■プロフィール

ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

■最近の記事

■Automatic translation WEB site
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー

■FC2カウンター

■あしとも

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
カトマンズ もう一つの老人たちの営み
カトマンズ もう一つの老人たちの営み 1

カトマンズ もう一つの老人たちの営み 2

カトマンズ もう一つの老人たちの営み 3

カトマンズ もう一つの老人たちの営み 4

カトマンズ もう一つの老人たちの営み 5

カトマンズ もう一つの老人たちの営み 6

カトマンズ もう一つの老人たちの営み 7

カトマンズ もう一つの老人たちの営み 8

 カトマンズに住んでいる老人たちの中には 路上での物売りの収入から やっと
 生活している老人もいれば、老後を悠々自適の生活をしている老人もいる。
 それは 先進国日本でも同じことである。
 他の人の生活に関心を持たない日本社会では テレビの特集番組で報道されることが
 なければ、ぎりぎりで生活している老人の姿は見えてこない。
 日本だって、生活出来ず、餓死する人だって多くいる。

 ネパールであれば、人々は近隣社会の人々に関心を持っているから、
 本当に食べ物がなく、飢えている人を見れば、何とか、食べ物を与えようとする。
 だから、ネパールでは 最貧の中にあってもどうにか生きていくことが出来る。
 他の人々の生活に関心を持つことは 社会に対して関心を持つことだ。
 人々が 他の人々の生活に関心を持たなくなれば、共同体は崩れ、隣に住む老夫婦が
 餓死していることだって出てくる。

 年金をたくさんもらえる人、少ししかもらえない人、全くもらえない人、生活保護が
 必要な人のもとには行かず、毎日パチンコに通うような人のところに行く。
 この世の中、どうなっているのかと思えるような日本社会になってしまっている。

 ネパールでも別の意味での格差が老人たちの中にはある。
 寺院の一廓に家族とともに住み、仕事に出かけた家族を待ちながら、のんびりと家事に
 勤しむおばあさん、商売を息子に任せ、何の心配なく老後を送るインドのマルワリ商人、
 そうかといえば、老後は 寺院周りを決め込んで、家族、親戚、仲間たちとの
 旅行三昧のおばあさんたちの一団もある。

 カトマンズの先住民族 ネワール族の農民社会では 家族、親戚が一つの集落の中で
 生活しているから、三世代、四世代家族というのは当たり前のことで、年老いた
 老人たちの面倒はしっかりと家族が世話をする。
 その家族が大変であれば、すぐ近くに住む親戚も手助けする。
 ネワール族社会では しっかりとした共同体集落があり、互助関係もしっかりしており、
 日本のような老人問題はないといっていいだろう。
 老人養護施設など彼らには必要のないものである。
 家族と地域がしっかりと老人の面倒を見る習慣が出来ているのである。
 皆、いつかは歳を取り、老人になることを知っており、老人を粗末にすれば、
 それが いつか自分に降りかかってくることをよく知っているのである。
 伝統的な家族制度が そのまま まだ生き続けているのである。

 私がよく足を運ぶ バグマティ橋を渡りきったカトマンズ側のタパタリ交差点の
 すぐ近くに小さな公園がある。
 そこには夕方5時過ぎると 老人たちが集まってくる。
 気があった者同士でつくった老人クラブである。
 家のことは息子、嫁に任せ、のんびりと老後を過ごす人たちの集まりであるが、
 そのメンバーを見ると 240年間 ネパールの支配階級として君臨してきた
 チェットリ族、バウン族、そしてカトマンズの先住民族のネワール族の中でも
 比較的豊かな生活をしてきたマッラ王朝時代の支配階級 シュレスタ・カーストの
 人たちが大半を占めている。
 シュレスタ・カーストの人たちは 同じネワール族のサッキャ、バジャチャーレ、
 マハルザン・カーストの人たちが仏教を主に信仰するのとは違って、ヒンズー教を
 信仰している。

 政府の役人をしていて、退職後その年金で生活している老人たち、つき1万ルピー
 ほどの年金がもらえ、家族とともに生活していれば、すべて自分の小遣いになる。
 土地持ちの人もいれば、商売を息子たちに任せ、それまでに老後用に貯めたお金で
 老後を送っている老人たちもいる。
 昔からの農地を売り、3階、4階建ての家を建て、1階部分は店舗として貸し、
 2,3階は アパートとして貸し、4階を自分たちの住居をしながら、家賃収入で
 豊かに生活している老人もいる。
 そんな生活が出来るのは バウン族か、チェットリ族、ネワール族の人たちである。

 ネパールではどの民族、どのカーストに生れ落ちるかで 人生の半分以上は決まって
 しまう。
 裕福な家に生まれれば、教育の機会も仕事の機会も多い。
 公務員、警察、軍隊の上級職は 大半がバウン族、チェットリ族によって
 占められている。
 つてによって 簡単に職を得ることが出来る社会だから、タマン族、マガール族などの
 先住民族が に入れることが出来る政府の仕事といえば、給料の安い政府の下級官吏で
 軍や警察でも 上級職を得ることはほとんどないといってよい。
 悠々自適の老後を送ることの出来る老人たちと 死ぬまで働き続ける必要のある
 老人たちとの格差は 大きい。

 しかし、気になるのは日本の社会である。
 自殺者は年間4万人に近づき、老人の孤独死も年々増え続けている。
 変死も増え続けている。
 豊かな貯蓄、豊かな年金で優雅に過ごすことが出来る老後と孤独死寸前の老後という
 格差は 日本では確実に進行している。
 これを自己責任という言葉で 責任を押し付けてよいのだろうか。
 社会が共同体という機能を失えば、自己責任という情けのない言葉が 
 物知り顔で歩き始める。


++ブログランキングへの協力をお願いします。++

  ** 忘れないで **
       ↓
日本ブログ村ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
   ブログランキング・にほんブログ村へ

人気ブログランキングに参加しています。
**面白いと思ったらクリック**
  人気ブログランキングへ



カトマンズ 生き抜く人々 | 04:25:40 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。