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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ 雨の日には・・・‐02 不思議な小屋
カトマンズ 雨の日には・・・‐02 不思議な小屋 1

カトマンズ 雨の日には・・・‐02 不思議な小屋 2

カトマンズ 雨の日には・・・‐02 不思議な小屋 3

カトマンズ 雨の日には・・・‐02 不思議な小屋 4

カトマンズ 雨の日には・・・‐02 不思議な小屋 5

カトマンズ 雨の日には・・・‐02 不思議な小屋 6

 日本の梅雨の雨のような小雨が煙る中、路地を抜けて バグマティ川沿いの大通りまで
 やってくる。
 この大通りは カトマンズ市内の交通緩和のために カトマンズを抜けていく
 大型車両の通り抜けのために造られた道路であるが、もう5,6年の歳月が流れたのに
 高々10キロ程度の距離であるにもかかわらず、途中で途切れ、未だに完成していない。
 ネパールではすべてのプロジェクトが この有様で いつの間にか予算が足りなくなり、
 中途で終わってしまう。
 予算の中のお金が いつの間にか政治家や官僚の懐に入ってしまうというのが
 カトマンズ市民のもっぱらの噂である。

 日本でも政治家の企業献金と名前を変えて、体裁を整えているが同じようなものだし、
 官僚優遇制度だって、国民を無視しているという意味では同じことである。
 ネパールでは それが露骨であるというだけの違いである。
 日本人も 自国のことをよく理解することもなく、厚顔無恥にネパールのことを
 批判できるはずもない。

 この大型自動車用の大通りの向こう側の原っぱに 1週間ほど前から
 粗末なビニール張りの小屋が建てられ始めた。
 外から見ると ルンギを巻いたインド人の姿が見られ、小屋の中には大量のわらを
 積み重ねているのが見えている。
 南ネパールのたらい地方から運んできた水牛の世話でもする小屋なのかと思っていた。

 今日の小雨の中、小雨に霞む川向こうの景色を写真にしようと 原っぱを横切り、
 岸辺近くまで行こうと この小屋の横を通り過ぎようとすると、人間の形をした
 わら人形が目に入ってきた。
 一体何だろうと小屋の中に入っていくと 何人かのインド人らしい男たちが
 わらを器用に束ねては 人形を造っている。
 好奇心から 「何を造っているの」とネパール語で尋ねると どうもはっきりとは
 理解してくれない。
 すぐさま ヒンディ語に切り替え、同じ質問をすると はっきりした答えが返ってくる。
 「10月の中頃に始まるネパール最大のヒンズー教の祭り ダサインの祭りの際に
 祭られる女神 ドゥルガ(女神 カーリの化身)の像を 今から作っている、
 今から準備しないと間に合わない」と言う。
 確かに小屋の中に重ねられているわらの量は半端なものではないし、かなりの数の
 女神 ドゥルガの像を造ることが見て取れる。
 わらを使って像の枠組みを作り、それに泥を塗りつけ、乾いたら 色づけをしていく
 らしい。

 話を聞いていくうちに 彼らかカルカッタからやってきているベンガル人である。
 北のインド人とは違って 色が黒い。
 東インドの民族であるが 近隣の州 オリッサ、アンドラプラデェッシュに住む民族と
 似たところもある。
 カルカッタのベンガル人にとっては 女神 カーリ(ドゥルガ)は 重要な信仰の
 対象である。
 カルカッタのカーリ寺院は カルカッタの寺院の中でも有名で多くの信者、観光客を
 集めている。
 こうしたドゥルガの像を造る人間は カルカッタには無数いるに違いない。
 それは一つの職業カースト集団に違いない。
 何千年にも渡って お祭り用の神様の像を造り続けているカーストだろう。

 師匠格の年配のベンガル人に 何歳の時からこの仕事を始めたのかと訊くと
 10歳頃からだという答えが返ってくる。
 職業的な技術を持っている人間にとっては どんな世界、どんな国でも生きて
 いくだけの力が備わっている。
 高教育の謳い文句に乗せられ、すし詰め教育の中で育った人間の生きていける世界は
 狭い。
 何だかんだと言っても 人間は物によって支えられて生きているのである。
 衣食住にかかわる技術なしには 生活していくことが出来ないのである。

 モンスーンのやってきた小雨降る原っぱの一隅で カルカッタからやって来た
 ベンガル人たちは 彼らの技術を生かして生き続けている。
 彼らの親が、祖父が生き続けたのと同じように。



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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 10:59:15 | Trackback(0) | Comments(0)
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