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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク ビエンチャンへの旅 PARTⅡ‐14 帰路02
 8月26日 午後4時

 バスが バンコクに向けて出発するまでには 1時間 ちょっとの時間がある。
 連れの若者が 腹が空いたのでロビンソンデパートで食事をしたいというので
 付き合うことにした。
 私は ビエンチャンの大使館前の一杯飯屋で 昼飯は食べていて、腹は空いて
 いなかったし、バスの中で軽い食事が出るとわかっていたから、冷たい飲み物でも
 飲もうと思って ロビンソンデパートまで一緒に歩いていった。

 このウドンタニにも何度か来たことがある。
 ウドンタニの次に停車する町 コンケンに住んでいたときに 藍絣布を仕入れるために
 よく来た町である。
 このウドンタニの近辺には 藍絣布を織る村がたくさんある。
 そのために ウドンタニには 藍絣布がたくさん集まっていたのである。
 ベトナム戦争時代には この町には たくさんのアメリカ兵が駐留し、
 ここから ベトナムに向かって 多くのアメリカ兵が飛び立って行ったのだ。

 23年前に初めてこの町にやってきたときは 全くの田舎町をいった様子で
 何もなかった町だった。
 バスターミナル近くの扇風機付きの宿に泊まり、暑い夜を過ごした。
 その後 何度か来ているが 布の仕入れには 13,4年前に来ただけで、その後は
 ビエンチャンの帰りに このバスターミナルにやってくるだけになってしまった。

 昔は 若者が食事をしたいと言ったロビンソンデパートなどのような洒落た場所は
 どこにもなかった。
 若者と一緒にロビンソンデパートの中に入り、若者が目指した店は ケンタッキー・
 フライドチキンの店だった。
 ちょうど学校の下校時間にあたり、中学生たちが デパートの中をうろうろしていたし、
 ケンタッキー・フライドチキンの店にも 多くの若者があふれていた。
 日本は 年々 国民の年収が減り、生活が苦しくなっているのに、タイの田舎町である
 このウドンタニの生活水準は上がっている。
 日本企業は アジアの国々を豊かにしているが、肝心の日本人の生活は貧しくすると
 いうおかしなことをしている。
 彼らには国を愛する気持ちもなければ、国民を豊かにしようという姿勢もないのだろうか。

 ビエンチャンにはケンタッキーもマグドナルドもない。
 ビエンチャンを離れ、タイの国境を超えて やって来た町で食べる食べ物が 
 ケンタッキーのハンバーガーというのは 今風の若者の習慣なのだろう。

 ビエンチャンのタイ大使館で会ったこの若者 いわゆるフリーターのようで 
 タイ バンコクと日本を往復しているようだ。
 日本では実家に住んでいるという。
 若年寄の雰囲気で 歳は 30前なのか、30過ぎなのかはよくわからない。
 昨年 バンコクで殺害された棚橋氏のことやカオサンの名物男 ふくちゃん
 (日本のテレビ局で バンコクで生活するホームレスという番組で取材された
 30代の日本人)などのことについても詳しいから、そうしたバンコク長期滞在組の
 グループの一人なのかもしれない。

 あまり自分のほうから話すことも少なく、訊かれたら応えるといった様子で
 若者の持っているはずの覇気や好奇心の強さ、前向きな姿勢は感じられない。
 だから、一緒にいても気にならないし、空気のような存在なのである。
 実家にいれば 親たちからいろいろ言われるから、バンコクに逃げ出し、
 お金が尽きると働くといった生活なのだろうか。
 バンコクに4千5百バーツでアパートを借りて生活するようになって、
 4,5年になると言うが 酒も飲まず、タバコも吸わず、そんなに遊んでいるようにも
 見えず、バンコクの同じような日本人の若者と付き合うだけで、タイの文化や人にも
 興味を持たず、何が楽しいのだろうと思えてくるが、ある意味でこうした若者が 
 今の日本では増え続けているのだろう。

 人生の目標も希望も失ってしまった若者、その安易な逃げ場所になってしまった
 バンコク、この20年の日本の社会の目指したもの、家族制度、教育の結果が
 生み出してきた一つの姿だろう。
 タイに長期滞在する若者もいれば、ニートになって部屋に閉じこもって 
 インターネット相手に日長一日 毎日を過ごす若者もいる。
 あるいは 世界旅行と称して、日本を飛び出す若者もいる。
 世界を見ようと思っても 自分の狭い視点でしか見ることが出来ないから、
 何も見えてこない。
 日本人旅行者の溜り場から溜り場へと 場所を移動し、日本食を食べ、
 ハンバーガーを食べ、ほっとし、暇つぶしに ネットカフェに屯していることも多い。
 同じタイプの集まる沈没場所は 彼らの安住の場所なのである。
 お金がなくなれば、再び日本で半年、1年働き、節制してお金をため、3ヶ月、
 4ヶ月の旅に出る。
 そうした生活も この不況でだんだん難しくなっており、物価の安いカトマンズでも
 こうした若者の数は減ってきているようだ。 
 ビエンチャンのタイ大使館でも 前回は10人以上の日本人がビザの更新に
 来ていたが 今回 出会ったのは 3人だけだった。

 バンコクでの生活が長くなればなるほど、確実に生活の目標を失い、世の中に対する
 関心や批評、批判の精神は失われ、その先には 確実に 地獄が待っている。
 人のことは言えず、私だって 同じである。


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ビエンチャンへの旅 | 19:37:20 | Trackback(0) | Comments(0)
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