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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク モンキーバナナと蜜柑
バンコク モンキーバナナと蜜柑 1

 私が幼い時から よく食べていた果物といえば、蜜柑である。
 生家が蜜柑農家だったおかげで 蜜柑を食べることには苦労しなかった。
 生家では 温州みかん、八朔、安政柑、ネーブル、甘夏なども栽培していたが、
 剥きやすいこともあって、もっぱら食べるのは 温州蜜柑だった。
 小さい頃は あまり食べ過ぎて 掌が黄色くなるぐらいだった。

 田舎だったということもあり、果物には恵まれていた。
 桃、柿、無花果、梨、枇杷などはよく食べた。
 いつも腹を空かせていたから おやつ替わりになったようである。

 日本を離れて ネパールやインド、タイ生活するようになっても 果物の中で
 気になる果物は やはり蜜柑だった。
 蜜柑のことを ネパールではスンタラ、インドではサンタラ、タイではソムと呼んで
 いる。
 ネパールの蜜柑 スンタラは 実が小さく 皮が厚く、その上、種も多くて、
 食べづらいが 甘みはある。
 インドの蜜柑 サンタラは インドで買って食べれば、甘くて少し酸味があって、
 美味しい蜜柑であるが、インドからネパールに輸入されているものは 熟れていない
 うちに運ばれて来るので 甘みにはかける。

 タイの蜜柑は 昔は ソム・キアオ・ワンという銘柄の蜜柑で 甘みだけで酸味のない
 蜜柑だったが ここ10年前から ソム・サイ・ナムプン(蜂蜜が入っているように
 甘い蜜柑)が栽培されるようになり、この蜜柑は 名前の通り甘さも濃厚で、
 適度な酸味もある美味しい蜜柑である。
 10年前に出た頃は 高級蜜柑ということで結構値段も高かったが 近ごろは
 この蜜柑を栽培する農家が増え、昨日買った小振りの蜜柑なら 1キロ20バーツ 
 約55円という安さまでになっている。
 この蜜柑が出まわるのは 11月中旬頃から2月初め頃までだ。
 
 ネパール、インド、タイで生活していても 蜜柑があれば 果物に関しては満足して
 いる。

 それに引き換え、亜熱帯のアジアであれば、1年中 手に入る安い果物 バナナ、
 昔から バナナには 余程のことがない限り、手をだすことはなかった。
 汁気のない果物は 果物といった感じがしない。
 私にとって 果物の条件は ジューシーであることだ。
 フィリピンあたりから輸入されてくるあの長いバナナ1本食べ切ることも苦痛だった。

 しかし、最近 体調が思わしくなく、食欲が減退気味なので 果物としてではなく、
 栄養補給用の食べ物として バナナに手を出すようになった。
 日本でよく見かけるその長いバナナには興味はないが、モンキーバナナと呼ばれている
 小振りの親指程度のバナナは その大きさ、癖のない甘さといい、実に食べやすく、
 食欲を感じないときには 食事替わりにパクパクと食べている。
 15,6本のバナナのついた房が 二つで15バーツ 約40円という安さだ。

 タイではバナナを油で揚げる、炭火で焼くなど 多彩な料理法がある。
 インドも 南インドに行くと あまり甘くないバナナの天ぷらがある。
 南インドのミルクのたっぷり入った甘いナチュラルコーヒーと一緒に食べれば、
 3時のおやつには 最適である。


  ***

  今日は 昼過ぎに 国立チュラロンコン病院で専門医による診察がある。
  12月21日に血液、尿、レントゲン検査 23日一般医師による所見、
  そして 今日が専門医による診断、ここに到るまで 治療は一切ない。
  体調が悪いから 病院にやって来ているからで 重症患者なら命にかかわる対応だと
  思う。
  ちょっと辛い10日間だったが 今日で何らかの治療を受けることが出来るのだろうか。
  返す返すも 旅行保険をかけてこなかったのは 大きなミスである。
  旅行保険でもない限り、タイでは 1流の私立病院で治療を受けることなど
  不可能である。
  私立病院の治療費は 日本の自由診療の治療費よりはるかに高いのである。


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徒然なるままに | 15:14:34 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 朝の散歩
バンコク 朝の散歩 1

バンコク 朝の散歩 2

バンコク 朝の散歩 3

バンコク 朝の散歩 4

バンコク 朝の散歩 5

 昨日 降った激しい雨のせいか 朝の空気が 心持ち爽やかに感じられる。
 マンションの前の通りで 何か 朝ご飯を食べようと思い、通りを歩いてみるが
 今日は 日曜日、屋台はほとんどと言ってもよいくらい、閉じている。
 
 あのカンボジア・タイ国境の県 ブリラムにある村からやって来ていると 
 行きつけの屋台のラーメン屋のおばさんは 新年を田舎で迎えるために 田舎へ
 帰ったのだろうか。
 昔は ピー・マイといえば 4月のソンクラン(水かけ祭り)だったが、
 今では西洋暦の新年にも バンコクで働いている出稼ぎの人たちが 田舎へ帰るのも
 習慣になってしまった。

 クリスマスのイルミネーションの派手さの中で忘れていたが、年末年始のほうが
 屋台を利用する私にとっては 大きな問題である。
 年末から新年にかけて 1週間くらい 屋台の商いは 影響を受け、寂しくなる。

 センセーブ運河を超えて、下町の市場に行くと 市場の中にある中国人のための
 道教の廟も 新年の祝のためか 飾り付けに余念がなかった。

 市場からイスラム教徒のチャム族の住む集落 バーン・クルアへと足を延ばす。
 集落の入口にあるモスクの前には 知り合いのチャム族のおばさんがいて、
 挨拶をかわす。
 この集落に住むチャム族は 今から200年ほど前にカンボジアからやって来て
 住み着いた人々で カンボジア政府とタイ政府の関係が悪化していることには
 頭を悩ませているようだった。
 彼らは 国王には忠実であるが、政府に対しては批判的である。

 のんびりと集落に沿って流れるセンセーブ運河の脇に造られた遊歩道を歩いて、
 大型スーパーのロータスに向かう。
 速く歩くと 息が切れるのでゆっくりと歩く。
 具合が悪いと言って 動かずにいると そのうち動けなくなってしまうのではと
 いう気持ちになるから、動くようにしている。

 北バーン・クルアの端まで来ると センセーブ運河に橋がかかっている。
 この橋を超えると 大型スーパー ロータスの敷地の中に入る。

 すっかり忘れていたが このスーパーの前の空き地では 午前中 月曜日を除いて、
 朝市が立つ。
 別段 特別なものが売られているわけではなく、野菜、肉、魚等が 安い値段で
 売られている。
 大型スーパーのロータスが出来る前は この場所は 小さな市場で 近所に住む人や
 屋台の商いの人相手の市場だった。
 そんな名残を感じさせる朝市の姿である。
 しかし、あまり買い物客の姿もなく、多くの人たちは 冷房の効いている
 小奇麗なロータスへと惹かれていくようだ。

 私もロータスには用事があった。
 ロータスの中にある出店のチェーン店 BOOTSで総合ビタミン剤とカルシウムの
 錠剤を買うためである。
 体内の成分のバランスをよくすれば、漢方の効き目もいいのではと思ったからだ。
 来年の1月には どうしても ネパールに行き、引き上げのための片付けを済ませて
 こなくてはならない。

 日本にいるときは 来年のネパール滞在は 3ヶ月と考えていたが、ネパールの
 医療事情を考えると 長くても10日以内の滞在にする必要がある。
 どちらにしても 29日の国立チュラロンコン病院での専門医の診察次第で
 はっきりしたことはわかるだろう。
 今の大きな課題はネパールに行くこと それだけであるから、そのためにも 
 今の体調だけでも維持して置く必要がある。



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徒然なるままに | 10:40:03 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 季節外れの雨が降る
バンコク 季節外れの雨が降る 1

バンコク 季節外れの雨が降る 2

バンコク 季節外れの雨が降る 3

バンコク 季節外れの雨が降る 4

バンコク 季節外れの雨が降る 5

 朝 起きると いつも息苦しい。
 息苦しさを感じるから 目が覚めるのかもしれない。

 昨日 中華街のヤワラートの漢方薬の店で調合してもらった漢方薬の材料を
 煮ようと思うが 適当な鍋がない。
 土鍋で煮出すのが1番いいだろうと センセーブ運河の向こうがわにある市場へ
 土鍋を求めて歩き始める。
 歩いていても 息苦しく 肺の半分しか 機能していない気がする。
 午前中 咳も1番 多く出る。
 いつも 朝はこんな調子で 動き回っているうちに 昼過ぎから調子がよくなる。

 市場の中に入っていくと 新年を祝う準備のためか 市場で商いをする中国人たちの
 信仰する道教の催しの会場が設置されている。
 市場で 昔ながらの生活日常品を売る店の前に タイ風な土鍋が売られている。
 七輪とセットのようだ。
 土鍋を触ってみると 土鍋の火にかける下の面が 平ではなく 部屋にある
 電気コンロにはかけることが出来ない。
 市場の中で適当なものを探すが見つからず、近所の大型スーパーのロータス、
 東急デパートのスーパーでも適当なものはなかった。

 ステンレス製でも熱効率のいい鍋ならいいだろうと BTSの高架電車に乗って 
 シーロム道路のサラデーン駅に行った。 
 昔 ロビンソンデパートだったビルが アウトレット安売りの店になっており、
 そこで格好の良いステンレスの鍋を安く売っていたので それを手に入れることに
 した。
 毎日 付き合う鍋なら、それなりのものがいいだろうと思い、ちょっと踏ん張って
 いいものを買った。
 値段は 550バーツ 日本円で1500円、ちょっと贅沢をしたが、シチューでも
 煮ているような気分にもなれる。

 少し重い鍋を下げて 再び 高架電車に乗り 帰ってきた。
 そして、早速 昨日 手に入れた漢方薬の1日分の包を取り出し、買ってきた鍋に入れ、
 コップ3,4杯分の水を加え、漢方の材料を煮出し始めた。
 流石に 臭いは凄く、その臭いだけで 出来上がる液体の不味さが想像できる。
 強火で沸騰させたあと、あとは弱火で1時間ばかり 煮れば十分のようだ。

 朝から 動き回っていたので疲れを感じていたので 鍋はそのまま弱火で
 煮たままにして 昼寝をすることにした。
 1時間半ばかり寝ていると 部屋に漢方の材料を煮出しているその臭いが気になり、
 目が覚める。
 すっかり 出来上がったようだ。
 少し大きめのコーヒーカップに煮出した液体を入れ、飲んでみるが 本当に不味い。
 「良薬 口に苦し」で その分効果があればよいが 一体どうなのだろう。
 1回飲んでみたくらいではよく分からないが、利尿剤としての効果はあるようだ。
 しかし、それが肺の下に溜まった胸水の排出に効果があるのかどうかは わからない。
 ただ トイレに行く回数が増えたことは確かである。

 あまりに不味い煮出した漢方の液を飲み干していると 急に雨が降り出した。
 乾期のバンコクでは 珍しい雨だ。
 雨は どんどん勢いを増し、土砂降りへと変わっていく。
 この雨を眺めているだけで 心のなかに溜まっているものが洗われていくような
 気持ちになる。
 こんな具合に身体の中の毒素も 流れ出してくれれば ありがたいのだが。



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徒然なるままに | 11:04:04 | Trackback(0) | Comments(5)
バンコク 漢方の店のある中華街へ‐02
バンコク 漢方の店のある中華街へ‐02 1

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バンコク 漢方の店のある中華街へ‐02 5

バンコク 漢方の店のある中華街へ‐02 6

 今日も中華街 ヤワラートへ行ってみることにした。
 体調を崩すことでもなければ 中華街の漢方の店に行くこともなかったし、
 真剣に調べてみる気も起きなかっただろう。

 今日は昼を過ぎても 気温は上がらず、変に曇っているおかしな天気である。
 昼過ぎの1時前に 中華街 ヤワラート方面に向かう73番の冷房付きバスを
 バス停 ナショナルスタジアムで待つが、王族の誰かの行幸があったのか 
 交通規制が行われ、いつまで待ってもバスはやってこない。
 結局やって来たのは 1時間後の午後2時近くなってからである。

 始めにやって来た73番のバスは混んでいたので 乗り込まず、
 次にやって来たバスでのんびり座ってヤワラートまで行くことが出来た。
 ヤワラートのバス停の先に 大きな漢方の店がある。
 昨日は 病状に合わせて漢方の材料を組み合わせる漢方医がいなかったが 今日は
 いるということで 漢方薬を作ってもらうことにした。
 人の良さそうな中国人の漢方医であるが 実力の方はどうなのだろう。
 どこかしら 頼りなさもある。

 インターネットで販売されている腹水丸という胸水や腹水を体外に出す漢方薬を
 探していたのであるが どうもないようなので 試しに調合してもらうことにした。
 自分の身体を実験台にして これから色々試してみなくてはならない。
 右手と左手の脈を見て、そして舌の状態を見て健康状態を確かめるようだ。
 私の方からも 今の私の病状を伝え、肺の下に溜まっている胸水を取り除くための
 漢方薬治療が必要であることを伝える。

 肺の機能を強化するための漢方薬の材料、排泄を通して、体内の不必要な水分を
 出すための漢方の材料などを十数種類ほど組み合わせた処方箋を書いてくれる。
 診察料は 200バーツである。
 その処方箋に合わせて 漢方の材料の値段を計算するのは 店の人の仕事である。
 5日分の漢方薬の調合をすると 3千バーツ、1日につき600バーツの計算になる。
 高過ぎるというと、その中の高価な材料を1種類抜いて 1日の費用が300バーツに
 なるようにしてもらう。
 5日分の処方で 1500バーツである。

 昨日 行った店は 50バーツと安かったが まるで牛の餌ではないかと思われる
 雑草のような漢方の材料だったが、漢方医の処方したこの店の材料は 如何にも漢方と
 いった様子で調合してくれる。
 5日分の調合された漢方薬を包むための紙を5枚並べ、漢方の材料を並べて行く。
 引き出しの並んだ棚から漢方の材料を出してくる様は 見ていて楽しい。
 木の根、木の皮など 様々の材料が選ばれて行く様子を見ると 如何にも効能が
 ありそうに見えてくるから不思議である。

 十数種類の材料の組み合わされた漢方薬を 鍋にコップ3,4杯分の水を入れて、
 1時間程度 煮る。
 煮出した液を 朝1杯、夕方1杯 飲むことになる。
 まだ 昨日 煮出したものが残っているので これがなくなり次第、作ってみる
 つもりだ。
 味とその効果については 後日 報告しようと思う。



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バンコク 中華街 | 08:24:44 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 漢方の店のある中華街へ‐01
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 昨日のチュラロンコン大学病院での検査結果は出たが、検査結果を見て その結果を
 判断する担当の医師の所見は 専門医の診察を要するということだったが、専門医が
 病院を訪れるのは 週1回 火曜日だけだったことから 専門医の診察は 12月
 29日の午後になった。

 29日まではどんな治療もされることはなく、咳や右脇腹の肋骨部分の痛みに対する
 改善は望めない。
 レントゲン検査の結果からすれば どうも胸水が溜まっているらしく、その原因解明と
 治療が必要になるようだ。

 レントゲン写真は 12月29日の専門医の診察の際に持参するようにと病院で
 言われ、 部屋に持ち帰っていたので 検査を薦めてくれた近所のクリニックへ 
 29日の診察までに必要な薬を貰いがてらに レントゲン写真を持っていった。
 やはり 見立ては同じで 右肺の下の部分に水が溜まっているようだということだった。
 そこから 胸水を取り出して それを検査する必要があるようだ。
 鎮痛剤と痰が出やすくなる錠剤をもらって 部屋に帰る。

 まだ身体が動くうちにと思って バンコクの中華街 ヤワラートへ行き、
 漢方による抗がん治療薬がどうなっているかを調べるために 漢方の薬局を
 回ってみることにした。

 ナショナルスタジアム前のバスの停留所から 73番の冷房付きバスに乗り、
 中華街 ヤワラートへと向かった。
 今日はどういうわけか 中華街に入ると 渋滞になり、バスはなかなか進んでいかない。
 仕方がないので ヤワラートの一つ手前のバス停でバスを降り、歩くことにした。

 まずはバスを降りた進行方向に向かって 右側に並ぶ漢方薬の店を覗いてみることに
 した。
 漢方の店といっても 店の半分は 中国からの輸入された箱詰めの漢方薬が並び、
 店で調合して薬を作ることは少なくなっているようだ。
 店で調合してもらう前に店と契約している漢方医に 200バーツ払って相談し、
 客の病状に合わせて 漢方を調合してくれるらしい。
 どこの店でも 漢方医を置いているわけではないらしい。

 何軒かの漢方薬を売る店で 漢方薬を利用した抗がん剤のことを尋ねてみると、
 出される漢方薬は ほとんどが中国からの輸入品で 種類も数も少ない。
 そして、値段も結構張るものが多い。
 1週間分の中国からの漢方の抗がん剤の値段が 6百バーツから千バーツ近い値段が
 する。
 漢方の場合 即効性の薬ではないので 数カ月単位で利用することになる。
 1ヶ月使って、3,4千バーツというのは 一般庶民の手の届くものではない。
 西洋医学と漢方という東洋医学を併用すれば、保険制度の整っていないタイでは
 大きな出費になる。

 いくつかの漢方薬の店を回り、漢方薬の店での売れ筋の中国からの漢方薬を
 買ってみた。
 片仔廣と呼ばれるもので 肝臓の機能の回復、炎症を鎮める効果があるというが
 タイバーツで 950バーツ 日本円で約2500円、日本で買う半額である。
 小さな箱の中に 幅1cm 長さ2cm 厚さ3mmの錠剤が入っておリ、店で
 それをすりつぶし、8個のカプセルの中に入れてもらい、1日1カプセルずつ飲む。
 龍楽片という漢方薬も買ってみた。
 100錠入りの錠剤で 1日3回 1回に4錠ずつ飲むから、これも大体1週間分で
 ある。
 これも肝機能をよくすることで 免疫力をまし、解毒・排毒効果があるようだ。
 1箱 600バーツである。
 漢方というのも どこか人の弱みにつけ込むところもあるから、どこまで信用出来るか
 どうかわからない。
 効かないものを上手に口を使って売ることもあるだろう。

 効くか効かないか分からないが 漢方を調合してもらったが、雑草の塊のようで
 煮出してみたが、どれほどの効果があるのだろうか。

 12月29日の専門医の診察まで 時間があるので ちょっと漢方について調べてみる
 つもりである。



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バンコク 中華街 | 08:38:47 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク 懐かしのルンビニパーク‐02
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 すっかり小奇麗に整備されたルンビニパークの中をのんびり歩く。
 乾期の12月も後半に入り、午前中の公園の中は まだ爽やかな涼しさが残っていて
 気持ちがよい。
 汗も 少しかく程度で別段気にならない。

 池のそばに近づいて 池の中の浮かぶ木切れにもたれかかるようにミズオオトカゲが
 日向ぼっこをしている。
 写真を撮ろうと 池の中にいるミズオオトカゲを見ながら 少し移動すると 近くで
 物音、そっちの方へと眼を向けると 陸の上で日向ぼっこをしているもう1匹の
 ミズオオトカゲがいた。
 彼も驚いただろうが、もっと驚いたのは私の方である。
 池の中へと逃げ出して行くかと思ったが、そのまま 日向ぼっこを続けていた。

 やはり バンコクは 亜熱帯の動植物の世界なのである。
 普段は 近代的な高層ビルに囲まれて そんなことを忘れている。
 公園の中にも沢山のヤシの木やソテツがあるのが 当たり前の姿なのである。
 花を咲かせる樹木だって 熱帯風の花を咲かせているのだ。
 赤い花の名前を清掃の仕事をしている女の人に訊いたが、花の名前は知らず、
 この赤い花が食用になることは知っていた。
 そのことの方が 花の名前を知ることより、重要な事なのだろう。

 いつもはビルに囲まれ、自然を忘れてしまったような生活をしているが、
 自然が保全されているルンビニパークのようなところにやって来ると はっきりと
 バンコクの亜熱帯の自然を再確認することになる。

 私が住んでいるMBKセンター(マーブンクロン)近辺は 市民が共有出来る自然と
 いえば、センセーブ運河沿いにわずかに残る自然ぐらいのものだ。
 伸び伸びと好き勝手に 自然に囲まれた中を動きまわることなど出来ない。
 久し振りに広い公園の中をゆっくり歩きまわることで 自然と触れ合うことが出来た。

 急いで歩きまわると 息苦しくなる体調であるが、体調に合わせて、ゆっくりと
 1時間半ばかり 散策した。
 暑い季節なら 汗まみれになっているところであるが、午前8時過ぎの天候の中では
 うっすら 汗がにじみ出てくる程度だった。

 再び、ゆっくり、ゆっくりと チュラロンコン病院へ向かって歩くことにした。
 そろそろ 血液検査の結果が出る時間が近づいている。



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バンコクを歩く | 14:15:18 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 懐かしのルンビニパーク‐01
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バンコク 懐かしのルンビニパーク‐01 8

バンコク 懐かしのルンビニパーク‐01 9

 朝7時半に行った血液検査の結果が出るのが 10時近くまでかかるというので
 国立チュラロンコン大学病院のすぐ前にあるバンコクで1番広い公園 ルンビニパーク
 へ行ってみることにした。

 この公園の中を歩いていた頃といえば、今から20年以上前のことだ。
 バンコクの暑い気候を逃れるために 夕方近くによく公園の中を歩いたものである。
 夕方を過ぎ、公園の中が暗くなってしまうと 怖い場所に早変わりし、強盗、
 追い剥ぎたちの活躍する場所になると云われていた。
 本当か嘘か確かめるまでもないので、暗くなり、人の姿がまばらになると さっさと
 公園を出たものである。

 今日 公園の中を歩いて驚いたことは 20年以上前に比べると 格段に整備されて
 おリ、強盗や追い剥ぎの隠れるところがないくらいに 公園の中がすっきりしていた
 ことだ。
 20年以上前は 昼間でも 仕事にあぶれた人たちがたむろしていて、いかがわしい
 雰囲気があったが、今では 午前中のせいか、ジョギングをする人、太極拳を楽しむ
 人たち、池の畔のベンチやテーブルの前の椅子に座り込んで 飲み物を用意して 
 会話を楽しむ人たちと 随分健康的な雰囲気に変わっていた。
 しかし、それは仕事に行かないで 平日の午前中を楽しむことの出来る豊かな階層の
 人たちで、顔つきを見ると その大半は 中国系タイ人である。

 20年以上前といえば 私ももっと若く、シーロム道路とスリウォング道路に挟まれた
 タイの一大娯楽街がどんな姿なのか 好奇心も関心もあった。
 人間の中にある善、悪、いかがわしさ、歓楽街の中で生きる人間の姿も含めて それは
 私の関心の的だった。
 実際 20年以上前のバンコクのパッポンを中心にした歓楽街も あるいは 海辺の街
 パタヤも 人間の性の様々の形が許され、どこかソドムのような様相すら示していたが、
 しかし、タイ人も外国人も自由に自らの性を楽しんでいた不思議な時代でもあった。
 それは パッポンやパタヤだけでなく、バンコクから離れた地方都市でも同じ姿を
 見せていたのである。
 性というものを 欧米的な道徳観で判断しないアジア的なおおらかさが まだ残って
 いた時代だったのだ。
 欧米風の性に対する狭い道徳意識は 人間を抑圧し、そのために 逆に凶悪な犯罪を
 生み出すことにつながっているように思われる。
 人間の欲望を 上手に吐き出す社会システムも必要なのだ。

 そんな時代から20年以上も経った今のバンコクでは 欧米的な道徳的な圧力に従い、
 通り一遍の面白みのない街になってしまった。
 人々から自由が失われてしまったのである。

 ルンビニパークの入口には 20年前とは変わらず、ラッチャカン・カンティ・ホック
 ラーマ6世の銅像が立っている。
 最後の絶対王制の時代の国王である。
 ラーマ7世の時代から 立憲君主制へと変わっていく。
 このラーマ6世の銅像もルンビニパークも すっかり高層ビルによって 
 囲まれてしまった。
 ルンビニパークの中も外もすっかり変わってしまった。
 時代は 移り変わり、その移り変わってしまったこの公園の中に 私は佇んでいる。
 私だって 同じくらいに変わってしまっているのである。

 どこもかしこも すっきりとまとまり、小奇麗になり いかがわしさが住み着く場所は
 なくなってしまったようだ。
 闇と光が織りなす世界、悪と善 聖と汚れ それらが絡みあって 世界は豊饒の姿を
 現してくる。
 しかし、 なんと薄っぺらな時代になってしまったのだろう。
 面白みのない世界になったものである。
 そろそろ 老兵は去るのみである。



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バンコクを歩く | 21:06:00 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐03
バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐03 1

バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐03 2

バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐03 3

バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐03 4

バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐03 5

 昨日の昼過ぎに チュラロンコン大学病院から電話がかかってきて、2日前に行った
 血液検査が 規定通りに行ったものではなかったので もう一度検査をしたい、
 夜の10時過ぎ以降は 水以外は摂らず、翌日の朝7時半に病院に来るようにと
 伝えてくる。
 本来の指定時刻は 午前9時だったが 1時間半繰り上がってしまった。

 病院の指示通り 夜10時以降 水以外は摂らなかったが、熟睡出来ない中での
 朝6時起きは 辛い。
 そうも 言っておられないので 朝6時前に起き出し、砂糖なしの紅茶を飲み、
 朝7時過ぎには BTS高架鉄道のナショナルスタジアム駅から電車に乗り込んだ。
 始発駅なので 乗り込む人は少なく、次の駅 サイアム駅で大勢の人が 乗り込んで
 きた。
 チュラロンコン大学病院に1番近い駅 サラデーン駅で降り、高架鉄道の通路を歩いて
 病院に向かう。
 東の空の方向に眼をやると 午前7時15分 陽がやっと顔を出したばかりである。
 昼間は ビジネス街の姿を見せるシーロム通りも まだ人の姿はまばらである。

 病院の1階の受付のフロアを抜けていくと もう大勢の人々がやって来ておリ、
 凄い人だかりである。
 1階のエレベーターから3階にある外来の検査の受付へと向かう。
 昨日 面倒を見てもらったベテランの看護婦さんの姿を見つけると 向こうも気がつき、
 血液採取の場所へと 案内してくれる。
 今日 血液の採取をしてくれる女性は 肘関節の内側から 上手に採取してくれる。
 しかし、新たに血液検査をするというので 100バーツ余分に支払うことになった。
 その採取した血液を持って 5階に上がり、指定の場所に血液を届けると、もう一つ
 採取が必要だと言う。
 言われた通り、4階の血液採取の場所に行くが、そこの血液採取係の男性が 
 下手くそで散々にいじりまわされて やっと血液が採取されるという有様だった。

 この血液検査の結果が出るまで 医者の診断はなく、再び 午前10時近くまで
 待たなくてはならない。
 10時までは あと2時間半の時間がある。

 ここはまさに タイの国の国公立の病院の中である。
 患者の立場に立って スムーズに運営されているとは到底思えない。
 21日の朝 病院にやって来て 2日後の23日の朝になっても 医者の診断を
 受けることは出来ないのである。
 病気だから 病院にやって来ているわけで 患者としては少しでも 症状を和らげて
 欲しいと願っているのであるが、検査の結果が出るまでは どんな治療も受けることは
 出来ない。

 午前10時近くまで することがないので 動きまわるのは少し辛かったけれど、
 病院のすぐ前にある バンコクで1番広い公園 ルンビニ公園を散策して、時間を
 潰すことにした。

 午前9時半過ぎに 再び 病院に戻り、血液検査の結果を待っていると、
 10時近くなって やっと結果が届く。
 2日前に受けた検査の結果と今日の血液検査の結果を持って、医師の診断のための
 受付に並ぶが、X線撮影のフィルムは用意されていないので 5階まで受け取りに行く。
 動くのは あくまで患者である。

 すべての検査資料が集まり、やっと医師の診察の順番に並ぶことが出来た。
 20分近く待つと やっと私の順番がやって来る。
 検査結果とX線フィルム、そして聴診器を使って 診察してくれるが、患者の状態を
 判断するためだけの診察で、患者の状態に合わせて 専門医の下へ送るための手続きで
 ある。
 この医師の見立てでは 状態はよくないらしく、COPD(慢性閉塞性肺疾患)
 あるいは肺がんの疑いがあるので 更なる検査が必要という診断になった。
 肺の下方に水が溜まっているようなのである。
 この医師のこれらの病気の専門医ではないので 次は専門医の下での診察ということに
 なるのであるが、その専門医が 病院にやって来るのは 週1日 火曜日だけで、
 結局 専門医の診察は 来週 火曜日 29日の正午過ぎということになった。

 カフカの『城』を思い起こさせるような国公立病院で なかなか本格的な治療へと
 向かっていかないのである。
 
 ここには 医者と患者 、医療の中での患者の位置づけなど何処にも感じられない。
 日本的な常識からすれば、考えられない姿であるが、基本的にはお金のない人間は
 病院に来ることが出来るだけでも幸せなのだという視点なのだろう。
 21日に始まった検査、そして検査を基にした治療の方向性、その手段としての
 専門医の診察が 29日、9日間 とにかく 待たなくてはならない不思議な世界が
 ここにはある。
 これが タイの国公立病院の中で 1番質の高い治療が行われている病院の現実なので
 ある。

 それを 身を持って体験しているわけだが、タイの医療世界は 凄い世界である。



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タイ事情 | 09:39:13 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐02
バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐02 1

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バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐02 4

バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐02 5

 1階の受付で 手続きを済ませ、必要な書類が用意されると 2階の外来患者用の
 受付に移動することになる。
 2階といっても イギリス風の数え方なので 実際には3階ということになる。
 この階の受付で治療の方針を決めることになる。
 私の場合は まず呼吸器系の検査をしたいと思ったので X線検査、血液検査、尿検査
 などを要請するが 血液検査にも色々あるということで セットになっている検査を
 申込んだ。
 費用は 1230バーツ、約3千円である。
 国民健康保険を使った日本の検査代とほぼ同じである。

 検査代を支払い、検査を始めることにした。
 血液検査の場合は 朝から食物、糖分を摂ってはいけないらしく、午前9時過ぎに
 始まった検査も X線撮影と機会を使った血液の循環の検査だけで 10時過ぎには
 終わってしまい、血液検査と尿検査は 午後1時過ぎになってしまった。

 日本では呼吸器系の検査のための血液検査と尿検査のためだったせいか、
 別段 検査前の食事制限の話はなかった。

 血液、尿検査の始まる午後1時まで水以外の摂取は禁止、病院の中では3時間近く
 何もすることはないので シーロム道路周辺を歩いて見ることにした。
 ここ2,3日で バンコクも12月の乾期らしい気候になり、道を歩いていても
 汗が吹き出して来るということはなくなっている。
 シーロム道路とラーマ4世道路の交わる交差点のすぐ脇にある昔のロビンソン
 デパートの中にある 安売りショップを覗き、それでもまだ時間があるので 
 先にあるセントラルデパートの中を動きまわった。
 BTS高架鉄道が出来て、シーロム道路の様子も随分変わってしまったけれど、
 昔から変わらない路地もあり、路地の入口辺りの建物は昔ながらの姿を保っている。
 2時間半の時間をつぶすのは なかなか難儀である。

 病院の2階に帰り、窓から外を眺めてみると バンコクで1番大きな公園 
 ルンビニ公園の向こうがわに 高層マンションが立ち並んでいる。
 便利さだけを求めていくうちに 人間砂漠のようなモダンライフが始まっていく。
 どう考えてみても 高層マンションが 人間らしいつながりを大切にする生活の形に
 つながるとは到底思えない。

 12時半近くに再び、2階の外来患者用の受付に戻る。
 1時前に血液の採取が始まる。
 腕の部分に血管を上手く見つけることが出来ず(腕を縛るゴムが弱くて、血管が
 浮き上がってこない)、左手の甲からの血液の採取になってしまった。
 この辺が あまり頓着しないタイスタイルなのだろう。
 手の表側の血管を上手く探り当てることに手間がかかり、その様子を見ているだけでも
 うんざりしてくる。
 5CCずつ 3本の容器に採取する。
 そのあと 尿を提出して 終了である。

 しかし 検査の結果がわかるのは 2日後である。
 日本なら 1,2時間後にすぐ結果が出るが これもタイスタイルである。
 健康に問題があるから、病院にやって来ているのであるが、2日も待たされると
 いうのは 重症患者であれば 酷である。
 医師に会うことが出来るのは 検査結果が出てからである。


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タイ事情 | 18:47:18 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐01
バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐01 1

バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐01 2

バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐01 3

バンコク 国立チュラロンコン大学病院で検査‐01 4

 先日 近所のクリニックに行ったとき、やはり 大きな病院で検査をした方が
 良いということだったので、国立のいくつかの病院を調べてみて、ラーマ4世道路と
 シーロム道路が交差する交差点のすぐ脇にあるチュラロンコン病院へ行くことにした。

 昔は1年期限の旅行保険を使っていたので 外国人向けの私立病院を利用していたが
 1番安いものでも1年の保険料が 6万円を超えるようになってからは 契約する
 ことを止めてしまった。
 止めてからもう何年にもなる。
 外国人が利用する私立病院の診察・治療費を実費で払うとなると 大変な額で
 旅行保険にでも入っていない限り、行けたものではない。

 そんな理由から タイの国立病院の中では レベルが高いと云われている
 チュラロンコン病院で検査をしてみようという気になったのである。

 部屋を出たのが午前8時半、病院に行くということで BTS高架鉄道を使って
 サラデーン駅まで行くことにした。
 ナショナル・スタジアム駅からサラデーン駅まで20バーツである。
 サラデーン駅で降りて 電車の進行方向と反対側に高架線の通路をどんどん歩いて
 行くと、チュラロンコン病院の前に出る。
 チュラロンコン病院の場所については 昔から知っていたけれど 利用するのは
 初めてで どこに新患の外来患者の受付があるかは全くわからない。

 病院の職員らしい人に尋ねながら、新患の外来患者の受付をしている場所にやって
 くるが、たくさんの新患の外来患者にあふれ、何処を手始めに コンタクトすれば
 いいのか、よくわからない。
 人の流れを見ていると 名前、住所、性別、年齢、生年月日を書き込む用紙が置いて
 あり、新患の外来患者らしきタイ人がその用紙に書き込んでいる。
 この用紙は すべてタイ語で書かれていて 面倒の種である。
 私もその用紙を取り、適当にタイ語で書かれている質問事項に書き入れ、
 わからないところは 担当者に訊けばいいだろうということで わかるところだけを
 アルファベットで書き込んで行く。
 そのすぐ近くには 白い看護婦帽に白い看護服を着た日本の昔ながらの姿の看護婦が
 何人か座っており、外来患者の書き入れた用紙をチェックしている。

 名前、住所、性別、年齢などを書き入れた用紙を持って 受付の年配の看護婦さんの
 ところに行き、タイ語で病院にやって来た理由 肺の具合が悪く、そのチェックの
 ためにやって来たことを伝える。
 その用紙の中にそのことを書き入れてくれ、20近く並んでいる受付の中で 最初に
 行く場所を教えてくれる。
 そこへ行く前に パスポートのコピーが必要だというので 病院内にあるコピー屋で
 パスポートのコピーをし、それを持って、指定の番号の受付に並ぶ。
 最初の受付で 20バーツを支払う。
 これは 受診カードを作るための費用らしい。
 それが終わると 別の番号の受付に行き、患者の基本的なデータを入力してもらい、
 登録が完了すると 2階にある外来専用の受付に行くことになる。

 海外旅行保険会社と契約を結んでいる私立病院なら 日本語が話せるスタッフを置いた
 専属窓口があり、パスポートと海外旅行保険の会員カードを見せれば、スムーズに
 事は運んで行く。

 国公立の病院を利用するのは 煩わしい手続きをこなして行くだけの体力とタイ語力が
 必要である。
 重症であれば、言葉の分からない外国人は 利用出来ない場所である。

 タイの病院事情について書かれたこんなホームページもあるから 参照されるとよい。

 バンコクの病院における 格差医療の光と影
 http://www007.upp.so-net.ne.jp/m-m-office/thai_02.pdf

 vol 11 「新興国の医療 1」
 http://medg.jp/mt/2007/06/vol-11.html



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タイ事情 | 00:39:31 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 都会の真ん中に佇んで
バンコク 都会の真ん中に佇んで 1

バンコク 都会の真ん中に佇んで 2

バンコク 都会の真ん中に佇んで 3

バンコク 都会の真ん中に佇んで 4

バンコク 都会の真ん中に佇んで 5

 今やサイアムスクエアといえば バンコクの中心的な場所になってしまった。
 20年前のサイアムスクエアといえば、若者の街を呼ばれていたが、MBKセンター
 の中の東急デパートは閉店になる夜9時を過ぎると 辺りはすっかり暗闇に包まれ、
 ひっそりしていたものだ。

 今では夜9時過ぎて、MBKセンターが閉まっても、BTS高架鉄道駅 ナショナル・
 スタジアムの前の通路は 衣料品やアクセサリーを売る露店が並び、賑わっている。

 つい先日まで暑かったバンコクであるが 昨日あたりから 吹いてくる風に爽やかな
 涼しさを感じさせ、涼しい季節がだんだんと近づいてきていることを感じさせてくれる。
 もう12月20日を過ぎ、今年もあと残すところ10日ばかりになってしまった。
 しかし、私の中では 古い年が去り、新しい年がやって来るという実感はない。
 この25年以上そんなことの繰り返しだったような気がする。

 夕方近く、MBKセンター前の通路の上に立って、西の空を眺める。
 もうじき 夕日が西の空の果てに沈んでいくだろう。
 この場所に立って、夕日が沈むのを眺めている自分のことに眼を向けてみる。

 人間は 動物と言われるように 動く生き物である。
 瀬戸内海の小島に育ち、18歳の時までそこで育ち、それから東京へ 東京での生活は
 15年近く、15年の間に 池袋、国立、松戸、市川と移り住んだ。
 そして、日本を離れネパールのカトマンズ、それ以来、25年以上に渡って、ネパール、
 インド、タイ、日本をうろうろ動きまわってきた。
 一つの場所に落ち着くことを避けてきたような生活だったような気すらしてくる。

 世の中にはいろんな人間がいる。
 私のようにひたすら生まれたところから離れ、根無し草のような生き方をしている
 人間もいれば、生まれた場所の近くであまり動きまわることもなく 確実な生き方を
 している人間もいる。
 その違いは 何処から生まれてくるのかは わからない。
 どこか DNAの働きによるものだろうか。
 私の父親の家系にも 母親の家系にも船乗りを職業にするものが 何人かいたようだ。
 そんな血が 私の中にも流れているのだろうか。

 こんな風にうろうろと動き回る落ち着かない生活であるから、生活は不安定で、
 生計を立てていくのは楽ではないが、その代わり、変化に満ちた面白い生活だったし、
 普通の人生では 知ることの出来ないことも体験出来た。
 反対に普通の人生なら 体験出来たことを失ったのかもしれないが、
 それは諦めるより仕方がなかったのかもしれない。

 BTS高架鉄道のナショナル・スタジアム駅の前の広い通路から西の空を眺めながら、
 これまでの自分の一生を振り返っている。
 今、何故 こんな場所に佇んでいるのは 明確な答えもないし、この場所にいることに
 納得しているわけでもない。
 これは運命のようなものかもしれない。
 あと1ヶ月すれば ネパールのカトマンズに行くことになる。
 カトマンズとパタンに架かるバグマティ川の橋の上に立って 同じようなことを 
 考えているのかもしれない。
 人生には納得の行く答えなどなく、自分が生きてきたという事実だけが 自分の中に
 残るだけである。
 自分が生きてきたことに 納得が行くなら それでいいのだろう。


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徒然なるままに | 11:11:16 | Trackback(0) | Comments(3)
バンコク 象の頭橋下の屋台の東北タイ風鶏肉麺
バンコク 象の頭橋下の屋台の東北タイ風鶏肉麺 1

バンコク 象の頭橋下の屋台の東北タイ風鶏肉麺 2

バンコク 象の頭橋下の屋台の東北タイ風鶏肉麺 3

バンコク 象の頭橋下の屋台の東北タイ風鶏肉麺 4

バンコク 象の頭橋下の屋台の東北タイ風鶏肉麺 5

バンコク 象の頭橋下の屋台の東北タイ風鶏肉麺 6

バンコク 象の頭橋下の屋台の東北タイ風鶏肉麺 7

 私が住んでいるところの近くに センセーブ運河に架かるサファン・フアチャン 
 象の頭橋があり、その橋の袂は いつも屋台で賑わっている。
 この屋台の脇を抜けると センセーブ運河を走る水上バス乗り場 サファン・
 フアチャンに出る。

 この象の頭橋の袂に 新しく鶏肉を主体にした東北タイ風の麺が出るようになった。
 新しく店を出したというのではなく、以前からこの橋の袂で 東北タイ料理を売って
 いた女性が 新たに麺も出すようになったのである。
 一人で麺も東北タイ料理の両方を売るのは大変だが、どうも彼女の連れ合いが手伝う
 ことが出来るようになったことから 麺を作って売ることになったようだ。

 以前には 彼女の店の前には 同じ東北タイ出身の女性が 東北タイ風牛肉麺の屋台を
 開いていたが、半年ぐらい前から閉店になったことも 東北タイ風鶏肉麺を売ることを
 決めた理由かもしれない。
 東北タイ出身女性の作っていた牛肉麺も私のお気に入りだったが、その店が閉じて
 残念に思っていたが、東北タイ風鶏肉麺が売られるようになり、ちょっとお腹が
 空いたときには 気軽に利用できるようになったのは嬉しいことである。

 東北タイ料理は 私の住んでいるマンションの前の通りにある東北タイ料理の屋台で
 買うことが多く、橋の袂のこの屋台からはたまに買う程度だった。
 唐辛子をたっぷり使っているので 辛すぎるという理由で避けていたのである。

 この店も 私がいつも買う東北タイ料理の屋台も 私がこの場所に引越して来る
 前からやっているから もう10年以上この商いをしていることになる。
 余程 利益率を安く設定しているのか、十年一日の如く 代わり映えのしない姿である。
 朝早くから夕方遅くまで 身を粉にして働いても なかなか上には這い上がることの
 出来ない現実がある。
 身体を酷使して ひたすら頑張るというのが 東北タイの人々の生きる姿だ。

 中国人は 上手に人を使って 利益をどんどん上げ、10年もしないうちにりっぱに
 店を構えることが多いが、東北タイの人々といえば、代わり映えもせず 同じ場所で
 屋台を開いている。
 口数の少ない東北タイ人は ただひたすら頑張るだけで 社会の底辺で生きることに
 なる。
 タイも正直者が報われる、働き者が報われる社会からは程遠いのだろう。
 器用にお金を動かし、投資をする人間ばかりが お金を得る社会なのである。

 『働けど 働けど なお 我が暮らし 楽にならざり じっと手を見る』
 これを地で行く人たちが東北タイの人たちである。
 朝から夜まで 目一杯働いても 食べることが精一杯の人たちである。
 10年以上 通りやこの橋の袂で 食べ物の商いをしている人々をみるが、
 頑張っている分だけ、生活が向上しているとはとても思えないのである。
 しかし、彼らの作る安い料理があるから、貧しい庶民の生活もどうにか成り立つので
 ある。
 私も十分にその恩恵を受けている。


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バンコク 食べ物 | 18:59:35 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 鯵の煮付けを作ってみた
バンコク 鯵の煮付けを作ってみた

 タイでは 鯵のことを プラ・トゥーと呼んでいる。
 タイには 2種類の鯵が売られていて、一つは日本と同じような鯵で、
 もう一つは別の種類のもので 魚の表面は  ツルッとしていて鱗はない。
 タイ人の間では この種類の鯵が好まれる。

 この鯵の蒸したものが市場でよく売られており、これを油で揚げておかずにもするし、
 この蒸した鯵を焼いて、唐辛子やライムを加えて ナム・プリ・プラ・トゥーという
 たれを作り、蒸した野菜などにつけて食べる。

 今日は近くのスーパーに行くと いつもより安く1キロ65バーツ(約170円)で
 売られていたので 6匹ほど買うと 47バーツ(約140円)だった。
 この鯵の味は 日本の鯵とは違って、鰯と鯵を合わせたような味がする。
 この鯵を買ってくると 大抵は煮付けにすることにしている。
 生姜を加えた煮汁に乾燥唐辛子を 2,3個入れて煮る。
 中国人だと 豚の脂身を入れるようだ。

 タイでは 鯵は庶民の魚で 海の魚の中で 鯖同様に安い。
 この前などは 鯖の大安売りで1匹18バーツ(約50円)だった。
 この時も 鯖を買ってきて 鯖の味噌煮を作って食べた。
 白身の魚は 近頃では値段も上がり、仕方が無いので鯵や鯖で我慢している。
 小さい時から 鯖や鯵に親しんできたから、むしろ好んで食べている。

 タイはネパールと違って 海の魚があるので 料理をするのは楽である。
 川魚は 料理法がよく分からない。
 ネパールのように カレー味にして唐揚げにするのであれば 簡単だが…。
 タイの中でも 東北タイの人たちは 川魚の料理が得意である。
 ハーブやタマリンドの酸っぱい実で味付けし、美味しいスープを作る。
 ナマズや雷魚を使った料理は 彼らの重要なレパートリだ。

 食べることに関心を持つこと、そして たまには自炊をして 自分で作ってみること
 これも飽きずに 海外生活をしていくための秘訣かもしれない。



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徒然なるままに | 15:20:20 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク ある長期滞在者の死
 バンコク週報で タイのニュースを読んでいたら こんな記事を眼にした。

      *** 日本人女性、チェンマイのゲストハウスで変死 ***

 ― 12月16日早朝、タイ北部チェンマイ県チャルンプラテート通りのガレーゲスト
 ハウスの浴室で、76歳の日本人女性が死亡しているのを同ゲストハウスの従業員が見つけ、
 警察に通報した。

 遺体は湯船に寝ているかたちで見つかった。外傷はなく、室内にも争った様子はなかった。

 同女性はチェンマイ市内でロングステイをしており、同ゲストハウスを年契約でレンタル。
 現地で絵画を教えるなど、両国の文化交流に尽力していた。

 この日は午前9時にデンタルクリニックに予約を入れており、そのことを知っていた
 従業員が起きているかどうか確かめるために、ドアをノックしたが返事がなかった。
 そのため、合鍵を使って室内に入ったところ、死んでいるのを発見した。
 ゲストハウス関係者によれば、女性は非常に人付き合いがよく、好かれていたという。

 女性は今月15日、日本から帰ってきたばかりで、夕方からレストランで飲酒を始めたが、
 疲れていたのか、早めに帰宅したという。
 タイ警察では、ゲストハウスで入浴中に、心臓麻痺などを起こして死亡したものと
 みている。 ―
                       ~バンコク週報より


 日本を離れて生活することの多い自分にとっても 人ごとのようには思えない出来事
 である。
 何処で生活していても 死というものは身近にあるもので そのための準備は
 して置かなくてはと思うこの頃である。
 私のようにネパールに 3,4ヶ月、バンコクに4,5ヶ月といった生活をしていると
 何が起こっても困らないようにと 身辺を整理して置かなくてはと思う。
 又、何が起こっても不思議ではない年齢にも近づいて来ている。
 そろそろ ネパールとタイという生活の基盤を整理して 1箇所にしなくてはと
 思い始めている。

 ネパールのカトマンズでの住処も 住み始めてからもう15年以上になっている。
 15年も経つと いつの間にか ものが溜まり、この整理が大変になってきている。
 来年のネパール訪問の際には 本気で整理をしなくてはならない。

 タイでもマンション住いになると 鍵一つで出入りは簡単だが、何かあれば、
 人知れず何日も放置されることもある。
 死ぬのは人の運命だから仕方がないとしても 出来るだけ人には迷惑をかけないように
 して置きたい。
 これからは 出来るだけ ものを減らして行くことを考えて行かなくてはならない。
 貧乏性だから ついつい 何かの役に立つのではないかと 棄てきれずにいるものが
 案外多いものである。

 その中でも 1番厄介なのが 自分である。
 別段 長生きをしたいという気は さらさらないが 死ぬまでは生きなくては
 ならないから それまでは上手に自分と付き合って行かなくてはならない。
 今まで散々好き勝手な生き方をしてきたから、未練は少しもないけれど、
 「立つ鳥跡を濁さず」という気構えくらいは残して置きたい。



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徒然なるままに | 12:33:11 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 都会の中のささやかな自然を求めて
バンコク 都会の中のささやかな自然を求めて 1

バンコク 都会の中のささやかな自然を求めて 2

バンコク 都会の中のささやかな自然を求めて 3

バンコク 都会の中のささやかな自然を求めて 4

バンコク 都会の中のささやかな自然を求めて 5

バンコク 都会の中のささやかな自然を求めて 6

バンコク 都会の中のささやかな自然を求めて 7

 バンコクの中でも1番地価の高い地域に住んでいると 自然との関わりが希薄に
 なってしまう。
 草花の変化で季節の移り変わりを感じるということがなくなってしまうのである。
 この頃は 果物にも季節感がなくなり、マンゴスチンやドリアンなど1年中 
 売られている。
 この時期特有の果物といえば、タイ産の蜜柑 ソム・サイ・ナムプン(蜂蜜が
 入っているように甘い蜜柑)である。
 これから2ヶ月ばかり 出まわることになる。
 今は1キロ30バーツであるが 最盛期には 20バーツくらいにはなるだろう。
 美味しい蜜柑を安く食べることが出来るだけでも 嬉しくなる。
 日本でも今年は 蜜柑が安く、日本にいるときは 目一杯蜜柑を食べた。

 私の住んでいる辺りでは 草木を眺めて季節の移り変わりを知ることは なかなか
 難しく 近所の庭のある家の草木を眺めることや、センセーブ運河の遊歩道沿いに
 立ち並んでいる民家の前の鉢植えの草花を眺めるくらいが精一杯である。
 すぐ近くにチューラコン大学の広大な敷地があるが、部外者が気楽に出入りできる
 ような雰囲気ではない。

 サイアムスクウェア近辺は 便利さという意味では1晩であるが、自然との触れ合いと
 いう面からみれば 最悪の場所である。
 チャオプラヤ川岸辺のラッタナーコウシン地域からセンセーブ運河沿いのサイアム
 スクウェアに至るまで 市民の憩いになる緑豊かな公園らしいものは一つもないと
 いうのは不思議なものである。
 ルンビニ公園がラーマ4世道路沿いにはあるが、わざわざそこまで行く気にも
 なれない。

 バンコクの人々は こうした中でどうしているかというと、狭い路地裏や運河脇の
 遊歩道に鉢植えの草花を置いて、緑を楽しんでいる。
 そして 私はといえば、運河沿いの遊歩道や路地裏を歩くことで 緑を楽しませて
 もらっている。
 タイ人も日本人も基本的には農耕民族である。
 田舎から都会に移り住んでも、農耕民族のDNAは 緑を必要とするのだろう。



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バンコク風情 | 14:06:01 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク それにしても暑いバンコク
バンコク それにしても暑いバンコク 1

バンコク それにしても暑いバンコク 2

バンコク それにしても暑いバンコク 3

 東京からバンコクにやって来た時の11月後半のバンコクの気候は 涼しくて
 快適だったが、12月に入って ナー・ナーオ(寒い季節)という名とは裏腹に
 気温はうなぎ上りである。
 朝夕は 涼しいというのがこの時期の気候であるが、夜になっても気温は下がることも
 なく、ナー・ローン(暑い季節)と大して変わりはない。

 バンコクの繁華街にあるショッピングセンターやデパートの正面には 
 12月の風物詩クリスマスツリーが飾られているけれど、この暑さの中では 
 雪を象徴する白いクリスマスツリーなど 何の感動も与えない。

 デパートやショッピングセンターの中も 買い物に精出しているのは 外国人ばかりで
 それもアラブからの観光客が目立つ。
 アラブの石油成金は 今でも健在のようだ。
 近頃では 欧米人の観光客より 余程 多い。
 バンコクの中でも人気のあるMBKセンターの中も 割引セールに余念がないが、
 歩き回っているのは 外国人ばかりで 地元のタイ人たちの購買力に 翳りが生じて
 来ているようで 白々とした雰囲気だ。
 12月15日を過ぎたというのに クリスマスソングも賑やかには鳴り響いていない。

 日本はどうなのだろう。
 こんな不況の中でも 空騒ぎをしているのだろうか。
 ニュースでは 天皇陛下と中国要人との会見に絡んで マスコミが 誰に頼まれたか
 わからないが 大騒ぎをしている。
 タイにいるときは インターネットから日本のニュースを読むことになるが 大半の
 マスコミが 一方方向の報道ばかりをするので どこに真実があるのか 判断する
 ことが難しい。

 そんなときに 眼を通す三つのホームページのサイトがある。

  阿修羅♪
  http://www.asyura2.com/index.html

  THE JOURNAL
  http://www.the-journal.jp/index.php

  晴耕雨読
  http://sun.ap.teacup.com/souun/

 偏向した大手マスコミやテレビ報道に対する良識的な批判の眼が感じられるサイトで
 ある。
 マスコミに テーゼとアンチテーゼが失われた今の日本の社会では こうしたサイトが
 アンチテーゼの役割を果たし、物事を正しく判断する機会を与えてくれる。
 過渡期の今の日本で 国民が 今の状況を正しく判断することが出来ないならば、
 これほど危険なことはないだろう。
 国のことを一体誰が真剣に考えているのか それを見抜くことが出来なければ、亡国に
 至るだけである。
 今の日本の悲惨な現状が どこから生まれたのか 真剣に見極めようとしなければ、
 第二次世界大戦の敗戦の不幸を再び味わうことになる。



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徒然なるままに | 18:06:12 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 温もりのある風景‐03
バンコク 温もりのある風景‐03 1

バンコク 温もりのある風景‐03 2

バンコク 温もりのある風景‐03 3

バンコク 温もりのある風景‐03 4

バンコク 温もりのある風景‐03 5

バンコク 温もりのある風景‐03 6

バンコク 温もりのある風景‐03 7

バンコク 温もりのある風景‐03 8

 朝を迎えた市場の中や市場の周辺を歩き回っていると 市場で売られている朝食の
 ための食べ物のことが気になってくる。
 朝からぶっ掛けご飯(白いご飯の上におかずを載せたもの、載せる品数によって
 値段が違う)は食べる気にはならない。
 食べるとしたら 麺類かお粥に限る。
 昔と違って 胃袋はもう若くはない。

 市場の一番賑やかな場所に 昔風の食堂があり、その一角に麺類の店がある。
 あっさりスープの麺の店だ。
 中に入れる具は 海産物の練り物である。
 いわゆる中華風な麺の店だ。
 タイにやって来た旅行者はこうした麺を食べて タイ料理は美味しいというが、
 これは どちらかというと中華料理である。
 タイ風な麺といえば、クイティオ・ルア・ナムトッグ(アユタヤ風)かカーオ・ラーオ
 (イサン・ラオス風)の麺である。
 それ以外の麺類の店の大半は中華風味付けである。

 朝早く食べる麺なら あっさりスープの海産物の練り物の入った麺がよい。
 中国系のおばさんが 店の中で立ち働いている。
 「センミ―・ナーム(ブーフン入りスープ)」と注文すると ものの2,3分で
 センミ―・ナームを作り上げて、運んでくる。
 タイの麺類の良さは この出来上がりの速さも一つの特徴である。
 薄目のスープに 少しナムプラーを入れると 味が引き締まって美味しくなる。

 朝早い市場巡りでの大きな収穫は チョーク・ムー(豚肉入りお粥)の店を
 見つけたことだ。
 この店の場所では 昼近くなると惣菜が売られており、
 チョーク・ムーは 朝の早い時間だけに売られているようだ。
 ちょっと太めの中国系のおじさんが 商いをしている。
 お粥といえば、チョーク・ムーが1番である。
 豚の内臓各種を 時間をかけて茹で上げたもの、豚のひき肉の肉団子が入っていて、
 栄養満点である。
 昔 中華街のホテルに泊まっていた頃は このチョーク・ムーが 朝の常食だった。
 カラカッダ―・イーシップソン・ロータリーのそばの安ホテル 台北ホテルの脇の
 路地に 朝出る屋台のチョーク・ムーは美味しかった。

 タイにはお粥といっても2種類ある。
 ひとつは カオ・トム、日本のお粥に近いもので ご飯の代わりにおかずと一緒に
 食べるし、エビや魚の切り身を入れて、出汁のついたスープ味で食べるものだ。

 もうひとつは チョークと呼ばれ、白米を潰したものをトロトロにだし汁で煮込んだ
 もので どちらかというと 日本の雑炊に近い。
 中国人の間で人気のあるのは チョークの中でも チョーク・ムーである。
 私もチョークを食べるのなら、この肉団子、臓物入りのチョークを食べたい。

 私が住んでいる近辺で やっとチョーク・ムーを見つけることが出来た。
 朝の散歩の楽しみが一つ増えた。早起きは三文の徳である。



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バンコク風情 | 15:02:55 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 温もりのある風景‐02
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バンコク 温もりのある風景‐02 12

 朝も 6時半を過ぎると 下町の中心である市場に近づくに従って、ざわめきや
 人の生活している息づかいが伝わってくる。
 衣食住を大切にする生活が 人々の姿一つ一つに現れてくる。

 少しずつ人々が動き始めた通りを歩いて 市場の中心へと向かう。
 市場への入口となっている細い路地の手前には 今は使われていない映画館がある。
 一昔前のタイでは 人の集まる市場の近くには 映画館や昔からの伝統的な演劇を
 催す劇場のようなものがあったものである。
 市場は庶民文化の中心的な場所であったのだ。

 映画館脇の細い路地に入っていくと 東北タイ料理を売る屋台が 朝の惣菜を売る
 準備に忙しい。
 路地をどんどん進んでいくと 今度はバンコク風惣菜の屋台でも 人々は忙しく
 立ち働いている。
 その横では顔見知りのおばさんが 炊き上げたご飯を袋に詰めて売っている。
 市場の中は 朝の時間が 1番 活気に溢れている。
 肉屋、魚屋、八百屋、そして惣菜屋 人々は朝の食を求めて 市場へと集まってくる。

 市場の中を抜け、もう1本向こうにある賑やかな市場通りへと向かう。
 この辺りで1番賑やかな通りだ。
 昼間や夕方には見かけることのない僧侶の姿がある。
 下町の人々のサイ・バート(朝ご飯の喜捨)を求めてやって来ているのである。
 人々は僧侶に朝ご飯を喜捨することで徳を積み、来世に望みを託すのである。

 ― 無事成人し、周囲の反対もなく祝福のうちに出家した男子は僧侶となる。
 僧侶は上座部仏教教団サンガに属し、全227条の戒律を守り、ひたすら解脱を
 求めて精進を続けなければならない。
 人々から最高の尊敬を得ているが、その生活は最低だ。
 また最低であらねばならない。
 ゴータマ仏陀の教えによると、世俗の一切を捨てていないものは、出家したとは
 言えない。
 欲得の一切から隔絶されなければ悟りを得ることが不可能だからだ。
 僧侶は乞食(こつじき)となって人の捨てた古布をまとい、托鉢によって食を得、
 雨露をしのぐ程度の宿で休む(眠ってどうなると仏陀は説いている)。
 この苦行から現出する煩悩を逐次断ち切って前進してこそ悟りを得ることが
 できるのだ。

 僧侶の食事は1日二度、午前中にのみ採ることができる(実際は一度の寺院が多い)。
 また、一度出家した僧侶は、一時たりとも僧衣を脱いで一般人の服装をすることは
 許されない。
 街でよく見る頭髪や眉毛のない僧侶風の若者は還俗しているのであって、
 僧侶ではないのだ。

 僧侶は女性に触れてはならないし、触れられてもいけない。
 贅沢をしてはならない。にもかかわらず高級なサングラスをかけている僧侶が
 多いのは、それはたぶん誰かが 「捨てた」 ものなのであろう。
 捨てたものなら、もらっても平気。だから、人々は喜んで僧侶に物を捨て、
 そこから喜捨という言葉が生まれた。 ―

      ~ タイの仏教と宗教概説3 僧侶について
        http://www.jyaaku.com/travel/thai/buddism/buddism03.html

 
 タイの庶民の間では 仏教に対する素朴な信仰がまだ生きている。
 僧侶に対する尊敬の念も まだ失われていない。

 市場には 庶民の文化が集中しているのである。
 庶民の衣食住と精神文化がこの場所に統合されている。
 街が人々の生きる場所としての機能を失っていないのだ。

 今の日本の都市の中では 温かみのある空間、人々の生活文化を暖かく支える場所は
 失われてしまっている。
 夜明けとともに 人々の生活が始まり、人々の生活する息づかいやざわめきを
 共有出来る場所は なくなってしまった。
 そして、共存しているという実感も失われてしまったのである。
 人々は孤立し、ますます孤独になっていくのである。


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バンコク風情 | 10:58:51 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 温もりのある風景‐01
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 この頃は 抗生物質や鎮痛剤などの薬を飲んでいるせいか、薬を飲むと眠くなり、
 変な時間に寝ることが多くなり、やたら朝早く眼が覚めてしまう。
 今朝もそうだった。
 朝5時に眼を覚ますが、ベランダから外の景色を眺めてみても 街は まだ夜の
 帳の中にある。

 折角 起き出したのだからと思い、5時半には部屋を出て 暗闇の残る街の中を
 歩いてみることした。
 マンションの前の通りは まだ薄暗く 人の姿はまばらである。
 今日は日曜日のせいか この通りに出る屋台の大半は休みであり、屋台の準備をする
 人の姿もない。
 この通りで働いているのは 氷屋だけだ。
 夜のうちに工場から運び込んでいた四角い氷を小さく砕いて、ビニールのズタ袋に
 詰めている。
 それを氷の必要な各店に運んで商売をするのである。

 少し 歩いていくと 知り合いのタクシーの運転手と顔を合わせる。
 この界隈を縄張りにしているタクシーの運転手で 彼らのタクシーを使うと
 高く吹っかけてくるところがある。
 外国人旅行者慣れしているのである。
 自分の部屋からやってきたばかりらしい。

 大通りに出ると 朝の商いの準備に勤しむ人たちの姿が 薄明かりの中に浮かんでくる。
 あと1時間もすれば 商いの始まりである。

 まだ薄暗い街の中を 一際目立つようにオレンジ色の布をまとった僧侶がやってくる。
 サイ・バートの始まる時間がやって来たのである。
 それぞれの僧侶には それぞれの決まった道順があるらしく 見知った家々を立ち
 寄りながら 喜捨を受けるのである。

 その僧侶のあとを追うように私も歩を進めていく。
 僧侶は市場のほうへ 私はセンセーブ運河の岸辺へと降りてゆく。

 センセーブ運河を走る水上バスが 走り始めるのは 午前6時過ぎからのようだ。
 運河わきの屋台では 朝の惣菜と飲み物の用意万端で やって来るひとを待っている。
 水上バスの停る桟橋の人影も少なく、運河を点検するバンコク都庁の高速艇が 
 勢いよく通り過ぎて行った。

 辺りはすっかり明るくなり、商いをする人々の営みも ゆっくりと始まっていく。
 まだやって来る客の姿はない。
 いよいよ 朝の活動の始まりである。


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バンコク風情 | 13:39:07 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 朝・昼・晩
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 タイには 大まかにいって三つの季節がある。
 ナー・ローン(夏 暑い時期) ナー・フォン(雨期 雨の時期) ナー・ナーオ
 (冬 寒い時期)の三つに分かれる。
 ナー・ローン(夏)、ナー・ファン(雨期)は まさに言葉通りの季節であるが、
 ナー・ナーオ(冬)というのは 日本の冬のイメージとは遠く、冬といっても
 バンコクでは ナー・ローン(夏)より幾分涼しいかなと思える程度で、暑い日など 
 夏と変わりはない。

 11月後半にバンコクに到着したときは バンコクでもずいぶん涼しくなっており、
 これで少しは快適な季節が到来し、バンコクの暑さに悩まされることもないと
 思っていたら、このところ どういうわけか 暑さがぶり返し、日中など あまり 
 外を歩き回る気にもなれない。
 それでも 雨期の蒸し暑さに比べると 空気も乾燥していて、皮膚にまとまりつく
 ような不快さはない。

 今日も 朝早く起きだし、ベランダから外を眺めると 街はまだ闇の中にある。 
 朝6時前に部屋を出て センセーブ運河の向こう側の地域を散策する。
 大通りでは 行き交う車の数も少なく、あたり一面には 夜の闇が佇んでいる。

 6時半を過ぎると やっと朝の気配が漂い始め、気持ちの良い爽やかな大気の
 向こう側に タイで1番高いビル バイヨクⅡが その姿をのぞかせている。

 昼近くなると 陽の光は 冬の時期になったにも関わらず、夏場の陽の強さを
 取り戻している。
 私の住んでいる部屋では 午後3時を過ぎると 西日が射してきて、
 部屋は灼熱地獄と化す。
 いつものこの季節には 部屋を逃げ出し、バンコク市内を散策するのであるが、
 体調がまだ本格的ではないので 昼寝の時間になる。

 夕方になって目を覚ますと 陽は西に傾き、ビルの向こうには夕焼け空が広がる。
 暑さは まだ部屋にこもっているけれど、暑い時間は過ぎ去っていった。
 南国特有の夕焼け空の色のプリズムを楽しんでいる。

 夕焼けが終り 街が闇に覆われ始めると 街はそのイルミネーションによって
 蘇ってくる。
 本来 タイの文化とは無縁のはずのクリスマスのイルミネーションが 街には
 あふれ、底の浅い文化をまき散らしているだけだ。
 キリスト教に興味を持っているタイ人など どれだけいるのだろう。
 クリスマスは 消費の象徴でしかない。

 12月は タイ国王の生誕の月、誕生日は12月5日であるが、その祝いの行事は
 まだ終わらず、夜8時を過ぎると 暗い夜空に 花火が打ち上がる。

 これが12月 ナー・ナーオ(寒い季節)の1日の姿である。
 寒いのも嫌だが、季節の変化に減り張りのないのも 緊張感が生まれず、
 困ったものだ。
 こんな状態の中で 2009年から2010年へと 年は移っていくのだ。



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徒然なるままに | 21:43:46 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 炭火と卵
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バンコク 炭火と卵 5

 20年以上前 タイの田舎に行くと 炊事のための燃料には 炭火を利用している
 ことが当たり前のことだった。

 50年以上前の日本の田舎だってそうだった。
 私の家も農家だったので 幼児期の頃を思い出すと、台所にはかまどがあり、
 煮物や魚を焼くのには 七輪を使っていた。
 その後 プロパンガスが使われるようになると 餅つきなどの際 餅米を蒸すと
 いった特別な場合を除いては かまども七輪も利用されることはなくなった。

 タイでも 都市では プロパンガスが普及し、屋台などの炊事を見ても、
 煮物や炒め物はプロパンガスを使い、肉や魚を焼くのには 今でも 炭火が主に
 使われている。
 炭火を使って、肉や魚を焼いた方が美味しいという理由からだが、昔はプロパンガスを
 使うと 食べ物がガスで臭くなるという人もいた。

 朝早く 市場周辺を歩いていると 路地裏では 炭火を使って 屋台で売る食べ物の
 仕込みをしている人の姿をよく見かける。
 こういう人々の姿を見ると 自分の幼年時代を思い出すようで 懐かしくなる。
 炭火の上で 魚や肉を焼いているのを見ると それだけでも美味しそうに見えてくる。
 田舎からやって来た人々は 炭火が食べ物の味を引き出すことを知っており、
 プロパンガスという便利な燃料があっても、炭火を捨てることは出来ないのである。

 昔ながらの集落の中にある雑貨屋の店先には 必ず ビニールの袋に詰めた炭を積んで
 売っている。
 そんな店に 朝1番で炭を積んだトラックがやって来て 必要な量だけ置いていく。

 大都会バンコクでも マンションやアパートに住めば、炭火やガスの使えないところは
 多い。
 使えるのは 電気コンロか電子レンジ これでは 食材の味を十分に引き出しながら
 料理をすることは出来ない。
 安全性を優先するあまり、逆に不便で 不味い食生活を押し付けられることになる。
 モダンライフとは 不味い食生活を意味するのだろう。

 古い昔ながらの集落の中を歩いていると 炭と卵だけを売っている店があった。
 昔のタイの田舎町に行くと 玉子だけを売っている店も多かった。
 昔のタイでも日本でも 卵は貴重品だったに違いない。
 七輪に火を起こし、フライパンに油をたらし、強火でタイ風オムレツ(カイ・チアオ)を
 作り、ご飯の上にかけ、ナム・プラーかシイユ・カーオをかけて食べるのは 
 タイの子供たちの好物の定番だったはずだ。
 子供に1バーツを持たせ、卵を買いに行かせ、それで昼ごはんを作ってやる。
 それは 田舎では小さな贅沢だったのだ。
 
 20年前の卵の値段は 1個1バーツだったが 今では スーパーに行けば、
 1個4バーツ、特別の卵であれば 5バーツもする。
 この卵専門店の卵の値段は 1個3バーツ以下である。
 それでも昔の3倍の値段だ。
 20年前に 1個4円だった卵が 今は8円である。

 タイ人にとっても 外国人にとっても 物価高は 悩みの種だ。
 それでも この大都会バンコクで 飢え死にしたという話は 聞かないから、
 物価高も許容範囲の中にあるのだろう。
 デフレの日本のほうが 余程 怖い世界なのかもしれない。
 タイ人から見れば 豊かだと思われている日本のほうが 
 遥かに過酷な世界になってきている。



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バンコク風情 | 13:35:54 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 夜の買い物
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バンコク 夜の買い物 6

 私の住んでいるところは 面白い場所にあって、マンションのすぐ後ろに流れる
 センセーブ運河を超えれば、昔ながらのバンコクの情緒が残る下町が広がり、
 その反対方向にあるMBKセンター(マーブンクロン)に向かえば、バンコク有数の
 消費地域に向かうことになる。
 私の住んでいるところからは この一大消費センターへ向かうほうが 距離的には
 近い。

 最近 気がついたのであるが MBKセンターの1階にあるスーパーマーケットの
 チェーン店 TOPS(トップス)では 夜9時近くなると 惣菜やパンが半額近くになる。
 トップスでは 以前も惣菜は9時近くなると惣菜類は 半額近くになっていたのだが、
 1年以上前に 新装開店してから、以前の惣菜売り場が姿を消し、スーパーも高級品
 志向になったことから、あまり顔を出すこともなくなっていた。
 この前、たまたま このスーパーにやってきたときに スーパーの正面のすぐ外に
 移っていたことを知った。

 今日は 惣菜とパンを求めて このスーパー トップスに行くことにした。
 マンションから外の路地に出ると 午後8時を過ぎると すっかり薄暗くなっている。
 その路地の片隅では 東北タイからやって来ている夫婦が 2台の荷車を並べて、
 今日最後の商いに精を出している。
 街の中を売り歩いて、午後7時半を過ぎると この場所で1日の最後の商いをして、
 家に帰っていくようだ。
 私がMBKセンターに夜の買い物にいく時は いつも午後8時半近くなってからなので
 帰りに果物でも買おうと思うが 買い物を済ませて帰ってきたときには 
 いつもいなくなっている。 

 彼らの前を通り過ぎ、大通りに向かって行くと いつも馴染みの東北タイ料理の屋台が
 後片付けをしている。
 朝の市場での仕入れが午前5時というから 店仕舞いまでの時間を計算すると、
 16時間働いていることになる。
 店の準備に4時間以上、その後は商いと後片付けに12時間という重労働だ。
 よく頑張っているなと感心しながら 彼らの脇を通り過ぎて 大通りに出る。

 大通りに出ると 歩道の両脇に衣料品や小物を売っている露店が並んでいる。
 夜9時までこの場所で商いをし、9時過ぎると 人通りの多いBTS高架鉄道の
 国立競技場駅の入り口に移動して、本格的な商いを始めるのである。

 今日はMBKセンターの東急デパートの1階入り口前では タイボクシングが
 興行されている。
 観光シーズンの始まりにあわせての催しなのだろう。

 9時近くなったので 大急ぎで MBKセンター1階にあるスーパー トップスへと
 向かう。
 目当ては惣菜屋とパン屋である。
 安売りの時間に合わせて タイ人たちも買い物にやって来ている。
 私のお仲間さんたちである。
 惣菜売り場では サンドウィッチ、弁当、寿司、パック入りの惣菜が安売りになる。
 品物によって 安売りの割合が違う。 
 サンドウィッチや寿司、弁当は 大体3割引だ。
 すぐ近くのパン屋は 半額になる。
 パンは 日本のものに近い。
 定価で買えば、20バーツから30バーツ、その半額だから 10バーツから
 20バーツ、日本の半額セールの半分位の値段だ。

 その安売り商品の近くには 輸入品の高級果物が並んでいる。
 キューイ、桃、杏、ブドウなど すべてタイでは 栽培出来ないものだ。
 こういうものが並ぶようになって、トップスは少し入りにくくなった。
 以前はもっと庶民的な雰囲気のスーパーだったのだが、中産階級相手のスーパーへと
 様変わりをしてしまった。
 いわゆる庶民たちは 少し歩くことになるが 大型スーパー ロータスへ行くことに
 なっている。
 人は 自分の生活レベルに合った雰囲気の店を探すものである。
 このMBKセンターの中のスーパーにやって来るには やはり普段着をいうわけには
 行かない。
 私もたまにはここで惣菜やパンを買うのもいいが、居心地は良くない。
 自分の生活レベルに合った場所が 1番落ち着くし、心も安定する。


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徒然なるままに | 15:23:32 | Trackback(0) | Comments(0)
アジアの街角 1枚の写真から‐76 路地裏の屋台のラーメン屋
アジアの街角 1枚の写真から‐76 路地裏の屋台のラーメン屋

 バンコクにやって来ると 気が向けば 朝飯、昼飯替わりに食べることにしている
 屋台のラーメン屋がある。
 私が住んでいるマンションのすぐ前の通りの真ん中あたりに位置し、
 目の前は中級ホテルのレノホテル、屋台の後ろには日産自動車の大きな営業所がある。

 別段 取り立てて美味しいラーメン屋ではないが、余計な味付けをしていないので
 ナムプラーや酢を加えて 適当に 自分好みに味付けするには都合がよい。
 注文するものは バーミー・ヘーン(汁なしラーメン)で 年がら年中代わり映え
 しない注文だ。。
 タイの麺類は 量が日本の半分くらいで 食べた気がしないので ラーメン玉を
 余分に入れてもらうと 1杯25バーツのラーメンが 30バーツになる。

 私がこの場所に住み始めてから もう10年以上になるが 屋台の所有者も 
 今の所有者で三代目になる。
 東北タイのカンボジア国境に近いブリラムという県からやってきている言葉少ない
 おばさんで この屋台を引き継いで3年近くなるはずだ。

 この路地の中間にあるこの屋台のテーブルの前に座り込んで ラーメンを食べていると
 外国人旅行者や地元の人間たちの姿を眺めるには絶好の機会になる。
 こんな場所を見つけ、人々の姿を眺め、その変わりゆく様を眺めるのも 異国での
 生活の楽しみかもしれない。

 麺類というのは 欧米人旅行者には 馴染みのないせいか、この屋台で麺類を
 すすっている欧米人旅行者を見かけることは少ない。
 旅行者相手というより、近所に住む住民や日産自動車に勤めるタイ人従業員、
 目の前のレノホテルに従業員などが座り込んでいることが多い。

 今朝も午前9時過ぎに この屋台でいつもながらの汁なしラーメンを食べていると
 珍しくアベックの30過ぎの外国人旅行者がやってきた。
 話をすると フランス人でスペインに近い南フランスからやって来ている。
 「コマンタレブー」と声をかけると「トレビアン」と返ってくる。
 抵抗なく スープに入ったビーフンを食べている。

 色々 話をしようと思っていると 先程から屋台の前の通りをうろうろしていた
 60歳前後のアジア系の旅行者が声をかけてきた。
 見た目には 日本人なのか韓国人なのか わからなかったけれど、日本人だった。
 中国から北ラオス、そして北タイへ入り、そしてバンコクにやって来たという。
 定年退職か早期退職をして アジア旅行にやって来たらしい。
 長年の夢であった長期海外旅行がかない、今が1番楽しい時なのかもしれない。
 自分の旅の形は 自分で作り上げていくより仕方がないし、それは人それぞれの
 人柄に大きく影響されるものだから、訊かれたことだけに答えることにした。
 屋台の椅子に座り込んで 何も注文しないで 話に夢中になる人間は 私が生きている
 世界の人間とは別の人種である。
 旅の常識は その人間の常識の中にある。
 それは無頓着というものとは別のもので 人間に対する優しさの問題だろう。
 自分に対する興味や関心しかを持つことが出来ない人間は 他人に対する優しさを
 育てることは出来ない。
 ここ20年の日本の流れは そんな人間をどんどん作り出してきたのではと思う。
 長期滞在、長期旅行 アジアは一見近づいてきているようで、本当は どんどん
 遠ざかっているのかもしれない。

 この屋台のテーブルの前に座り込み、行き交う人を眺める。
 タイ人、中国人、韓国人、日本人 そして欧米人、中級のゲストハウスの多い
 この通りには タイの土着な雰囲気はなく、来ては流れてゆく旅行者の姿があるだけだ。


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アジアの街角 1枚の写真から | 10:35:33 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 日本を離れて 早2週間
バンコク 日本を離れて 早2週間 1

バンコク 日本を離れて 早2週間 2

 日本を出てから 2週間が流れてしまった。
 バンコクにやってくれば、体調もすぐに回復するだろうと思っていたら、意外と
 時間がかかり、医者にかかったり、薬を飲んでいたりで 本格的な体力回復には
 もうしばらくの状態だ。

 咳は一時期に比べると 落ち着いてきたが 脇腹の肋骨の痛みがまだ残っている。
 どうも長引く咳から 肋骨が疲労骨折かひびが入ってしまったようだ。
 痛む肋骨部分を固定した方がいいらしいので そんな器具があるかと近所の薬屋を
 回ってみたが、日本と違ってそんな便利な器具は見つからない。
 仕方が無いので 薬屋に置いてあるゴム付きのテープを買ってきた。
 幅15センチ長さ150センチのゴムテープで 薬屋で 38バーツ(約百円)で
 売られているもので 一つだけでは十分ではないので 二つのゴムテープを縫い
 合わせて使うことにした。

 これを痛む肋骨部分に巻き付けると 確かに咳をした時の痛みは半減するが、
 いくら乾期に入って涼しくなったバンコクとはいえ、こんなものを胸の周りに
 巻いていると汗を書き、汗疹にでもなりそうである。
 咳で肋骨が疲労骨折するなど 自分にはありえないだろうと思っていたが、
 脇腹の肋骨部分の痛みの原因がわかって ほっとしているところもある。
 鬱陶しいので1日中巻いているわけには行かないので 咳が激しく出そうなときには
 使うようにしていたが、それでも2,3日 使っていると 痛みが少しずつ収まって
 きているような気もする。

 こんな状態だから あまり遠出をすることもせず、近所を散策することや部屋に
 いることが多くなる。
 そのために 時間つぶしに インターネットを使って 日本のニュースを読むことが
 多くなるが、相変わらずの日本のニュース報道のひどさには 驚いてしまう。
 国民と真実を共有しようと姿勢はどこにも感じられず、一体 誰のためのニュース
 報道かとあきれ果ててしまう。

 インターネットのMSNのホームページの産経新聞のニュース報道など ひどいもので
 捏造記事のオンパレードには眼を疑う。

 そんな思いに駆られながら、様々のブログの記事を読んでいるとこんな記事があった。


    *** マスコミという売国奴勢力 ***
    http://ameblo.jp/aobadai0301/entry-10405382199.html

 もちろん全てのマスコミがそうだとは言わない。
 しかし、あまりにも最近、目に余るものがある。
 読売、日経、フジサンケイといったメディアコングロマリットにいたっては、
 いったいどこの国のメディアかと問いたい、ところである。
 日本の戦後史の闇の大元は、米ソ冷戦が激化するなかで、自主独立路線を強めつつ
 あった日本に対し、岸信介(首相)、正力松太郎(読売新聞社主)、児玉誉士夫
 (右翼の大物)ら元A級戦犯らをCIAのエージェントとして取り込み、アメリカに
 よる間接統治の仕組みを実現したことにある。

 また、日本の場合は、自衛隊があるとはいえ、アメリカ軍の半占領を黙認してきた
 わけだから、一人前の国とは世界からも認めてこられなかった。
 間接統治の仕組みが根深いものであるがゆえ、冷戦終結後、主権を完全回復した
 ドイツと比べても、日本は引き続き半属国の立場に置かれ続けた。
 90年代以降の年次改革要望書に示されたアメリカの内政干渉も引き受けつづけざるを
 得ず、アメリカへの売国奴政策は、イラク戦争の戦費調達に60兆円のアメリカ国債を
 買い、郵貯マネーをハゲ鷹外資に献じようとした小泉・竹中政権で、愚の頂点に達した。
 そしてこれらの売国奴政策は、おそらく引き続きCIAの影響下にあると思われる
 日本のマスコミが煽りつづけた結果である。
 2000年代以降のマスコミは何をやったか。グローバル化の美名の下に、アメリカを
 利するための会社法改正など日本の法改正を煽りつづけ、郵政民営化だの、昨年は
 インド洋給油問題を煽るだの、一貫して、アメリカのためのマスコミでありつづけた
 ではないか。
 イラク戦争に反対したマスコミなんて、はたしてあったのか。

 そして今回の普天間基地の移転問題である。日本の民意は先の衆議院選挙で
 はっきりと示されたにもかかわらず、アメリカが望む辺野古沖への移転をことさら煽る。
 さらにはそれが実現できないと、普天間へのアメリカ駐留の固定化だぞ、と煽る。
 ちょっと待てと言いたい。
 いったい沖縄はどこの国の領土で、あなたたちはどこの国のメディアなのかと。
 マスコミは毎年、お盆の季節になると、太平洋戦争での沖縄県民の悲劇はと
 偽善たらしく騒ぐわけだが、本心から沖縄の悲劇に同情するなら、なぜに、
 今回の普天間基地の移転をグアムに移転すべきだと主張できないのか。
 マスコミはずるいもので、普天間基地の移転問題も、アメリカの立場からも、
 社民党の立場からも騒ぎ立てて揺さぶって、結局、首相のリーダーシップがないと
 国民へのネガティブキャンペーンに必死である。
 だが、それでCIAや、既得権益勢力からすれば満足かもしれないが、
 日本国のために、あなたたちのやっていることはどうなのだと問いたい。
 確かに、鳩山首相は、複雑な状況を 言葉を選んで慎重に対応しているため、
 明確な方針は打ち出しにくい。
 だが、外交においては、アジア外交を冷却させ、拉致問題も膠着させた小泉政権の
 悪例のように、表向きに発言をギリギリまで避けたほうがいい場合もある。
 いずれにしてもこの問題は、日本が自前の防衛力を法律的にもきちんと持たない
 ためにおこる問題ではある。
 政権交代してなお、自国の主権に関わる問題で、妥協をつづける我が国の現実を、
 われわれは現実として見つめ、子どもたちの将来のためにも、アメリカからの本当の
 独立とは何かを、考えなければならない。
                             ~ Aobadai Lifeより

 
 テレビも新聞も とにかくひどい有様である。
 様々のメディアがあって、議論を重ねるというのであればわかるが、
 一方的な報道だけでは 真実を見極めることは出来ない。
 読み手に真実を伝えることで お金を得ている報道機関が その役目を果たさないなら
 それはまさに詐欺行為である。
 売国奴といってもよいくらいである。

 田中良紹:普天間問題から見える日本
 http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/12/post_200.html

 偏向解説者田崎史郎氏起用の報道ステーション
 http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-4b49.html
                     ~ 植草一秀の『知られざる真実』より


 真実がどこにあるかを探ろうとすれば 良質の良心的な記事を探すより方法はない。
 今ほど 国を愛することの意味が問われている時代はない。



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徒然なるままに | 09:45:41 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 朝の市場通りの風景
バンコク 朝の市場通りの風景 1

バンコク 朝の市場通りの風景 2

バンコク 朝の市場通りの風景 3

バンコク 朝の市場通りの風景 4

バンコク 朝の市場通りの風景 5

バンコク 朝の市場通りの風景 6

バンコク 朝の市場通りの風景 7

バンコク 朝の市場通りの風景 8

バンコク 朝の市場通りの風景 9

 昨日の朝は センセーブ運河の向こう岸のイスラム教徒 チャム族の集落 
 バーン・クルアを散策したが、今朝は その集落の向う側にある昔ながらの
 市場を散策することに決めた。
 午前7時過ぎに部屋を出て サファン・フアチャン(象の頭橋)を超え、
 日本人の間でも名の売れているアジアホテルの方へ向かって歩く。

 路上では 道行く人々のため朝食用の食べ物の屋台が 立ち並んでいる。
 ナーム・トーフー(豆乳)やコーヒー、トーストなども売られている。
 アジアホテルを左に曲がると 市場の方へと向かう。
 市場へと向かうこの通りでも 朝ご飯のための屋台が立ち並んでいる。
 蒸したもち米を 餅のように丸くして、卵を塗って 焼きおにぎりを焼く要領で
 焼いている。
 ボールのように丸くして焼いているのは 裏ごしをした芋である。

 少し先まで行くと 如何にも東北タイからやって来たおばさんが 昔ながらの形で
 丸い餅米や卵、バナナの皮に包んだ惣菜を網の上に載せて焼いている。
 竿と二つのかごさえあれば まだまだ商いが成り立つバンコクである。
 つまらない法律ばかりを作って 人々の生活を規制ばかりしている日本とは
 大違いである。

 先に向かって歩いていくと 中国式の揚げパンを売っている屋台がある。
 昔からの中国式の朝食だ。これに豆乳を組み合わせれば 朝食になる。
 この辺1帯の通りには 東北タイからの出稼ぎ労働者のための屋台も多い。
 建築現場で肉体労働を仕事とする彼らにとっては 腹持ちのいい餅米が 
 朝から常食である。
 そのための惣菜を売る屋台がたくさん並んでいる。
 私にとっては 朝から餅米と辛いイサン料理には手が出ない。
 食べるとしたら 麺類かお粥ぐらいがちょうどいい。

 そう思っていたら、都合のいいことにお粥の屋台があった。
 集落 バーン・クルアに住むイスラム教徒 チャム族のお粥の店である。
 イスラム教徒だから お粥に入れる具は鶏か魚である。
 チョーク・カイ(鶏肉入りお粥)を頼む。
 鶏肉の各種臓物、皮付きの骨などが具である。
 それに春雨の揚げ物と半湯での卵をいれて 25バーツだ。
 持って帰ると冷めてしまうので 此処で食べることにした。

 朝の腹ごしらえを済ませ、市場の中へ入っていく。
 市場の中でも 朝用の惣菜が 到るところで売られている。
 中央タイの人であれば、いわゆるぶっ掛けご飯、ご飯の上におかずを載せてもらって
 食べるやり方である。
 載せてもらうおかずの種類の数によって値段が変わる。
 こういうぶっ掛けご飯もよほどお腹が空いていない限りは 朝からは御免である。
 タイ風のおかずには 油がたっぷり使われているからだ。

 市場の中を歩いていると 富有柿を売っていた。
 2個で35バーツ 約百円である。
 タイで見かける甘柿の大半は中国産の次郎柿の類で 熟れていない輸入されてくるから、
 黄色く色が変わっても甘みがない。
 この富有柿は 韓国産だという。見た目には美味しそうだ。
 そう思って 試しに買ってみた。
 味見をしてみたが 確かに中国産のものに比べると 確かに甘い。

 市場を抜け、この辺で一番賑やかな市場通りに出る。
 ここも朝ご飯用の食べ物で一杯だ。
 食べ物が 普通にあふれ、その上安いのを眺めていると、これが人間の当たり前の
 生活だと思われてくる。

 東北タイからやって来た行商の人たちも 朝の賑やかな市場にやってきて、
 ひと商売をして、又、街中に出ていき、夕方近くになると 再び市場に戻ってきて、
 残り物を安く売りさばく。

 茹でたとうもろこしを売っていた若者は 東北タイのウドンからやってきていた。
 行商や屋台の人たちは ウドン、カラシン、ロイエット、スーリン、ブリラムなどの
 東北タイ出身者が大半である。
 出稼ぎの肉体労働者として東北タイ出身者が バンコクの人口の多くを占めるように
 なり、イサン料理の屋台が 商売として十分に成り立つようになっているのである。
 そして、値段も安いから 庶民にとっては救いになっている。
 身体を使うことを厭わないのは 東北タイ出身者の美徳である。
 今のタイの良心は こうした東北タイ出身者によって支えられているのかもしれない。



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バンコク 食べ物 | 13:22:51 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 集落 バーン・クルアの朝
バンコク 集落 バーン・クルアの朝 1

バンコク 集落 バーン・クルアの朝 2

バンコク 集落 バーン・クルアの朝 3

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バンコク 集落 バーン・クルアの朝 5

バンコク 集落 バーン・クルアの朝 6

バンコク 集落 バーン・クルアの朝 7

バンコク 集落 バーン・クルアの朝 8

バンコク 集落 バーン・クルアの朝 9

バンコク 集落 バーン・クルアの朝 10

バンコク 集落 バーン・クルアの朝 11

バンコク 集落 バーン・クルアの朝 12

 朝6時過ぎに眼を覚ましたので まだ気温の上がらないセンセーブ運河沿いを歩いて、
 イスラム教徒の集落 バーン・クルアの朝の様子を眺めに散歩に出ることにした。
 サファン・フアチャン(象の頭橋)の上から センセーブ運河を走る水上バスの
 船乗り場に目を向けると 朝の早い時間、通勤時間にはまだ早く 桟橋には 
 人の姿はない。

 運河の遊歩道に降り立ち、運河に沿って歩き始める。
 いつも開けっ広げにしている木造の古い家を右折して モスクに向かう路地に
 入っていく。
 出会った人と朝の挨拶を交わしながら、路地裏の中を歩いて バーン・クルア・ヌア
 (北バーン・クルア)の端っこにある惣菜屋が集まっている一角へと向かう。
 集落の中のイスラム教徒の家に間借りをしている東北タイ イサン地方からやって
 きている若者や出稼ぎの人たちが この場所にやって来て 朝の食事に向かっている。
 惣菜屋の前では 惣菜を売っている女性が 一人の僧侶のために惣菜を サイ・バート
 している。
 毎日のことなのだろう。
 バンコクの古い集落では まだ こうした習慣が残っている。
 この辺りはイスラム教徒の居住区で 仏教寺院はなく、1キロほど先にある寺から
 やって来るのだろう。
 朝早く 散歩をすることは しばらくなかったので 久しぶりのサイ・バートの情景に
 新鮮な思いがした。

 再び 迷路のような路地裏を抜けて、センセーブ運河へと向かう。
 センセーブ運河の向こう岸にバーン・クルア・タイ(南バーン・クルア)という名の
 水上バス乗り場である。
 そろそろ 7時半近く、仕事に出掛ける人の姿が桟橋の上に佇み始めている。

 この桟橋の対岸地区は バーン・クルアの西地区に当たる。
 今日は 12月5日の国王誕生日が土曜日だったので 12月7日の今日は 
 代替え休日になっており、子供たちも学校が休みで 朝の慌ただしい雰囲気はない。
 路地裏に住む人々ものんびりと座り込んでいる。
 忙しいのは朝の惣菜を売る人たちと 昼食用の惣菜の準備をしている人たちだけだ。

 その朝食用の惣菜 チョーク(お粥)を売っている家がある。
 この家、昼間は 手作りのお菓子やまんじゅうを売っているのは知っていたが、
 朝は お粥を売っているとは知らなかった。
 この地区 バーン・クルアはイスラム教徒の集落なので 豚肉を使った料理はなく、
 牛肉か鶏肉である。
 お粥の味付けも中国風というよりも イスラム風の濃い味付けである。
 チョーク(お粥)は 中国風の豚肉団子や豚の内臓を入れたものが美味であるが、
 私の住んでいる辺りには 残念ながら 豚肉主体のチョークはない。

 折角 見つけたお粥だったので 朝ご飯用に チョーク・サイ・カイ(鶏肉入り
 お粥)を注文して ビニールの袋に入れてもらって 持って帰ることにした。
 帰り道に 象の頭橋の下で惣菜を売っている馴染みのおばさんのところで 
 ラープ・ムー(豚肉のイサン風和え物)を買い、お粥の副食にすることにした。


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バンコク 運河の辺の街 | 15:25:28 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 日曜日の午後
バンコク 日曜日の午後 1

バンコク 日曜日の午後 2

バンコク 日曜日の午後 3

バンコク 日曜日の午後 4

 午後3時を過ぎると 開け放したベランダのドアから 西日が差し込み始める。
 冬場のバンコクのほうが 私の住んでいる部屋は 夏場より熱いくらいである。
 その西日を避けるために インドで買ったマディアプラデェッシュのブロック・
 プリントのベッドカバーで暖簾を作ってみたが 長さが十分でなかったせいで
 暖簾の下から容赦なく西日が入り込んでくる。

 こんな時には 部屋の中にいても茹だるだけなので 買い物がてらに外に散歩に
 出掛ける。
 今日は久し振りに センセーブ運河沿いの遊歩道を イスラム教徒の住む集落
 バーン・クルアに向かって歩いてみることにした。
 サファン・フアチャン(象の頭橋)を超え、その途中にある階段を降りて、
 センセーブ運河の遊歩道へ向かう。
 遊歩道に降り立つと 目の前に水上バス乗り場になっている桟橋があり、水上バスを
 待つ人達が 桟橋の上に立っている。
 今日は日曜日のせいか 待つ人の数は少なく、待つ人々の様子もゆったりしている。

 2,3ヶ月前は 雨期開け前で チャオプラヤ川の水位が上がり、川の水が運河に
 向かって逆流してきて 洪水をもたらすので 運河の水門は閉じられ、流れ出る汚水で
 運河の水は すっかり薄汚れていたが 乾期に入った現在は 水門が開けられている
 らしく、運河の水も少しはきれいになっている。
 それでもいつもより水位は高く、水上バスがやってくると 運河の水が桟橋に覆い、
 待つ人々は 桟橋から逃げ出している。

 そんな人々の姿を眺めながら、遊歩道を歩いていく。
 途中の小さな公園では 休日の夕方近くの午後を 男の子たちはサッカーを 
 女の子たちはバトミントンを興じている。

 いつも通りの人たちが 運河沿いの遊歩道で 各々の日常の営みを続けている。
 夕餉の惣菜の用意をしている人、近所の人達との会話を楽しんでいる人、家の前で
 何やら修理をしている人、眼が合えば 軽く会釈をして挨拶を交わす。

 体力が十分ではないので カメラを向ける気力が湧いてこない。
 集落の雰囲気に溶け込むことで精一杯だ。
 眺めること、観察すること、関心を持つことにも気力が必要なことがよく分かる。

 遊歩道沿いに歩いて、大型スーパーマーケットのテスコ・ロータスに向かって歩く。
 集落 バーン・クルアの運河を挟んで向こう側にそのスーパーはある。
 別段、これといって買うものはないが、大安売りの新鮮な魚や果物でもあえば、
 買ってこようと思っていた。
 実際 スーパー ロータスに行ってみると 期待していたものはなく、何も買わずに
 帰ってきてしまった。
 この時期 果物類は安くなっているが、魚は高い。
 鯵や鯖の新鮮なものがあればと思ったが、鯵は値段が高く、鯖は活きが悪かった。
 活きが良ければ 味噌煮にでもしようかと思っていたのだが。

 いつもなら気にならない人の動きが鬱陶しく、バランスよく相手を避けながら、
 上手に動くことが出来ず、人の動きがついていくことが出来ず、
 もどかしい気持ちになる。
 反射神経が 衰えているようだ。

 部屋に帰ると 陽は沈みかけており、西日の心配はなくなっていた。



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バンコク 運河の辺の街 | 20:30:09 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク タイ国王誕生日
バンコク タイ国王誕生日 1

バンコク タイ国王誕生日 2

バンコク タイ国王誕生日 3

バンコク タイ国王誕生日 4

バンコク タイ国王誕生日 5

 12月に入ると 12月5日のタイ国王 ラーマ9世の82歳の誕生日に向けて、
 様々な準備がされるようになる。
 国王の写真がバンコクの街中にあふれ、私が住んでいる近くのMBKセンター横の
 BTS高架鉄道 国立競技場(サナン・キラー)駅の入口前の広場にも 大きな写真が
 飾られ、写真の前には机が置かれ、国王の健康を願い、記帳が出来るようになっている。

 12月4日は国王誕生日の前夜祭ということで 国立競技場では 国王の誕生日を
 祝う催しが行われ、その終りには 花火が打ち上げられていた。

 昨日の12月5日の国王誕生日当日は 私の健康状態がよくないので、1日中 部屋で
 過ごし、戸外で行われている主だった行事を眼にすることはなかったが、私が住んで
 いるマンションでも 国王誕生日のための飾り付けがなされ、 1階の入り口と
 受付には 写真が飾られ、午後7時から1階受付前の国王写真の前で 一緒に
 国王誕生日を祝いましょうと書かれていたが 集まる人はいなかったようだ。
 皆 自分の部屋で 国王誕生日の大きな催しをテレビ中継で見ていたようだ。
 昨年は 民主主義連合による空港占拠による混乱から 国民に向けての演説は
 なされなかったし、今年も健康状態が思わしくないので 短いメッセージを
 伝えただけのようだった。

 午後8時近くなると バンコク市内では 国王誕生日を祝って 一斉には花火が
 打ち上げられる。
 チャオプラヤ川のあるバンコクの西側から多くの花火が打ち上げられる。
 日本の花火大会のように 花火そのものの美しさを楽しむというより、お祝いのための
 花火であるから、1,2発の花火が 連続して打ち上げられるだけで それほど華麗な
 ものではない。
 まあ それでも気になるから 24階建てのビルの屋上に上がり、花火を眺める。

 日本で見た花火といえば 幼い頃に夏祭り(宮島さん)で眺めた花火が思い出される。
 瀬戸内海の海辺で打ち上げられていた花火である。
 かなり盛大な花火大会だったようだ。
 この祭りの花火を見ると 夏の訪れを 子供心にしっかり感じたものだ。
 近頃ではこの祭りで3千発の花火が打ち上げられるというから かなり壮大なものだろう。

 だから バンコクの花火を見ても感動することはないけれど、
 見たい気持ちに変わりはない。
 マンションの住民は あまり花火には興味はないらしく、
 屋上に上がってまで花火を見ようという人間はいなかった。

 屋上に独り佇み、バンコク市街を眺める。
 東の空に目を向けると 少しずつ 欠け始めた月が オレンジ色の装いで 
 その姿を見せている。
 オレンジ色の月は バンコク一高いビル バイヨクⅡの後方にある。
 ビル群の上方に浮かぶ月の姿は 異様な雰囲気を醸し出し、ルーナティック
 (狂っている)という形容がふさわしい。
 狂っているのは バンコクの街そのものなのかもしれない。


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徒然なるままに | 03:09:26 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 下町のクリニック
バンコク 下町のクリニック 1

バンコク 下町のクリニック 2

バンコク 下町のクリニック 3

バンコク 下町のクリニック 4

バンコク 下町のクリニック 5

バンコク 下町のクリニック 6

 一昨日 マッカサン駅周辺からBTS高架鉄道のパヤタイ駅まで歩き回り、
 少しオーバーワークになり、体調を崩し、再び 咳が激しくなり、
 咳き込むたびに右脇腹の肋骨当たりが痛み始めてしまった。
 売薬の咳止めを飲んだが、どうも合わなかったらしく 余計に咳が出てくる有様に
 なった。
 深夜のことだったから、この日は我慢して、翌日の昼過ぎに センセーブ運河の
 向こう側にある下町の市場近くに行き、クリニックを探した。

 市場の通りの入り口に 病気全般の検査をすると看板に書いてあるクリニックに
 行ったが、クリニックが開くのは午後5時過ぎで ここで診察している医者が
 やってくるのは 病院での仕事を終えてからだと クリニックの建物の前にいた
 地元の人に聞いた。
 検査もしてくれるというので 都合がよいと思ったが、午後3時の今では
 待つわけにも行かない。

 それでは仕方が無いので 市場周辺の通りにあるクリニックを探したが 
 大半のクリニックは 夕方からの診察になっており、どこも開いてはいない。
 市場の前の通りをうろうろと歩いたが、どこも開いていないので 路地裏を歩いて
 この通りの1本向こうの大きな通りへと向かった。
 路地裏では 学校から帰ってきた子どもたちが 路地裏を遊び場にして、戯れている。
 バンコクの下町の路地裏の夕時の子どもたちの風物詩である。
 東京の下町の子供たちも かつてはこんな姿だったのだ。

 路地裏を抜けて 市場を挟むもう一本の大通りに出ると 直ぐ目の前にクリニックがあり、
 開業しているようだ。
 ガラス製のドアを開けて、中に入っていくと 3,4人の女性たちがいる。
 診察中であるかと訊くと そうだと答える。
 名前、住所、年齢を言うままに 書き入れて貰うと すぐに血圧を測る。

 それが終わると 医師のいる部屋へと向かうのだが、この時間にいるのは 
 どうも医師一人のようだ。
 診察室は いくつも並んでいるが ここも病院での仕事を終えて、
 医師たちが 夕方過ぎにやってくるのだろう。

 医師のいる部屋に入っていくと 30歳前の若い医師が座り込んでいる。
 病状を伝え、飲んだ薬の種類を伝える。
 ペニシリン系の抗生物質を飲んでいたが あまり効き目が無く、気管支拡張薬を飲むと
 逆に咳が激しくなることを伝える。
 聴診器で 肺の音を確かめるが 別段 異常はないと診断、薬を調合してくれる。
 抗生物質ロキシストロマイシン、抗炎症剤ブレドニゾロン、去痰薬ブロムヘキシン、
 気管支拡張剤サルブタモールの4種類 1週間分をくれる。
 もらった薬については 必ず インターネットでその用途を確かめるようにしている。

 診察代と薬代を含めて 2百バーツ(約550円)である。
 あまりに安くて、耳を疑ってしまった。
 日本で同じ診察で 保険なしで 薬代込みで4千5百円だったから 
 5分の1以下である。
 国民保険だと その3分の1だから、千5百円、それでもタイの方が安い。
 初診料が30バーツというタクシン首相時代のルールがまだ有効なようだ。
 しかし、診察代と1週間の薬代込で2百バーツというのは 1日、2,3百バーツの
 稼ぎで生活している一般庶民にとっては ぎりぎり出せる額だろう。
 バンコクでは 海外旅行保険などと契約している一流市立病院だと 1回の診察と
 薬代で 軽く千バーツを超えてしまう。
 こんな場所は庶民とは無縁の場所である。
 病気になれば、寿命の長さは お金が関係して来るようだ。
 現金収入の少ないタイの村では 病気の治療を受けることも 大きな負担だろう。

 1週間 様子を見て 好転しないようだと 今度は別のクリニックで 本格的な検査を
 してもらうつもりである。

 帰りにサファン・フアチャン(象の頭橋)の上から、センセーブ運河を走る
 水上バス乗り場を眺めると 運河の水かさが上がり、桟橋までやってくる水上バスの勢いで
 水が桟橋の上がってきていた。
 この時期、チャオプラヤ川の水門を開けていて、水位がチャオプラヤ川と同じに
 なっているのかもしれない。
 そんな折、気をつけないと 運河沿いに歩いていると 水上バスの勢いから来る水で
 水浸しになってしまう可能性がある。
 先日など 乗り場の桟橋の上で待っていた人の足元まで水がやってきて、皆 
 逃げ回っていたぐらいだ。

 今のところ、咳は軽くなっているが 無理をして動きまわると 又、ぶり返す恐れが
 ある。
 やはり しばらくは近所の散策程度が限界のようだ。



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バンコク ある風景 | 09:46:19 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク ドル安、円高の中で
バンコク ドル安、円高の中で 1

バンコク ドル安、円高の中で 2

 バンコクなど海外で生活することが長くなると 日本円をバーツに両替する際の
 銀行レートが気になる。
 10日前にバンコクにやってきたときには 100円が37.5バーツだったが、
 その2,3日後には 38.5バーツまで上がり、今では 37バーツ前後を推移
 している。
 日本に居れば、日常生活の中では 円安、円高もあまり気にならないが、
 海外で生活していると 現地の通貨に両替することになり、両替レートに
 一喜一憂することになる。

 実際には 1万円をタイバーツに両替すると 今なら38バーツ前後、
 私の場合は 大量に両替するわけでもないから、1万円、2万円を両替して、
 今日は100バーツ、多く両替出来た、200バーツ多く両替出来たと
 喜んでいるだけである。
 そして、今日は何か美味しいものでも食べようかと思う程度のことだ。
 屋台のラーメン屋に行って、いつもなら普通タイプの盛り付けの25バーツの
 ラーメンを 今日は 特別の盛り付けの30バーツにしようと思うぐらいのことで
 ある。

 個人のレベルであれば この程度のことであるが、これが国のレベルになると 
 ドル安、円高が大変なことになるらしい。
 日本政府がアメリカに米国債といった形で預けている金融資産は 2百兆円にも上り、
 民間のものも含めれば 800兆円とも言われ、それは勝手に売ることができない
 ものらしいので ドル安がどんどん進めば、日本のアメリカでの海外金融資産は 
 どんどん目減りしていくことになる。


 完全に予測されていた米ドルの全面安
 http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-3f11.html
               ~ 植草一秀の『知られざる真実』より

 ドルに代わる通貨システムは?~9.ドル基軸通貨体制の問題構造
 http://www.financial-j.net/blog/2009/12/001106.html
               ~ 金貸しは、国家を相手に金を貸す

 亀井はかく語った---「日本は米国に200兆円くらい金を貸しているが、
              それが紙くずになる話だ」----(ブルームバーグ)
 http://www.asyura2.com/09/senkyo75/msg/517.html                  ~ ★阿修羅♪より

 タイにいると 円高の影響も大きいけれど、金価格の高騰もすごいことになっている。
 20年以上前は タイでは 金は15グラム 4500バーツ前後であったが、
 2年ほど前には 9000バーツ、現在は 18000バーツ近くなっている。
 銀行に預金することや円高を期待するよりは 金を買う方が 余程 投資に適って
 ようだ。
 現金を持っているより、金の延べ棒でも持っていたほうが 価値があるかもしれない。
 タイの金価格もここまで上がってしまうと 金の投資にはもう遅いかもしれない。
 これからは キャッシュカードや現金を持って旅に出るより、金を持って旅に出る
 ほうが有効かもしれない。
 米ドルなど持って旅に出ても 目減りするばかりである。

 26年前 ネパールに3年ばかり住み着くつもりで かなりのドル紙幣と
 トラベラーズチェックを持って日本を出たが、その時の1ドルが 250円ぐらいだったと
 思うが、それが1年もしないうちに 1ドルが半分の130円前後になってしまい、
 痛い目にあってしまったことがある。

 今 アジアでは 日本円はどこでも通用するから、日本円を持って旅する方が無難である。


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徒然なるままに | 09:04:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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