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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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カトマンズ バグマティ川沿いの岸辺散策‐03 スラムの中へ
カトマンズ バグマティ川沿いの岸辺散策‐03 スラムの中へ 1

カトマンズ バグマティ川沿いの岸辺散策‐03 スラムの中へ 2

カトマンズ バグマティ川沿いの岸辺散策‐03 スラムの中へ 3

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カトマンズ バグマティ川沿いの岸辺散策‐03 スラムの中へ 6

カトマンズ バグマティ川沿いの岸辺散策‐03 スラムの中へ 7

 さらに上流に向かって 足を進めていくと スクムバシと呼ばれる密集した集落の
 入り口に出会う。
 
 この集落には 新旧二つの集落がある。
 1つは バグマティ川の岸辺から見ると、奥にある古い集落で 30年近く前には
 バラック建てのスラムから出発した集落が 形を整えたものと 去年の秋頃から、
 木箱をばらし、それを使って家を建て始めた新しい集落の二つが 共存している。
 互いに 政府の土地である河川敷の違法占拠であることには変わりない。
 新旧二つの集落同士で いざこざが起こるかなと見ていると、貧しいもの同士、
 協力はないもののお互いに受け入れあっているようだ。

 この二つの集落の入り口部分は 広場になっており、ここに物売りたちがやって
 きたりもするし、集落にすむ人たちのたまり場にもなっている。
 人間らしいのんびりした光景が 展開されている場所だ。

 去年の秋頃に出来始めた新しいスクムバシ(スラム)の方に歩いていくと、
 木造のバラック建ての家々が並んでいる。
 そんな家の前でここに住む女の子たちが 楽しそうに戯れている。
 「学校へ行く時間になっているが、用意はしなくていいのか」と問いかけると
 「もう少し経ったら、用意する」と答えるが 本当かどうかわからない。

 ここを過ぎると 集落の人々が 暑い陽射しを避けて、木陰に集っている。
 インド系の顔つきの人たちで 老若男女 家族のように座りこんで 
 朝ののんびりした時間を過ごしている。
 何度かバグマティ川の岸辺で見かけた子供もいる。
 南ネパールのタライからやってきて この場所に住み着いたイスラム教徒のようだ。
 貧しいのには違いないが 深刻さは感じさせない。

 ここを離れ、少し行くと、ポリアールというカースト、ネパールの人々の大半が
 ダマイ(縫製カースト)と呼ぶ低カーストの人たちが住んでいる一角がある。
 家の前の狭い空地にゴザを敷き、女たちが座り込んでいる。
 2週間前に生まれた赤ん坊に トウリ・コ・テールと呼ばれる菜種油を塗りつけている。
 赤ん坊の叔母さんに当たる女性が 赤ん坊の世話をし、母親はそのそばで楽しそうに
 我が子の姿を眺めている。
 話を聞くと、赤ん坊の母親はタマン族、父親はポリアール(ダマン)カーストだ。
 異民族間の結婚である。
 タマン族は仏教徒、ポリアール・カーストの人たちは ヒンズー教、だから奥さんは
 ヒンズー教に改宗している。

 スラムの前の道を1周すると 今度は 30年近く前に出来た古い集落の前を通り抜け、
 再び、集落の入り口にある広場に出る。
 その途中には 集落の住民の店がいくつかある。
 肉屋もあれば、食料品店もある。
 その前を通り過ぎて行こうとすると、一人のネパール人が声をかけてきた。
 その顔を見ると、前回ここにやって来たときに お茶をご馳走になったマガール族の
 男性だった。
 彼のひとり息子は 日本女性と結婚し、今は 日本でネパールレストランに勤めており、
 仕事は順調で、時々 日本からの電話があると言う。
 運転手の仕事をしていたが、事故で足を骨折し、今は仕事が出来ない状態だが、
 4ヶ月前から見れば、回復しているようだが、杖は必需品のようだ。

 貧しい人たちが 集まるスラムであるが、ここにいる限り、餓死することはないだろう。
 それぞれが、他の人々の生活に関心を持っており、毎日のように声を掛け合って
 生活しているからだ。
 日本のように市営住宅で誰にも知られることなく餓死し、何ヶ月も放置されるなど
 考えられないネパールの共同体である。
 貧しいものたちは 肩を寄せ合って 助け合って生きていく以外に生きていく方法はない。

 日本の国から 助け合って共生していく社会を奪ったのは誰だ。
 自分さえ良ければ、他人のことなどに関心を持たない社会を作ったのは誰だ。
 貧しさが 他人への関心を失わせるというのは嘘だ。
 ここ10年の日本の政治、風潮が 助け合いの精神を枯渇させていったことが、
 この集落を見ていると良くわかる。
 人と人とのつながりを断ち、皆をばらばらの寂しい存在にして置くことほど
 支配者にとって 便利なことはない。
 小泉政権と大企業の悪行の数々の付けを 今 日本国民は 嫌が負うにも
 負わなければならない。
 無知・無関心は 確実に生きる世界を惨めなものにしていく。
 そんな中で 力のない孤独な人々は餓死していく。
 そんな日本が 果たして文明国といえるのだろうか。
 今の日本に 世界に誇れる美徳が どのくらい残っているのか。
 このネパールにやって来て自慢できるものは 何もない。


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カトマンズ バグマティ川の辺にて | 19:23:59 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
                   本当に、そう思います。
<友愛>を掲げる党首に、友愛の抽象的・具体性の無い事を声高に攻撃する首相・・・ 心が有れば、具体的な事は、一人一人の手によって生まれて来る物と、私は考えています。言葉は、多かれ少なかれ抽象的な物に決まっています。抽象を具体・具現化するのは、飽く迄も個々人の心・行為・行動です。言論に特化した物が、生活に実践される可能性は少ないのが、現実です。
        友愛の何処が悪いか??? 馬鹿な私には、一向に分かりません。
2009-06-11 木 22:17:24 | URL | アガタ・リョウ [編集]
優しさのわからぬ人間が 首相の地位についていることほど、
日本にとって 不幸なことはありません。

日本国民を 金持ちと貧乏人に分断し、日本の富を
平気で他国に売り渡す企業と政治家、平気で貧乏人を
作り出す権力者たち、人と人とのつながりを保障する地域共同体を
壊しておいて、貧乏人に死ねと言っているようなものです。

20年前は 皆で分け合っていた日本でしたよ。
腹立ちしか覚えません。
政権交代しかありませんよ、本当に。
2009-06-12 金 00:49:46 | URL | ひかるの [編集]
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