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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク ビエンチャンへの旅 PARTⅡ‐08 とあるカフェ
バンコク ビエンチャンへの旅 PARTⅡ‐08 とあるカフェ 1

バンコク ビエンチャンへの旅 PARTⅡ‐08 とあるカフェ 2

 8月25日 夕方

 寺院を巡っているうちに 迷子になってしまった。
 自分の居る場所を確かめるために 前後左右の道を行き返りしているうちに 
 やっと ゲストハウスのある通りに行き当たった。
 随分遠回りになってしまったが ちょうど近くに 外国人旅行者用のカフェが
 あったので ここでジュースでも飲んで 水分を補給することにした。
 喉の渇きは 頂点に達していた。
 このカフェは 前回 ビエンチャンを訪問したときにも ここでフレッシュジュースを
 飲んだ。
 店の前にテーブルと椅子が並べてあり、散策の途中、休憩するには都合がよい。
 若い愛想のよいラオス人の若者が店を切盛りしていて、フレンドリーなカフェだった
 印象がある。

 店の前面のテーブルには 得体の知れない感じの二人の男が座り込んで話し込んでいた。
 一人は 両腕に眼一杯刺青をした30代後半の男、一人は50過ぎの胡散臭そうな男、
 話を耳にすると どうも日本語らしいことがわかり、日本人だった。
 バンコクや南タイにはよくいるタイプの男たちであるが 何でラオスのビエンチャンにと
 思わせるような雰囲気の人間だった。
 あまり関わりを持ちたくなかったので 少し離れた席に座り、彼らの様子を眺めていた。

 長い間、陽射しの強い戸外を歩き回っていたので とにかく喉の渇きがひどい。
 前回 見かけた若者は 奥に座り込んで事務的な仕事をしており、客へのサービスは
 2,3人の若い女の子たちの仕事になっていた。
 少し、酸味のあるミルクシェイクが飲みたかったので スターフルーツと呼ばれている
 果物を混ぜ合わせたミルクシェイクを注文した。
 この果物を輪切りにすると 星の形になることから スターフルーツと呼ばれている
 のだろう。
 酸味の強い果物である。
 今から 25年前 南インドを旅したとき、ケララ州のコバラムビーチで 
 浜辺で果物を売り歩くインド人の少年から買って食べたのが スターフルーツを
 食べた初めての経験である。
 美味しいという記憶があまりなかったせいか、タイで売られているのを見かけても
 食指を伸ばすことはなかった。
 ベトナム料理などには まだ熟れていないスターフルーツを細かく切って 酸味付けに
 利用している。

 運ばれてきたスターフルーツ入りのミルクシェイクは 適度な酸味が合って、
 清涼を誘うものだった。
 一杯 4千キップ、20バーツ(約60円)、喉の渇きを癒すにはまだ足らず、
 もう一杯 注文してしまった。

 斜め前のテーブルでは 二人の怪しげな日本人がぼそぼそと話し込んでいる。
 二杯目のスターフルーツを飲み終えた頃に 50歳前の夫婦らしい二人連れが
 バイクに乗ってやってくる。
 どうも 怪しげな日本人との知り合いらしい。
 だんならしい男の服装を見ると どうもチェンマイ、チェンライ辺りからやってきた
 感じである。
 藍色に染めた布の北あたりでよく見かけるシャツを着ていた。
 女の方は 50歳に近づいているのに 20代女性のファッションである。
 ミーハー丸出しの雰囲気がある。
 もう日本人は 年相応に 年を取ることが出来なくなっているようだ。
 軽い中年の日本人ほど 他国の地にいると 異質な雰囲気を持った存在として
 目立ってしまう。
 この2,30年で生み出されてきた日本人の典型である。
 私が日本に居ない25年の間に作り出された新しい人種なのだろう。

 喉の渇きも疲れも癒されたので 席を立ち、宿の方へと歩き出した。

 翌日の朝 再び、熱い朝のコーヒーを飲みに行くと、ラオス人の若者だけが
 カフェの仕事をしていた。
 ラーオ族の青年で 彼の母親が 地方から民芸品を仕入れ、この店で売り、
 又、タイに送ることで 成功し、その後を継いで カフェを出すことにしたらしい。
 この辺りの店の大半は 中国人かベトナム人のものが多いが、珍しいラーオ族の
 店だ。
 ラオスでは 商売の面で ラーオ族が成功することはあまりない。
 商売上手の中国人やベトナム人に商業のほとんどは奪われてしまっているというのが
 現状だ。
 この辺りのホテル、レストラン、土産物屋など 観光業などの大きな商いは 
 ベトナム系ラオス人、中国系ラオス人の手の中にある。
 そんな地区の一角で ラーオ族のこの若者は頑張っている。
 小さい頃は貧しかったせいか、公立学校には通ったが、大学には行けなかったようだ。
 大学など ラオスではまだまだ上層階級の子弟が通う場所である。
 社会主義の国でありながら、公正、公平にはまだまだ程遠い国のようだ。



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ビエンチャンへの旅 | 03:29:28 | Trackback(0) | Comments(0)
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