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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク マンションの屋上から見える集落 バーン・クルア‐05
バンコク マンションの屋上から見える集落 バーン・クルア‐05 1

バンコク マンションの屋上から見える集落 バーン・クルア‐05 2

バンコク マンションの屋上から見える集落 バーン・クルア‐05 3

バンコク マンションの屋上から見える集落 バーン・クルア‐05 4

バンコク マンションの屋上から見える集落 バーン・クルア‐05 5

バンコク マンションの屋上から見える集落 バーン・クルア‐05 6

 バーン・クルアの集落の中を歩いていると 何だか 懐かしい想いが湧いてくる。
 私の幼少年期の田舎での生活と似ているせいかもしれない。
 あの頃から 何十年も年月は流れてしまった。
 もうあんなゆったりした世界は 日本にはなくなってしまっているだろう。
 子供も大人も老人もゆったり支えあって生きていた時代である。
 庶民という言葉が 生き生きとした意味合いを持っていた時代でもあった。

 バーン・クルアの集落に向かって歩いていくと 一本の広めの通りにぶつかる。
 この通りは イスラム教徒の集落 バーン・クルアの東側の端に当たる。
 この通り周辺には 仏教徒のタイ人や中国人が多く住む。
 この通りを越えてゆくと 木造の1軒の家に出会う。
 百年近く前に建てられた木造の家屋である。
 ちょっとアユタヤ様式の建築方法を取り入れた建物だ。
 2百年前に アユタヤから王族・貴族たちとやってきたチャム族の家系の人たちの
 家なのかもしれない。
 船の扱いに長けていたチャム族は 王族・貴族を船に乗せ、バンコクにやってきたの
 かもしれない。
 シャム王国は 船の扱いに長けたチャム族を シャム王族の水軍の傭兵として
 徴用したのである。
 この木造の家屋周辺には 古い木造家屋が多い。

 運河沿いのこの道筋には 小さな店が多い。
 このセンセーブ運河が出来た時代には 陸の交通網はなく、人や物資の輸送は
 この運河を行きかう船に任され、運河沿いに 商店が集中したに違いない。
 昔は 商店のような店の構えのような建物があるが、その名残か、数少ない商品を
 並べているだけである。
 店の中に掛かっている服の多さを見ると、洗濯屋でもしているのだろうか。

 運河沿いの陽の当たる一角を利用して、肉を乾燥させ、乾燥肉を作っている。
 日本なら、魚の干物でも作っていることになるのだろうか。

 路地の中を歩き回っていると 子供たちのための駄菓子屋兼おもちゃ屋がある。
 幼い子供たちのためのものらしい。
 昔の日本を思い起こさせるようなオモチャが並んでいる。
 贅沢な日本の子供なら、見向きもしなくなったようなおもちゃである。

 路地の中をうろうろと動き回っているうちに 集落 バーン・クルアの西の端まで
 来てしまった。
 このあたりは、バーン・クルア銀座である。
 食べ物屋、雑貨屋などが集まり、バーン・クルアの路地裏に住む人々は 
 息抜きにここに集まってくる。
 普段着の人たちが、1杯の冷たい飲み物、軽い食事にやってくる場所だ。
 惣菜だって、大半のものはここで揃う。
 のんびりとのんびりと、ゆったりとゆったりと 着飾ることなく、時間は流れている。
 これで十分である。
 人間が生きていくために これ以上のものが必要なのだろうか。


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バンコク 運河の辺の街 | 19:13:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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