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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク 集落 バーン・クルアの行商人
バンコク 集落 バーン・クルアの行商人 1

バンコク 集落 バーン・クルアの行商人 2

バンコク 集落 バーン・クルアの行商人 3

 チャム族の住むバーン・クルアの集落の中を歩いていると ここに住む人々相手に
 商売をする行商人によく出会う。
 ゴザを売る人、野菜、肉を売る人、安い服を売る人、昔ながらのお菓子を売る人と
 いろいろである。

 今日も 一人のインド人が バーン・クルアに住む女性に 木綿の半パンツを
 売ろうと 商いに精を出していた。
 タイにやって来て それほど日が経ってないらしく、タイ語はほとんど話せない
 インド人だった。
 年齢もそれほど行っておらず、まだ30歳にもなっていないようなインド人だった。
 私から見れば、年老いた老人女性が履くには 派手なパンツを 一人の老女が
 XLのサイズでは小さい、XXLはないのか、もしXXLがあれば、買うから持ってきて
 ほしいと身振り、手真似で説明している。

 インドによく行っていたためか、インド人の姿を見かけると
 つい話しかけたくなってしまう。
 ヒンディ語を使って、その行商のインド人に話しかけると、集落の人々は驚いている。
 このインド人、インドのウッタル・プラデシュのゴラクプールの町から
 やってきたらしい。
 インドからやって来て、バンコクでこんな小さな商いをしていて、
 生活は成り立つのだろうかと心配になる。
 タイのビザはどうしているのだろう。

 第2次世界大戦前は イギリスとの通商条約によって イギリスの植民地の住民も 
 容易にタイに移住できた。
 その頃に住み着いたインド人の親戚の伝手を利用してやってきたのだろうか。
 バングラディッシュ、インド、ミャンマーの人々の姿をバンコクでは よく見かける。
 よく眼にするのは 彼のような小さな商いをしている人たちだ。
 夕方近くに 酒を飲ませる屋台にやってきては 豆類を売っていたり、ティッシュを
 売っていたりするといった商いであるが、生活するだけの収入を得ることが出来るとは
 到底思えない。

 しかし、どこにいてもインド人はたくましい。
 どうも東アジアや東南アジアの人間に比べると はるか生き抜く力が強いように
 思われる。
 インド人に対抗できるのは 東アジアの中国人ぐらいのものである。
 アジアでは中国人の勢力が強いが、アフリカとなると、インド人の勢力が勝っている。

 話は 木綿の半パンツを売るインド人の話に戻るが、14,5枚のパンツを袋に入れ、
 商いをする若いインド人、プラトゥナームやボーベーの衣料の卸売り市場で 
 安く仕入れ、パンツ1枚売れば、20バーツから50バーツの儲けがあるのだろう。
 昔であれば、小さな路上の商いから始めて、だんだん大きな商いにしていく
 というのが 夢なのだろうが、もうそういう時代ではなくなっている。
 いろんな民族、他国人の入り乱れるバンコク、それぞれが生き抜くために 知恵と
 身体を使っている。

 若いインド人の商いの場所から 再び前に向かって歩き始めると、向こうから 
 カンボジア国境のスーリンからやってきたような色の黒い行商人がやってきた。
 顔つきを見ると カンボジア人のようである。
 彼も頑張っている。



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バンコク 運河の辺の街 | 15:53:14 | Trackback(0) | Comments(0)
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