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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ ラーマ寺院の猿の親子
カトマンズ ラーマ寺院の猿の親子 1

カトマンズ ラーマ寺院の猿の親子 2

カトマンズ ラーマ寺院の猿の親子 3

カトマンズ ラーマ寺院の猿の親子 4

カトマンズ ラーマ寺院の猿の親子 5

カトマンズ ラーマ寺院の猿の親子 6

カトマンズ ラーマ寺院の猿の親子 7

カトマンズ ラーマ寺院の猿の親子 8

 カトマンズのタパタリのすぐ近くにあるラナ家の創始者 ラム・バハドール・ラナが
 2百年ほど前に建てたラーマ寺院には 多くの猿たちが住み着いている。
 1,2ヶ月前が 猿たちの繁殖期だったのか 幼い小猿を抱えた母猿の姿を
 よく見かける。
 いつも自分の身近なところ、あるいは胸に抱え、小猿たちが危険な目に合わないように
 気を使っている様子がよくわかる。
 野生の動物が持つ母性本能、小猿に対する保護本能から来るものだろう。

 この母子猿たちを見ていると カトマンズで見かけるネパール人の母子の仕草と
 似通っている。
 子育てとは どこか野生的な母性本能、保護本能が必要なのではないか、
 人間は 過度の人口増加、文明化の中で こうした野生の持つ本能が失われ、子供を
 保護するという子育ての基本が失われてきているようだ。
 0歳、1歳の子供を締め切った暑い車の中に10時間以上も放置して死なせる、2歳の
 我が子をポリバケツの中に閉じ込め、窒息死させる。
 幼い我が子の命の危険など顧みず、虐待を繰り返す。
 こうなると もう親の子供に対する保護意識が根っから狂ってきているとしか 
 言いようがない。
 猿以下の存在に成り下がっているのである。

 こういう人間の親の子に対する残虐な行為は どこから生まれてくるのだろう。
 子育ての技術は 親から子へと伝承されていくものであるが その過程が 
 今の日本ではすっかり失われている。
 孤立した家族の密室の中で 子育てが行われ、地域社会の人間関係は失われ、
 年配の子育て経験者からの必要な忠告も受けることが出来なくなっている。

 共稼ぎとなれば、子供の様子をしっかり観察し、じっくりと付き合うことも出来ず、
 子育ては 親の自由を奪う厄介な作業と化してしまう。
 子供とじっくりと付き合うことの出来ない社会は 人々の行動を異常なものに
 してしまいがちである。
 子育ての間は 自分の楽しみ、自由を犠牲にするというのが当たり前の親のあり方
 だったが、今の若い親たちは それが納得できなくなっている。
 いい加減な子育ては 子供に発達に悪影響を与え、子供が大きくなれば、
 親はそのしっぺ返しを食うことになる。

 猿の子育て、ネパール庶民の子育てを見ていると、子供に保護が必要なときは
 出来るだけ手元において 子供の安全に気を配り、大きくなって自立出来るように
 なれば、余計な干渉はしないというのが一般的である。

 しかし、ネパールでも中産階級以上の人たちの子育ては 子供が大きくなっても
 干渉し、自立を遅らせてしまうというのは 日本と同じである。
 生活に必要な技術など身につけず、成長していくから、いざとなったら役に立たない。
 親が金銭的に豊かであれば 成長しても親に頼って生きることも出来るだろうが、
 それが保障されなければ、どうしようもない木偶の坊になってしまう。

 その点、庶民の子供たちは 猿の親子と一緒で 自立するための方法を学んでいるから
 たくましい。
 小さいときから 身体を使って仕事をすることに慣れているから、
 肉体労働も厭わない強さがある。
 彼らにとって 自殺という選択肢はないはずである。

 自殺とは 病んだ子育ての中で育った自立できない子供たちの選択肢ではないだろうか。
 親殺し、子殺しも同じ病んだ子育て、親子関係の中から生まれてくるものである。
 社会が病み、人が病んでいる中 、安心して子育てが出来る社会システムが
 再構築されなければ 国の繁栄など期待できないのは当然である。
 それは保育園、育児所を増やし、子供手当てを増やすこととは別のことだろう。
 もっと人間としての根源の部分に目を向ける必要があるだろう。
 子育ては家族の中だけで出来るものではない。
 子供の社会化、社会への適応のためには 地域社会、近隣の助け合いが必須のことである。
 それが失われ、家族は孤立している。
 その解決の方法を探るというのが 人間の知恵である。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 13:13:53 | Trackback(0) | Comments(0)
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