれない。
 喜怒哀楽に満ちたコンケンでの生活だった。

 バスはこのコンケンでガソリンの給油をしている。
 その短い時間、バスを出て、コンケンの空気を吸う。
 青の6年間の濃厚な生活から 早 12年の年月が流れてしまった。
 その6年間の出来事が 短い時間の中で 走馬灯のように流れて行く。
 いつか、コンケンでの生活を書きたいと思っているが、未だに心の整理がつかない。

 バスは20分ばかりの停車の後、次の中継地 コラートに向かう。
 コラートまでの距離は約2百キロである。
 コラートまでの道も整備された立派な道だ。
 もう街道の両脇は すっかり暗闇の中である。
 バスのテレビでは 東北タイ出身のお笑い芸人たちのショーが流れている。
 コンケンの町で運び込んだ軽い夕食とペットボトル そして おやつが配られる。
 これらのものを食べ終わると、バスの中ではすることは何もない。
 バスの外は 暗闇の中、時折、途中の小さな町が その灯りと共に浮かび上がって
 来るだけだ。

 2時間半ばかり バスは 走り続け、東北タイの玄関口 コラートのバスターミナルに
 到着した。
 このターミナルでは 東北タイ コンケン ウドンタニ ノンカイ行きの路線と
 チェンマイに向かう北タイ行きの路線がある。
 又、カンボジアに近いブリラム、スーリン、南ラオスに近いウボンラチャッタニに
 向かうバス路線もある。

 このコラートから 120キロばかりバンコクよりにあるパッチョンには2年ばかり
 住んだことがあるから、このコラートのバスターミナルを経由して、東北タイに
 向かうことも多かった。
 もう20年近く前の話である。
 バスを降りて、タバコを一服、昔 コンケンに住んでいるときは バンコクへ行く際
 喫煙室付きの最速のツーリストバス ナコンチャイエアーのバスを利用していたが、
 タイのタバコ規制が厳しくなり、喫煙室付きのバスはなくなってしまった。

 バスはターミナルに10分休憩すると 午後10時 再び、バンコクを目指して
 走り出した。
 バンコクまでの距離は 約250キロである。
 残り 3時間半 暗闇の中を バスは走り抜けるだけだ。
 バスの中の乗客は眠りの中に入ったが、携帯電話の呼び出し音が時折、
 けたたましく鳴り響く。
 タイでは まだ携帯電話に対する規制もエチケットもない。
 便利さもいいが 周りの迷惑を考えること出来ない便利さは不要である。

 うとうとしているうちに バスは 新モチットのバスターミナルに着いた。
 午前1時半である。
 先に下りた日本人の若者に挨拶をしようと思って、バスの外に出ると、
 どこに消えたのか若者の姿はなかった。



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ビエンチャンへの旅 | 09:43:04 | Trackback(0) | Comments(0)
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