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ひかるの

Author:ひかるの
25年間、ネパール、インド、タイと 
うろうろ歩き回っています。
アジアの工芸、人々の生活を 眼で、
身体で確かめ、伝えていきます。

** 格安にて カトマンズ案内致します **

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バンコク 65バーツの昼食
バンコク 65バーツの昼食 1

バンコク 65バーツの昼食 2

バンコク 65バーツの昼食 3

バンコク 65バーツの昼食 4

バンコク 65バーツの昼食 5

バンコク 65バーツの昼食 6

 バンコクにやって来て 4日目になるというのに気持ちも落ち着かず、以前の生活の
 形が取り戻せずにいる。
 体調がまだ回復せず、東京からバンコクへの生活への適応力がついていかないせいも
 ある。
 よーしという緊張感で 一つずつ仕事をこなしていけばいいのであるが、緊張感が
 湧いてこない。

 バンコクは自炊をしなくても どうにか食事にありつくことが簡単だから、ついつい
 屋台の食べ物で済ませてしまう。
 タイ米で炊いた屋台のご飯は 美味しくないので どうしても麺類中心になってしまう。
 これでは腹持ちが悪いので 今日は 東北タイ料理の屋台の店にいって、何種類か 
 惣菜を買い、ご飯は炊いていないので もち米(カオニャオ)も一緒に買ってきた。
 この東北タイ料理の屋台は 私は東北タイのコンケンからバンコクの今の場所に
 越してきて以来 利用している屋台で 東北タイ出身の夫婦とその弟でやっている。
 朝の早くから材料の仕入れをし、10時過ぎには店を開き、夜9時近くまで仕事を
 している働き者である。
 東北タイ出身者はとにかく働き者である。
 身を粉にして働くという言葉があるが、この家族にはその言葉があてはまる。

 今日は 学校が休日なので 高校生の息子と中学生の娘が 店を手伝っている。
 娘の方は 母親に似てしっかり者で 皿洗い、出来上がった料理の配膳など
 まめまめしく動き回っているが、息子の方が ぼっと立っていることが多い。
 タイでは 母親は息子には甘いが、娘には厳しい。
 私がバンコクに越してきた頃は 二人の子供は まだ小さく 上の子は 小学校に
 入る前、下の子は 2,3歳だった。
 すっかり大きくなって 10年の歳月の流れが嘘のようである。

 安くて美味しいということで いつも混んでおり、注文してもいつも待たされることに
 なる。
 今日は まずソムタム・プー(塩漬けの小さなかに入りパパイヤサラダ)、カイヤーン
 (鶏の照り焼き)、蓮の茎の鯰入りスープ、そしてもち米を注文し、持ち帰ることにした。
 今日のメインは 蓮の茎の鯰入りスープである。
 レモングラスなどのハーブを使い、タマリンドの実(マッカム)ですっぱみを加え、
 小さな鯰のぶつ切りと蓮の茎を入れて煮たスープである。
 いわゆる東北タイの家庭料理である。
 日替わりで 様々のスープを売っている。
 ちょっと辛いのが気になるが 味付けはなかなかのものである。
 この4品を買って、65バーツである。日本円で約170円だ。
 タイ人なら このおかずに もち米を増やせば、2,3人の食事になる。

 これだけのものが170円で食べることができるというのは 凄いことである。
 バンコクでも 小奇麗なレストランで4品も頼めば、いい値段になる。
 170円で美味しく食事が出来、その上、腹一杯になる。
 日本のスーパーでも ちょっとした惣菜を1品買えば、3百円近くする。
 タイではピンからキリまでの食生活があるが、65バーツでもそれなりに満足を
 味わうことが出来るところが嬉しい。

 貧乏人でも安い屋台を利用すれば、それなりの味を楽しめるところがいい。
 日本では 美味しいものは高いに決まっているし、お金がなければ、安くていい加減で
 不味いものを食べるしかない。自炊をすれば 別だが。
 バンコクにやって来てほっとするところは 贅沢をしなくても それなりの味に
 ありつけることだ。
 貧しさを知る人々によって支えられている屋台があるから、
 タイは貧しいものにとっては 救いがある。
 金儲けのことばかりを追及するチェーン店では 味や値段よりも利益ばかりを求め、
 売る人や作る人の心が伝わってこない。
 作る人の個性がしっかり表われている屋台の味を求めて、屋台めぐりをすることも
 タイの楽しみの一つである。



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徒然なるままに | 14:19:41 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク コンピューターマーケット パンティップへ‐02
バンコク コンピューターマーケット パンティップへ‐02 1

バンコク コンピューターマーケット パンティップへ‐02 2

バンコク コンピューターマーケット パンティップへ‐02 3

バンコク コンピューターマーケット パンティップへ‐02 4

バンコク コンピューターマーケット パンティップへ‐02 5

 タイ風麺 クイティアオ・ルアを食べ終えて、交差点でパヤタイ道路を右に曲がり、
 プラトナーム方面に向かって ペッブリ道路に沿って歩き始めた。
 インドネシア大使館の横を通り過ぎると パンティッププラザは すぐ近くである。
 このパンティッププラザは20年ほど前には デパートだった。
 近くの大きな建物といえば ペッブリ道路の向かい側にあるファーストホテルぐらいで
 今はなくなったけれど、そのすぐ近くに映画館もあったように記憶している。

 パンティッププラザとの再開は コンケンからバンコクに移ってきたときに
 中学を卒業したばかりのタイの養子である息子に コンピューターを学ばせるため
 だった。
 そのついでに 私もコンピューターと付き合い始めたのである。
 だから、コンピューターとの付き合いも10年近くなる。
 ハードウェアの面も学び、部品を買ってきて デスクトップのPCも組み立てることも
 出来るようになった。
 Window XPをインストールし、ハードディスク内に パティションを作ることから
 ハードディスクを増設することなど暇に任せて コンピューターとよく遊んだもので
 ある。
 ネットワークの簡単な作り方も学び、息子のコンピューターとネットワークを
 作ったりもした。

 タイとかネパールでPCを使おうとすれば、こうした基礎知識があると都合がよかった。
 1時期 コンピューターに凝っていたので パンティップにはよく通ったのである。
 今回 再び パンティップに通うようになったのは ノートパソコンを日本で購入し、
 それに必要な付属品を手に入れるためだ。

 パンティップもすっかり様変わりである。
 10年前に コンピューターマーケット パンティッププラザで 売られていたものは
 大半が デスクトップ用のコンピューター製品ばかりで、ノートパソコンなども
 売られていたが ほとんどが中古品だった。
 ところが 今ではほとんどのフロアでは ノートパソコン売り場が 並んでいる。
 小型の安いもので1万バーツ 日本のメーカーのソニー、東芝、富士通、NECの
 大型のニューモデルは4万バーツ近くの価格である。
 日本で手に入るほとんどのメーカーのものは バンコクでも手に入る。
 中級品のものなら 2万バーツ前後 日本円で5万円も出せば、手に入る。
 インターネットで遊ぶ程度であれば、これで充分である。

 私がここで買ったものは ノートパソコン用の外付けのハードディスク(320GB)
 メーカーはSeagateのもので 5年間のメーカー保障があることが気に入った。
 値段は2460バーツで 日本円で約6千5百円、日本より千円ばかり安い。
 次に買ったのが USBメモリー キングストンの8GB容量のDataTraveler 101、
 値段は 533バーツ 日本円で1400円、これは日本より千円以上安い。
 その次に買ったのは マウス、光学式マウスで140バーツ、日本円で4百円、
 日本なら千5百円以上するだろう。
 それにノートパソコンの持ち運びに使うバッグも買った。
 中国製のしっかりしたバッグで 千4百円だった。
 なかなかしっかりしていて 使い勝手がよさそうである。

 こんなものをパンティッププラザの3階から5階までうろうろしながら、購入した。
 どの店の値段も大した違いはないが、各店を観て回るのも楽しい。
 1階から6階まであるこのビルのなかには 一体いくつの店舗が入っているのだろう。
 ここにくれば、コンピューター本体から プリンター、スキャナーなどコンピューター
 関連用品の修理も出来る。
 コンピューター愛好家には 嬉しい場所だ。

 たくさんの買い物をしたので 明日からは節約の日々が始まる。
 しばらくは外に出ず、歩くのは近所だけにしよう。



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徒然なるままに | 10:19:06 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク コンピューターマーケット パンティップへ‐01
バンコク コンピューターマーケット パンティップへ‐01 1

バンコク コンピューターマーケット パンティップへ‐01 2

バンコク コンピューターマーケット パンティップへ‐01 3

バンコク コンピューターマーケット パンティップへ‐01 4

 バンコクも乾期に入り、12月に近づくと 日中の暑さも我慢できる暑さになり、
 戸外を歩いていても 汗が吹き出すことはなくなった。
 
 今日は コンピューター製品をいくつか買うために バンコク最大のコンピューター
 ・マーケットのパンティップに行ってみることにした。
 1月後半からのカトマンズ滞在中の長時間停電(1日10時間以上の計画停電)に
 備えて 日本で無理をして 小型の1番安かったASUSのノートパソコンを買った。
 ASUSのPee PC1005HAという機種で 持ち運びの楽な10型モデルで
 充電後の稼働時間が10時間、低く見積もっても 6時間は大丈夫だろうということで
 この機種に決めた。
 日本もデフレで コンピューター用品は随分安くなったが 昔ほどではないが 
 バンコクの方が 多少安いし、製品の保障期間が長い。
 パンティップが 今住んでいるところから 歩いて20分ということで 交通の面でも
 便利だ。

 MBKセンターから続くパヤタイ道路を歩くと その下にサンセーブ運河の流れる
 サファン・フアチャン(像の頭橋)にぶつかる。
 橋を越え、橋の下に降りると 簡単に道の右側に移動できる。
 いつもは道の左側を歩いているが、パンティップに行く際には この抜け道を使えば
 横断歩道も横断陸橋を使う必要もない。
 パヤタイ道路の右側の歩道を ペッブリ道路に向かって歩いていく。
 ペッブリ道路にぶつかる手前に 新しく麺類の屋台が出ている。
 クイティアオ・ルア・ムー・ナムトッグと看板に書かれている。
 タイ風麺の屋台の店で 昔風のタイの味付けの麺を売る店だ。
 アヌサオリ・チャイ(戦勝記念塔)に行けば、クイティアオ・ルアを食べさせる店が
 多く並び、小さな椀に盛り付けられたこの麺を椀子そばの要領で タイ人たちが
 椀を重ねて、勢いよく食べている姿が見られる。
 アヌサオリでは 麺も少量なので 一杯10バーツくらいだろう。

 この屋台のクイティアオ・ルアは豚肉入りで 普通の屋台の麺と同じ量で25バーツだ。
 ときどき このクイティアオ・ルアを食べるが、この店の味付けはどんなものかと思い、
 味見をして見ることにした。
 ナムトッグというのは 豚の血を使って作るタレらしいが、これを入れると少し癖が
 あるので 気になる人は食べることを嫌がるかもしれない。
 タイ人は好んで このナムトッグ入りの麺を食べる。
 この屋台の裏の空地にホテルを造るという計画で この辺一帯の建物が買い占められ、
 その建物の中にクイティアオ・ルアの店があったが、取り壊しになり、その関係者で
 屋台を出したのかもしれない。

 味は アヌサオリ・チャイにあるものと比べると 穏やかで食べやすいものだった。
 バンコクの大半の麺類の店や屋台の麺の味付けは 中国風のものである。
 いわゆるタイ風の麺を食べてみたいという人は 是非 クイティアオ・ルアに挑戦して
 みるといい。
 この屋台では 飲み水はただのものはなく、ペットボトル入りの水と氷で
 10バーツ余分に取られてしまった。
 タイでは 飲み水がただのところと 氷入りのお茶だと2バーツのところ、
 そしてペットボトルの水と氷で10バーツのところがある。
 25バーツの麺類を食べて 飲み水代が10バーツというのではサービスが悪い。
 しかも屋台である。

 そんなことを考えながら、支払いを済ませ、そのまま歩き、
 ペッブリ道路にぶつかったところで 道を右に曲がり、
 コンピュータマーケット パンティップの方に歩き続けた。


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徒然なるままに | 12:32:51 | Trackback(0) | Comments(0)
バンコク 一杯のラーメンから
バンコク 一杯のラーメンから 1

バンコク 一杯のラーメンから 2

バンコク 一杯のラーメンから 3

バンコク 一杯のラーメンから 4

 東京の生活の形から バンコクでの生活の形へと移っていくには どうしても
 時間が必要である。
 気持ちの上でバンコクに馴染んでいくことは 生活の形が整っていかないことには
 落ち着かない日々が続くことになる。

 昨日は まず マンションの前の通りに出て、いつもの屋台の麺類の店で いつも
 食べるバーミー・ヘーン(汁なしラーメン)を食べることにした。
 1ヵ月半前は 通りを歩くだけで 汗が滲み出して来る暑さだったが、季節は乾期に
 変わり、バンコク特有の蒸し暑さも消え去り、爽やかさを増している。

 東北タイでもカンボジア国境に近いブリラムからやって来ている愛想のないおばさんの
 屋台で 麺類も取り立てて美味しいというほどのものではないが この屋台の
 バーミー・ヘーン(汁なしラーメン)は余分な味つけがしてないので 自分で勝手に
 自分好みに ナーム・プラー、唐辛子入り酢、砂糖、唐辛子を使って味をつけていけば
 いい。それがいいのである。
 だから、余程 美味しい店でないと 汁入りラーメンは食べない。
 スープがいい加減で甘すぎると お手上げだ。

 1ヵ月半ぶりにやって来たこの屋台であるが、おばさんはいつもと同じように愛想笑を
 するわけでもない。
 いつもの調子で 「バーミー・ヘーン、麺玉は二つ」と注文すると ただ頷くだけで
 バーミー・ヘーンを作り始める。
 作るといっても麺を茹で、茹で上がった麺に大蒜と一緒に炒めた油を混ぜ、麺の上に
 具を載せ、胡椒を振り掛けるだけだから、時間はかからない。
 このシンプルさが気に入っている。

 おばさんの運んできたバーミー・ヘーンにナーム・プラーをかけ、酢をかけ、少し
 唐辛子を加えて、麺を混ぜ合わせる。
 タイ人ならたっぷり砂糖を加えるが、私はお断りである。

 この屋台の麺類は 一杯25バーツ(約65円)麺玉を二つにすると30バーツ、
 具をたっぷり載せてくれるので嬉しい。
 ここ2年近く値上げはないが、このインフレの中、儲けは減っているだろう。
 特に小麦を輸入に頼るタイでのラーメンの麺玉は値が上がっているだろう。
 セン・ミー、セン・レック、セン・ヤイは米から作るから、米の豊富なタイでは
 問題はないだろう。

 食は生活の基本だから、1日2食なり3食のリズムを作っていくことから 
 生活が始まる。
 買い物にも行かなくてはならない。
 今日は チェンライ産の日本米をMBKセンター(マーブンクロン)の中の
 東急のスーパーで買ってこよう。
 ご飯を炊けば市場から惣菜を買ってくればいい。

 やっと出始めたソム・サイ・ナーム・プン(蜂蜜が入っているように甘い蜜柑)を
 1キロ20バーツで3キロほど買ってきたから、果物の心配はない。

 体力づくり、体力づくり さあ 頑張ろう。


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徒然なるままに | 12:33:53 | Trackback(0) | Comments(2)
バンコク 再び バンコク生活が始まる
バンコク 再び バンコク生活が始まる 1

バンコク 再び バンコク生活が始まる 2

バンコク 再び バンコク生活が始まる 3

バンコク 再び バンコク生活が始まる 4

バンコク 再び バンコク生活が始まる 5

バンコク 再び バンコク生活が始まる 6

バンコク 再び バンコク生活が始まる 7

 11月24日 深夜1時近くに 部屋に到着する。
 マンション専用のインターネットの使用券を購入していないので やたら遅い
 ダイアル・アップのインターネットでメール、ブログのチェックをする。
 その後、荷物の整理、部屋の片づけをしていると 眼が冴えてきて 午前4時近くまで
 眠れなかった。
 扇風機を使うと少し肌寒かったが それでも心地よいので 扇風機をつけたまま
 眠ってしまった。

 朝は それでも8時過ぎには 起き出す。
 今日の予定はというと 8歳から20歳過ぎまで育てたタイの義理の息子に 
 好物の柿と他の土産ものを渡し、一緒に昼食を摂ることだ。
 約束の正午にやってくる。
 彼の仕事は 午後4時から始まるから それに間に合えばよい。
 もう28歳になっているが、まだ落ち着かないところがあるから、心配させるところも
 あるが、元気そうで まあ 安心である。

 私の方もお金があるわけではないから、大抵は タニヤ通りにある小象寿司か
 しゃぶしのビュフェが定番である。
 今日は MBKセンター(マーブンクロン)の3階にあるタイ風スキーと寿司の
 食べ放題のチェーン店 シャブシで食べることに決めた。
 一人 229バーツ 税金とサービス料込みで 270バーツ近くなる。
 1時間以内での食べ放題である。
 握り鮨の種類は少なく 申し訳程度であるが、タイ風スキーを楽しむには我慢できる。
 いくら食べ放題といっても 無理に食べると 後が苦しいのでほどほどにしなくては
 ならない。

 午後2時過ぎには 義理の息子も土産物を持って帰って行く。
 今週の日曜日には 日本から持ってきた食材で 簡単な飲み会をすることになっている。
 日曜日は 彼の定休日である。

 昨夜は睡眠不足だったので 昼寝をすることにする。
 2時間ばかり眠り込んで起き出すと もう夕方になっている。
 ベランダから西の空を眺めると 夕陽が沈みかけている。
 マンションの屋上に上り、夕陽が沈む空を眺めることにした。
 季節は すっかり 雨期から乾期へと移り、屋上を吹き渡る風も快い。
 バンコクでは すっかり秋が始まっている。

 屋上から部屋に帰り、久し振りの散歩に出かける。
 行くのは 昔ながらの雰囲気を残す市場周辺である。
 薬局で呼吸器系の抗生物質を手に入れ、体調を回復しなくてはならない。
 1週間は様子見である。

 市場は相変わらず賑わって、人間の生気を感じさせてくれる。
 市場のある通りを行き交う人々を見ているだけでも ほっとした気分になれる。
 東京からバンコク、二つの都市での生活の違いに 身体が慣れるのに1週間は
 かかりそうだが、今、自由で解放された気持ちにあることは確かである。


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徒然なるままに | 11:26:01 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 成田からバンコクへ‐02
東京 成田からバンコクへ‐02

 隣席のアメリカからの里帰りのラオス人は アメリカからの長旅の疲れのせいか
 すっかり 眠り込んでしまったようだ。
 私など バスや飛行機の旅は7時間でも負担になっている。
 ファーストクラスやビジネスクラスであればもう少し長くても 我慢できるかも
 しれないが エコノミークラスなら7時間が限界である。
 旅は若いうちにするもので 若かった頃は 17時間のバスの旅でも気にならなかった。

 何ヶ月前からか ノースウェスト航空とデルタ航空が合併したらしいが バンコクから
 成田に向かう便では お酒は出なかったが、この便では ワインとビールはいくらでも
 飲めるようになっている。
 お酒が出ると 時間つぶしになるし、眠気を催すから都合がよい。
 機内食は これが夕食メニューかと思えるほど ひどいものであったが、ワインと
 ビールが飲めるだけでも救いになる。
 通路を挟んで隣の席の黒人女性は ビールにワインとがぶがぶと飲んでいる。
 私は缶ビールとワインの小瓶で充分である。
 心地よくなる程度で充分で あまり酔いが回ると バンコクのスワンブーム空港からの
 タクシーが怖い。

 心地よくなったところで 小さな液晶テレビで 映画を見ることにする。
 最新のターミネーターとハリーポッターを見るが あまり見ごたえのある映画でもない。
 単に娯楽用に作られた映画で 視覚的に刺激を与えてくれるだけである。
 隣のラオス人は 身体の位置を変えながら、眠り込んでいる。

 二つの映画を観終わると バンコクが近づいてくる。
 予定の到着時間は 午後11時45分であるが どうも11時20分過ぎには
 到着するようだ。
 私のダブルエントリーのタイヴィザの入国期限が before 24th Nov.なので 
 23日内に入国できそうだ。

 飛行機から下りると 下でバスが待っている。
 バスに乗り込むと 如何にも軽そうな日本の若い女の子が3人立っている。
 場所柄も考えず、ふざけあって 混んでいるバスの中で 写真を取り合っている。
 バンコク滞在が つつがなく終わることを祈るだけである。

 バスはターミナルに着く。
 大急ぎで入国の手続きを済ませる。23日 11時45分 入国の手続きは終わり、
 2ヶ月便のヴィザを貰うことができた。

 荷物を受け取り、パブリックタクシー乗り場へ 又、場所が2階から1階へと
 わっている。
 中年のタクシー運転手にあたる。問題はなさそうである。
 東北タイのロイエット出身のタクシー運転手である。これなら ぼられる心配は
 なさそうだ。
 バンコクにやって来て20年になり、子供3人も育て上げ、自前の家もあるようだ。
 場所が クロントーイと言っているから、スラムに住み着き、土地の権利を買い、
 家を建てたのだろう。
 この頃は スラムといっても昔とは違って 小奇麗になっている。
 話をしているうちに マンションの近くまでやってきた。
 タクシーのメーターは 210バーツ 空港待ちの手数料が50バーツ、チップを
 含めて300バーツを支払った。
 今回も何事もなく部屋に到着した。

 バンコクから空港までの電車の線は完成し、今試運転中で、12月5日の国王の
 誕生日に正式に開通されるようである。


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徒然なるままに | 12:47:27 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 成田からバンコクへ‐01
 バンコクへ向かう日は 秋晴れの上天気だった。
 気温も上がり、野蚕シルクの長袖のTシャツと野蚕シルクのベストだけで充分だった。
 寒い東京、暑いバンコクと季節があまりに違いすぎると 着るものに困ってしまう。
 この日の服装では 少し肌寒くは感じられても 充分に耐えられるものだった。

 錦糸町からJRで船橋へ そして船橋で京成船橋駅に向かう。
 ホームのエスカレーターを上っているときに 特急成田空港行きが来ていたが、30秒
 早かったら、間に合ったが、全くついていない。
 次の成田空港行きが来るまで ホームで20分待つことになってしまった。
 勤労感謝の日の休日のせいか いつもより人が多い。
 やって来た成田空港行きの電車の中も混んでいる。
 この不況の中でも 海外旅行に行く人々は意外といるものだ。
 
 成田空港には 4時20分到着、離陸用の電光掲示板を見ると 夕方6時20分発の
 ノースウェスト航空バンコク行きが 5時50分に変更になっている。
 大急ぎでチェックインカウンターへ行く。
 ノースウェスト航空のバンコク行きは ほぼ満員のせいか、チェックインカウンターも
 混みあっている。
 コンピューターを使ったチェックを済ませ、荷物を預け、搭乗券を受け取る。
 荷物の重さは21.7キロ ノースウェスト航空とデルタ航空が合併してから、
 超過について うるさくなり たかだか1.7キロの超過について 係員が 今回は
 内緒でいいことにしますが、次回からは気をつけてくださいと申し渡される。
 アメリカの航空会社もせこくなったものである。

 出国手続きのために 下に降りてゆく。
 並んでいる人を見ると 大半が 近隣のアジアの国の人のようだ。
 私のすぐ後ろに並んでいるのは タイ人の若いカップルである。

 出国手続きを済ませ、搭乗口へと向かう。
 第1ターミナルでは 登場口までの距離がないから 楽だ。
 搭乗口では もう搭乗が始まっている。
 長い列に並び、機内に入って行く。
 窓際の2列の座席の通路側が私の席である。
 私の隣の窓際の席には アジア系の人が座り込んでいる。

 最初は英語で話しかけたが、ラオス人であることがわかったので 途中からタイ語に
 切り替えた。
 アメリカに移住したのが1986年で 今年で23年目になり、子供も5人、末っ子の
 女の子は勉学中であるが、他の子供はもう働いていると言う。
 長男は 高校を出て働いていたが、軍の海兵隊に入隊し、イラクでの3年間の従軍を
 終え、沖縄の米軍基地での勤務を終え、今年、除隊した。
 移民の人間がアメリカでの生活を安定したものにするために 軍に入隊するという話を
 耳にするが まさにそのケースなのだろう。
 無事に帰還できてよかったとしか言えない。
 アメリカ軍の増派になれば、こうしたアジアやアフリカ、南米からの移民たちが
 率先して 戦地へ送られていくのだろう。
 家族の中の誰かが 生贄のようにアメリカ軍に捧げられるに違いない。
 アメリカンドリームの影には こうした悲惨な状況が隠れているのである。
 異国に住もうとすれば、それだけの代償を払わなくてはならない。
 隣に座ったラオス人は ラオス人100%のようなことを言っていたが、ベトナム系か
 少数の山岳民族のような気がした。
 ラオスからアメリカへ向かうときにも それなりのドラマがあったに違いない。
 この頃では 1年に1回程度は ラオスに帰ってくるという話だが、故郷というものは
 いつまで経っても 人の心を惹きつけるものかも知れない。



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徒然なるままに | 22:10:03 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 今日は いよいよバンコクへ
東京 今日は いよいよバンコクへ 1

東京 今日は いよいよバンコクへ 2

東京 今日は いよいよバンコクへ 3

東京 今日は いよいよバンコクへ 4

 これから再び始まる6ヶ月近いタイ、ネパールの生活に必要な買い物も済ませ、
 あとは荷造りを済ませるだけとなった。
 日本を出る頃になって、天候が崩れ、寒い思いをしていたから、これから日本を
 離れ、暖かい国へと向かうことが嬉しくなる。

 今回の日本滞在は 体調の悪い中での滞在だったので あまり動き回ることが
 出来なかった。
 まだ本調子ではないけれど、暖かいバンコクへ行けば 体調も良くなるだろう。
 今年から来年の1月中旬までは タイにいて 乾期の涼しいタイでの生活になる。
 その後、電力不足、水不足のネパールでの過酷な生活が待っているから、
 暖かいタイで体調を整え、健康を回復する必要がある。
 1月中旬から2月の後半までは 寒さの峠は越したとは家、まだまだ寒いカトマンズで
 ある。
 灯油代も日本並みに高く、石油ストーブを付けっ放しというわけにも行かないだろう。

 昨日の東京も寒かった。
 買い物がてらに 錦糸町まで出てみたが
 遠回りして通り抜けた近くの公園のイチョウの葉も 随分落葉して、冬支度が
 始まっていた。
 今にも雨の降りそうな夕暮れの公園の中は ひっそりしていて 時折ジョギングを
 する人が通り過ぎていくだけだった。

 日本の変化と多様性に満ちた四季ともしばらくお別れである。
 どんなに素晴らしい四季の変化を持つ日本であっても 寒い日本の冬だけは
 お断りである。
 身体が亜熱帯向きになってしまっているから 冬の日本は 身体中が痛くなって
 過ごせない。

 昼過ぎには 錦糸町から成田に向けて出発だ。
 夕方 日本出発のバンコク行きの飛行機が待っている。


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徒然なるままに | 11:34:30 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 子供たちの今
東京 子供たちの今 1

東京 子供たちの今 2

東京 子供たちの今 3

東京 子供たちの今 4

東京 子供たちの今 5

東京 子供たちの今 6

 日本滞在の1ヵ月半で 悲惨な事件が 毎日のように新聞やテレビで報道され、
 気持ちが暗くなってしまう。
 犯罪は どこにもあることだけれど、子供同士のいじめ、暴行事件は 日本は
 突出してきているのではと思う。
 子供の自殺もその一つだろう。

 
   *** 逮捕・補導の8人、口裏合わせか 沖縄・中2暴行死 ***

 沖縄県うるま市の市立中学2年、米盛(よねもり)星斗(ほしと)さん(14)に
 暴行を加え、死亡させたとして同級生ら8人が逮捕・補導された事件で、通報時に
 現場にいた4人は、県警の当初の事情聴取に対し、米盛さんに暴行を加えたとされる
 残る4人の存在を丸1日隠していたことが県警への取材でわかった。県警は、8人が
 通報前に口裏合わせをしていたとみて、8人の関係や当時の状況を詳しく調べている。

 うるま署の発表によると、少年らは17日午後5~8時に米盛さんに断続的に暴行を
 加え、米盛さんが意識を失うと、約500メートル離れた駐車場まで運び、そこから
 通報した。

 捜査幹部の話では、18日未明に米盛さんが搬送先の病院で死亡した後、通報現場に
 残っていた4人から同日夕方ごろまで同署が任意で事情聴取。米盛さんの全身に
 殴られたような跡があったことから、死亡時の状況に不自然な点がないか聴いたが、
 4人はそろって「空き地にあるプレハブ小屋の屋根から飛び降りた際に米盛さんが
 足を滑らせて転倒し、一緒に帰ろうとしたが約500メートル先のスーパー駐車場で
 意識を失った」と説明していたという。

 18日夜に4人はいったん帰宅。翌19日朝から再度聴取したところ、昼ごろまでに
 うち1人が「実は殴りました」などと話し、ほかにも関与した同級生がいたことを
 認めた。

 8人はいずれも暴行に直接加わったことを認めており、県警は、通報時に4人だけが
 現場に残り、他の4人をかばう形になった理由について調べを進める。
                           ~ 朝日新聞より
                                        

 自分が中学生だった40年以上前のことを思い出しても 一人の人間を集団で
 暴行するということはなかった。
 けんかはあっても それは1対1の素手のけんかが基本だった。

 近頃の少年・若者たちの暴行事件を見ていると 集団暴行や簡単に刃物を使う事件が
 やたら 多くなっている。
 人間の命に対する認識が薄れてきているのだろう。

 この中学生の事件の裏側には 何があるのか 知りたくなる。
 この事件が起こったうるま市は人口11万5千人の小都市である。
 うるま市の中には 多くの米軍の施設がある。
 キャンプコートニー、キャンプマクトリアス、陸軍貯油施設、ホワイト・ビーチ地区
 などがある。
 米軍基地と観光によって成り立っている街といっていいだろう。
 実際 私は沖縄のうるま市には行ったことがないから、どんな雰囲気の街なのかは
 よく知らない。
 米軍基地のある街というイメージは 沖縄に行ったことのない人間には
 よく分からないものである。
 子供たちの育ちに 米軍基地の影響していることは確かだろう。 

 今回の事件についても 親子関係、学校教育のあり方、地域共同体の姿(米軍基地も
 含めて)考えていく必要があるだろう。
 簡単にいじめだったと済ませ、きちんと状況を分析しないから、別の場所で同じような
 事件が起こる。
 マスコミもただ騒ぐだけで 事件の裏側に流れている問題点を追求しようとしない。
 同じ年齢の子を持つ親も ひと事のように片付け、忘れていく。
 わが子が 今は問題を起こさなくても 高校生、大学生、社会人になって 
 大きな問題を引き起こすことだってある。

 想像力を失った人間、共感性を失った人間に囲まれていれば、どんな子供だって、
 おかしくなっていくのは当たり前のことである。
 今回の事件も 1週間もすれば、何事もなかったかのように忘れられていくのだろうか。


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徒然なるままに | 09:08:12 | Trackback(0) | Comments(2)
アジアの街角 1枚の写真から‐75 幼なじみ
アジアの街角 1枚の写真から‐75 幼なじみ

 ネパールのカトマンズの街では 放課後になると 近所の子供同士が群がって遊んで
 いる姿をよく見かける。
 休日 カトマンズ郊外の村に出掛ければ 寺院の前の広場でも子供たちが群がって
 遊んでいる。
 近頃では カトマンズやカトマンズ周辺の村でも 1家族あたりの子供の数が
 2,3人になって 昔に比べれば、子供の数は少なくなってきているが、日本に
 比べると子供の姿を見かけることは多い。

 カトマンズ郊外の村に行くと カトマンズ中心部の子供たちに比べると、
 余程 明るく生き生きした安定した表情をしている。
 子供たちが こんな表情を持って遊んでいたのは 日本ではいつの時代のことだった
 のだろう。
 私が幼少年期を過ごした4,50年前には 近所の子供たちが集まって 一緒に
 遊ぶのは普通の姿だった。
 今の時代のような陰惨ないじめのようなものはなかった。
 子供を取り巻く大人たちの心が安定しているから、子供たちの関係も穏やかなものに
 なる。
 子供が変わっていくためには 子供を取り巻く大人たちが変わっていかなくては
 ならない。

 子供の教育ということが いつも話題になるが、地域の中で子供たちをどう育てて
 いくのか 地域の大人たちが一緒になって考え 協力し合っていかない限り、
 子供たちが育っていく環境は生まれてこない。
 何かの通り一遍の地域の行事の際に 子供を楽しませることだけやっていても
 人間同士が手をつなぎあう能力を育てていくことは出来ないだろう。

 カトマンズの郊外の村に行くと 様々の行事を通して 大人同士の関係も密度の高い
 深いつながりがあり、子供たちは 空気のように 自然にその影響を受けて育っている。
 それが 昔からある生活文化の伝承というものだろう。
 村の持つ生活文化、家族の持つ生活文化が密接なつながりを持ちながら、その文化を
 子供たちに伝承している。
 そのことが失われていない村や地域では 人間関係が安定しており、それが子供たちの
 心に明るい安定した世界を用意しているのである。
 安定した未来を予測できないのなら、今の世界を大切に生きていくより方法はない。
 子供に未来をと唱えながら 大人が今の世界をしっかりと見つめ、考えようと
 しなければ 子供たちの豊かな未来などどこにも生まれてこない。
 それほど 今の時代は 不確実な時代なのである。


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アジアの街角 1枚の写真から | 10:15:41 | Trackback(0) | Comments(0)
ネパール 貧しさの中で
ネパール 貧しさの中で 1

ネパール 貧しさの中で 2

ネパール 貧しさの中で 3

ネパール 貧しさの中で 4

ネパール 貧しさの中で 5

ネパール 貧しさの中で 6

ネパール 貧しさの中で 7

 今日は 朝から雨が降り、部屋の中にいても 寒さが身にしみる。
 不況からの出口が見えないまま、季節は大急ぎで冬に向かっている。
 失業者にとっては 過酷な季節の始まりである。
 あと10日もすれば 12月がやって来て 街は クリスマスのイルミネーションに
 あふれ、お金のない人間にとっては ますます 世知辛く感じられる12月である。
 貧しさは 日本では 苦しいものになる。

 あの貧しいと言われているネパールでも 貧しいことは辛いことであるが、
 貧しい人たちが生きていくためのシステムが まだ残っているのである。
 路上では 貧しい人たちのための床屋がある。
 20ルピー(25円)で頭を刈ってくれるだろう。
 路上のカフェに行けば、5ルピー、6ルピーのミルクティが飲める。
 川魚の唐揚げとチューラ(干し飯)なら 20ルピーで食べることが出来る。
 共同の水場へ行けば、水道代もかからない。
 廃品回収をすれば、どうにか生きていくことも出来る。
 昔の日本だって 良く廃品を集めては 生計を立てていた人がいたものである。

 貧しいスラムの中でも 貧しいもの同士の助け合いがある。
 ネパール政府が貧しいものに手を差し伸べてくれないのだから、貧しいもの同士で
 助け合って生きていくより方法はないのである。
 村から仕事を求めて親戚がやって来れば カトマンズにやってくれば、
 粗末なスラムの中の小屋も 安息の場所になる。
 電気のない小屋の中で ろうそくを灯して、食事を作り、ともに分け合って食べれば、
 ご飯(バート)と豆汁(ダール)と野菜カレー(タルカリ)という質素な食でも
 心を暖めてくれるのである。
 孤立して孤独でないという思いは 人を惨めな思いにさせない。

 カトマンズの主要な商店街のニューロードや外国人旅行者が集まるタメル地区に行けば、
 贅沢三昧の人々の姿を見かけることはあっても それは別世界の出来事で手の届かない
 生活であるが、スラムの貧しい生活の中でも 人と人との濃厚なつながりはある。
 それは大きな慰めである。

 昔のカトマンズでは カーストによって人々の住居は住み分けられていた。
 街の中心、権威の中心には王宮があり、その周りには高いカーストの人々が住んでいた。
 貧しいカーストの低い人々は 街の周辺にあたる川の近くに住んでいて、豊かな生活を
 保証されたカーストの高い人々と貧しいカーストの人々との係わりは制限されていた。
 カーストの高い人には彼らの共同体があり、カーストの低い人たちには彼らの共同体が
 あり、その中で助け合って生活していたのである。
 それは互いに刺激を与え合わないという一つの知恵であったのかもしれない。
 そして互いの生活に干渉しないということも含まれていたのだろう。

 今 豊かな人々のライフスタイルは は一戸建ての家を建て、個人主義、自由な生活を
 変わっているが、貧しいものたちは 助け合わないと生活できないから 肩を寄せ
 合って生活している。
 生活は苦しいけれど、精神的には追い詰められてはいない。
 だから、皆 明るいのである。生活の中に笑いがあるのである。
 日本の長屋の生活の中にあった助け合い、支えあいの心が残っているのである。
 貧しい人たちが 川原の空地に住み始めても すぐに追い出そうとはしない優しさが
 どこかに残っている。
 杓子定規に追い出そうとする日本の行政や近隣の住民とは 少し違っている。
 日本では 政府は不必要に法律を作り、国民の生活に干渉し、締め上げていくことで 
 皆、多くのフラストレーションを育て、他人に対する優しさを忘れていくのである。
 優しさを忘れた社会がどうなっていくのか 今の東京を見れば、よく分かるはずである。


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カトマンズ 街の風景 | 10:22:40 | Trackback(0) | Comments(0)
ネパール カトマンズの放浪者たち
ネパール カトマンズの放浪者たち 1

ネパール カトマンズの放浪者たち 2

ネパール カトマンズの放浪者たち 3

ネパール カトマンズの放浪者たち 4

ネパール カトマンズの放浪者たち 5

ネパール カトマンズの放浪者たち 6

 カトマンズの街中を歩いていると 多くのストリートチルドレンに出会う。
 ここ4,5年の間に こうした街を徘徊する子供たちの姿も様変わりをしてきている。
 
 昔から 街の中をうろうろしている子供たちはいたが、大半の子供たちは 家から
 逃げ出し、カトマンズという都会を見てみたいという思いからで、しばらく 
 カトマンズをうろうろと歩き回り、再び、村に帰っていく子供も多かった。
 村に帰っていけない子供たちは ビニール袋などの廃品を集め、お金を手にしたが
 それでは充分でないので レストランの近くに座り込んで 残り物の食べ物を
 もらえるのを待っていたものだった。
 昔は 王宮通りの昔からあるアイスクリーム屋の前が 夕方を過ぎると彼らの常駐の
 場所だった。

 外国人旅行者の集まるタメル地区にはあまり寄り付かず、タメル地区で外国人に
 お金をねだっている子供たちの大半は 家族とともに生活している子供たちで
 小遣い稼ぎのためにタメル地区を徘徊していた。

 それが近頃は 子供たちの姿も変わり、廃品集めをしているのは インド系の
 子供たちで 地方から逃げ出してきた子供たちは 廃品集めもしなくなり、日長1日
 ふらふらと旅行者の集まる場所を徘徊し、お金を得ると シンナー遊びに耽る子供も
 増えている。
 
 路上で小さな商いをする子供たち、ネパール・インド国境周辺からやって来て
 廃品集めに精出す子供たち、スラムで家族とともに暮らす貧しい子供たち、
 カトマンズでは多種多様な状況の中で 子供たちは生活している。

 その中でも1番荒れている子供たちは タメル地区やニューロード(カトマンズの
 中心的な商店街)辺りで物乞いをしている子供たちだ。
 村で生活していたときも 家族の愛に恵まれていなかった子供たちだ。
 家族に対して少しでも愛を感じていれば、村に帰りたくなるだろうが、そうした思いも
 起こらないくらいに 愛情から遠いところにいる子供たちだ。
 大人に対する不信の中で育ってきた子供たちが 大人に対する信頼を取り戻すことは
 至難の業だろう。
 こうした子供たちを施設に入れたとしても すぐさま逃げ出してしまうだろう。
 膨大な人間的なエネルギーを注がないと 彼らの心も生活も変えることは出来ない。

 彼らの姿を見ていると そこまでのエネルギーのない私にとっては ため息と苦痛が
 生まれて来るだけだ。
 物質的な援助だけでは 彼らの心を変えることは出来ない。
 ストリートチルドレンを救うために施設をつくるための、あるいは運営していくための
 お金を集めているネパール人や外国人がいるが 扱いやすい子供だけを相手にしている
 ようにしか思えない。
 孤児だ、ストリートチルドレンと言いながら それは本当なのだろうかという疑いも
 湧いてくる。

 街を徘徊するストリートチルドレンの未来はというと 絶望的な思いになる。
 それほど20年以上前のストリートチルドレンと今のストリートチルドレンは
 はっきりと違ってきている。
 彼らの大人に対する不信の程度があまりに大きなものになっていることがわかる。
 シンナー遊び、盗み、その果てには ギャング集団へと向かっていくだろう。
 カトマンズに長くいればいるほど、ひどくなっていく子供たちの姿である。
 そして ますます治安の悪くなっていくカトマンズである。


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カトマンズ 路上で生きる人々 | 11:11:27 | Trackback(0) | Comments(0)
アジアの街角 1枚の写真から‐74 公園の片隅で
アジアの街角 1枚の写真から‐74 公園の片隅で

 カトマンズの中心部に ラットナパークと呼ばれる公園がある。
 カトマンズ市内では 1番大きな公園であるが、百メートル四方程度の
 公園である。
 街の中心にあるだけに カトマンズ市民の憩いの場になっている。

 公園の前の通りが カトマンズ市内を走るミニバスやティンプー(乗り合い
 電気3輪車)乗り場になっているし、近くにカトマンズ近郊に向かうバスターミナルも
 あるから、人々は時間つぶしにこの公園にやってくることも多い。

 その公園の一角では いつものように市民討論会は開かれている。
 若者、中年、老人たちが 集まってきて 適当なテーマで意見を言い合っている。
 全くの赤の他人同士の集まりである。
 ネパール人のこうした姿を見ていると 民族の違い、カーストの違いが有る国だけれど
 それでも人間同士の距離は 日本人と比べるとはるかに近いように思える。
 見知らぬ他人が 公園にやってきて 笑い声を上げながら、討論会を楽しむという
 生活が 今の日本社会で考えられるだろうか。

 日本の公園に行って、ベンチに座り込んでいる人になんとなく話しかけるということは
 考えられないことだ。警戒されるのが落ちである。

 ネパールにやってくるたびに どうして 日本とネパールでは 人と人の距離が
 違うのかと不思議に思う。
 生活レベルでいえば、ネパールの生活は 日本に比べればはるかに低いが、
 人間としてのゆとり、他の人間に対する関心は はるかに大きい。
 人々は 孤立しているという気持ちは 日本に比べると 小さいだろう。

 アジアは共生社会であるとよく言われるが、ネパールの人々を見ていると 
 そんな実感が湧いてくる。

 公園の中を見回してみても 一人でぼんやり座り込んでいる人などいない。
 知らないもの同士で そばにいるだけで自然に会話が始まっていくのである。
 それは公園だけのことではなく、小さな広場であれば、夕方近くなれば、人が
 集まってきて、会話が始まるのである。
 人が集まるから、路上の食べ物屋などもやってきて 生き生きした空間に変わって
 くる。
 それは共生空間といってよいものかもしれない。
 こうした空間が街のいたるところ、路上のいたるところにある。

 私がネパールに惹かれるのはそんなところにあるのだろう。
 こうした生活に慣れてくると 日本の生活が実に味気ないものに見えてくる。
 日本で生活している人からすれば、他人と係わり合いの少ない社会空間は 普通の
 ことであるから、別に何も感じないのかもしれないが、ネパールやタイでの生活が
 長いと 一歩外へ出ると 能面のような顔をしている日本人の姿は不思議なものに
 思えてくる。
 日本人にとって 戸外の共生空間はどこにあるのだろう、そんなものは必要のない
 ものなのだろうか。
 アジアの持つ共生社会から遠く隔たってしまったのか そんな思いが湧いてくる。


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アジアの街角 1枚の写真から | 21:23:17 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 再び病院へ
東京 再び病院へ 1

東京 再び病院へ 2

東京 再び病院へ 3

東京 再び病院へ 4

東京 再び病院へ 5

 展示会中は 緊張していたせいか、どうにか体調を保っていたが、3,4日前から 
 わき腹の肋骨辺りに痛みを覚え始め、咳き込むたびにその部分が傷むので胸膜が 
 おかしくなっているのではと再度病院に行くことにした。
 それに少し急ぎ足で歩いたり、階段を上ると息切れも以前より激しくなっている。
 悪化してバンコクに帰れなくなっても困ると思ったからだ。
 悪化だけはさけなくてはならない。

 今日も保険証なしでいくら治療費を取られるかと心配しながら、道を歩いていく。
 この前作ってもらった診察券を受付に出し、2階の内科の待合室で待つ。
 受付開始は午前8時半から、診察開始は9時からだ。

 私が大病をしたのは 今から30年以上前の学生時代のことだ。
 下宿生活の無理が祟ったのか 急性肺炎に罹ってしまった。
 毎晩咳と寝汗がひどく どうしようもなくなり、近所の病院に行った。
 この病院は 当時 大学の指定病院で 学生健康保険と国民健康保険を使えば、
 治療費も入院費もただだった。
 入院した部屋は大部屋で 10人近い入院患者がおり、すぐ近くのベッドには 
 脳軟化症、今では認知症と呼ばれている70歳近いおじいさんがいて、夜になると
 勝手に動き回らないように 両手足をベッドにくくりつけられていた。

 私といえば 毎朝の抗生物質の点滴と薬の投与、3度3度のきちんとした食事で
 どんどん回復し、1週間もすれば、体力も回復したが、結局1ヶ月近く入院することに
 なった。
 30年以上前の秋の10月中旬から11月中旬までのことである。
 私が入院して 2,3日目にやはり学生が同じ急性肺炎で担ぎこまれ、ベッドから
 遠かったので話はしなかったが、最後に食べた食事がカレーライスであったことを
 話していたのを耳にしたが、夜になると容態が急変し、翌日には亡くなってしまった。
 人間って 意外とあっさり死んでしまうものだと思ったが、運命とはそんなものかも
 しれない。
 あれから 30年以上経って、今なお自分が生き続けていることのほうが不思議である。

 日本での病院との係わりは 日本を離れて生活するようになってから、久しぶりの
 ことで 内科の診察室の前の待合室に座り込んでいる人たちといえば、ほとんどと
 言ってよいくらい 私より年上の老人ばかりである。
 病院と日中の公園へ行けば 確かに老人ばかりである。
 確かに日本は 老人社会になっていることを実感する場所である。
 老人たちの居場所といえば、病院と日中の公園ぐらいなのかもしれない。
 誰かのために生きる生活を失ってしまえば 生きる力も失われ、健康を簡単に
 損なうものかもしれない。
 人間 緊張した そして充実した生活をしていれば、丈夫さを維持でき、
 健康を保てるものだろう。
 私も何処か緊張感を失った老人の世界に片足を突っ込んでいる。

 診察が始まって30分ぐらいすると私の名前が呼ばれる。
 今日は呼吸器科の医師がいる日なのでやってきたが、肺には異状は見られないと言う。
 レントゲンでは肺のすべてを見ることが出来ないのでCTスキャンをすれば、見えない
 場所も見ることが出来るがどうかと訊かれるが、保険なしでは2万円かかるというので
 自分の状態を話し、1週間後にバンコクに行くので 本格的な治療はバンコクで
 受けるのでそれまでの薬、肺炎用の抗生物質も出してほしいと頼んだ。

 今日の診察代は安く、1449円だった。
 薬代は別で 病院の近くの薬局で調剤してもらい、4種類 1週間分の薬代は
 4189円だった。
 やって来る人たちに老人が多いせいか、とても丁寧で 分かりやすく薬の用途・効用の
 説明を写真付で印刷してくれたのはありがたかった。
 1度に4種類も処方されると わからなくなってしまうものである。

 帰り道は 近くの公園の中を歩いて帰ることにした。
 紅葉の季節の始まりの遅い都会の東京であるが、公園の中では イチョウの葉が
 すっかり色づいて黄金色に変わり、あと1週間もすれば、季節は秋から冬へと
 移っていくだろう。
 今の健康状態では 遠出は出来ないので 近くの公園の木々を眺めては 僅かばかりの
 秋を楽しんでいる。
 日本滞在もあと1週間である。



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徒然なるままに | 21:40:10 | Trackback(0) | Comments(0)
タイでの長期滞在を望む人たちへー08 健康
タイでの長期滞在を望む人たちへー08 健康 1

タイでの長期滞在を望む人たちへー08 健康 2

 外国での生活の中で 1番大切なことは 健康ということかもしれない。
 26年間、ネパール、インド、タイで生活してきたが、何度か病院や診療所の
 世話になることもあった。

 26年前に初めてネパールのカトマンズに住みだした頃に最初にかかったのは
 ウィルス感染からくる吹き出物が出来たが、抗生物質で簡単に治癒した。
 
 その後 ネパールからインドを旅したとき、ネパール・インド国境の安宿で
 ひどい水を間違えて飲み、1週間ばかり インドを旅し、カルカッタに到着したときに
 ひどい下痢に襲われ、30分おきのトイレ通いが2,3日続き、下痢の合間を縫って、
 宿の近くのクリニックに行き、インド製の薬をもらって、やっと収まった。
 どうもアメーバー赤痢だったようだ。

 カトマンズで生活していると必ず洗礼を受けるのが ジアルジア症である。
 ランブル鞭毛虫に汚染された飲食物によって引き起こされる。
 不潔なローカルレストランやあまり豊かでない現地の人の家で出された食べものや
 水から感染することがある。
 この病気にかかると下痢になり、硫黄くさいげっぷやおならが出る。
 メトロニダゾール、チニダゾールがこの病気の特効薬である。
 
 goo ヘルスケア ジアルジア症
 http://health.goo.ne.jp/medical/search/10PC2300.html

 虫に刺され、そこから細菌感染し、瞬く間に 右足首が膨れ上がり、凄い痛みに
 襲われたことがある。
 パックチョンに住んでいた頃のことで 公立病院に1週間近く入院し、1日に何本も
 抗生物質の点滴を受け、その上、麻酔なしで 看護師に炎症の箇所をメスで切り
 取られたこともある。
 そのときには 海外旅行保険に入っていたから、そのときの治療費は 病院で
 領収書を作ってもらい、バンコクにある保険会社の支店で支払いを受けた。

 海外で罹った主だった病気はこんなものだったが、他には歯の治療もあった。
 日本で国民健康保険に入っていなかったから、歯の治療もカトマンズやバンコクに
 限られた。
 バンコクでも高い治療費を払えば、日本並みの治療も出来るが、歯の治療は旅行保険が
 利かないので、普通の町の歯医者さんを利用することが多かった。
 治療のレベルは満足できるものではなかったが。

 老後 海外での長期滞在を考えている人は 歯だけは 日本で充分に治療して置く方が
 いいだろう。
 海外での病気の治療は 応急処置と考え、日本に帰って治療するのが1番だろう。
 海外生活が長期にわたるようなら海外旅行保険に入っておくことも一つの方法である。
 ただ 1番安いオプションのものでも 1年で6万円近い、アメリカの9.11のWTC
 崩壊前は3万円くらいだったが、それ以後 倍近くなってしまった。
 1番安いものが 6万円になって以降 私は馬鹿らしくなり、旅行保険をやめてしまった。
 長生きを別に望んではいないから ネパールやタイの庶民並みの治療で充分だと思う
 ようになったからだ。

 今の私とって 1番困ることは日本で病気に罹ってしまうことだ。
 タイやネパールであれば、自分の状態を見ながら、抗生物質の薬を買うことも出来るが、
 日本では 医者の処方箋がないと手に入らない。
 この前も 咳が収まらず、健康保険なしで 検査を受けたら、薬込みで1万4千円、
 薬も咳止めだけ、肺には別に問題はないと言われたが その後の10日間 売薬で
 小康状態を保っているが、バンコク行きまで どうにか今の状態を持たせようと
 思っている。
 栄養補給と休息、睡眠である。
 睡眠のほうは 取りすぎて困るくらいだ。1日10時間以上 寝ている。
 いつも日本に帰ってくるときには 日本で治療を受けなくてもいいように
 注意しているのだが、咳きぐらいと注意を怠ってしまった。

 海外で生活するようになってから 家庭の医学程度の本によく目を通すようになった。
 今なら、インターネットを使えば、病気に対する知識が簡単に分かるようになっていて
 便利である。
 海外で 薬を買うときなどには 大いに参考になる。
 海外で治療を受けるときは 病気の状態を英語で言えるように 単語を 前もって
 調べておいたほうがいい。
 どの国の医者も 英語は通じるはずである。
 日本語の分かる診療所もあるが そんなところはやたら治療費が高いものである。
 海外での長期滞在も 金次第でどんな形もあるから、自分のレベルに合わせれば
 いいだろう。



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旅の情報 | 20:03:53 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 雨降り
東京 雨降り 1

東京 雨降り 2

東京 雨降り 3

東京 雨降り 4

東京 雨降り 5

東京 雨降り 6

 展示会が終わった翌日から 天候が崩れ始め、雨の降る毎日である。
 季節は これを機会に冬へと進んでいくのだろう。
 バンコクの雨なら 涼しさを呼び込むから嬉しいものだが、この時期の日本の雨は
 寒さの季節に向かう雨だから、恨めしい思いだけが湧いてくる。
 しかし、今の時期の日本の雨でしばらく、お預けだ。
 日本を離れると これから向かうバンコクもネパールのカトマンズも乾期の世界に
 入り、雨とは無縁の世界になる。
 バンコクは これから 過ごしやすい季節になるが、カトマンズは日本と同じように
 秋から冬へと向かう。

 バンコクへ向かうまであと10日ばかり、これから 部屋の片付け、ブータン布の
 写真を撮る仕事が残っている。
 風呂の残り湯があると ブータンの布の中で汚れのひどいものも洗うようにしている。
 体調が回復していないので無理をしない程度に少しずつ 仕事をしている。


    たどり着いたらいつも雨降り
            作詞・作曲 吉田拓郎

  疲れ果てている事は 誰にも隠せはしないだろう
  ところがおいらは何の為に こんなに疲れてしまったのか

  今日という日が そんなにも大きな一日とは思わないが
  それでもやっぱり考えてしまう ああ このけだるさは何だ

  いつかは何処かへ落着こうと 心の置場を捜すだけ
  たどり着いたらいつも雨降り そんな事のくり返し

  やっとこれで俺らの旅も 終ったのかと思ったら
  いつもの事ではあるけれど ああ ここもやっぱりどしゃ降り

  心の中に傘をさして 裸足で歩いている自分が見える

  人の言葉が右の耳から左の耳へと通りすぎる
  それ程頭の中はからっぽになっちまっている

  今日は何故か穏やかで 知らん顔してる自分が見える


 たどり着いたらいつも雨降り   歌 吉田拓郎
 http://www.youtube.com/watch?v=JPihM5wHihA


 日本での雨降りの印象は あまりいいものではない。
 山歩きのときに 雨の中を歩き、合羽のすき間から入り込んでくる雨水の気持ち悪さ、
 寒さを感じさせるみぞれ混じりの初冬の雨に震えたこと、大人になってからは
 雨は嬉しいものではなかった。

 雨が喜びに変わったのは タイやネパールで生活するようになってからだ。
 暑さに包まれ、その暑さにひたすら耐えているときに 突然スコールがやって来て、
 涼風を運んでくる。

 水不足、電力不足のカトマンズの生活の中で 水不足、電力不足を解消してくれる
 ことを期待させる雨、雨はいつも希望の印だった。



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徒然なるままに | 10:40:12 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 展示会を終えて
東京 展示会を終えて 1

東京 展示会を終えて 2
ブータン  貫頭衣 キシュン  19世紀後期

東京 展示会を終えて 3

東京 展示会を終えて 4
ブータン  男性用民族衣装 ゴ  20世紀中期

東京 展示会を終えて 5

東京 展示会を終えて 6
ブータン  ブータン式風呂敷 ブンディ  20世紀中期

東京 展示会を終えて 7

東京 展示会を終えて 8
ブータン  毛織物 ヤタ  20世紀中期


 展示会場から持って帰ってきた展示品を 片付けることに追われている。
 今日も曇り空の嫌な天気である。
 季節は晩秋に向かい、これから気温も下がってくるのだろうか。
 すっかり 夏向きの身体になってしまった私にとっては 嫌な季節の始まりだ。
 寒い中では 血液の循環が悪くなり、身体の節々が痛くなってくる。
 暑いバンコクの気候に憧れる。

 今回の展示会は 期待通りのものではなかったが、今までとは違った人たちも
 訪れてくれた。
 『ヤクランド』(http://www.yakland.jp/index.htm)の主催者である久保淳子さんの
 ホームページでの紹介や『風の旅行社』(http://www.kaze-travel.co.jp/)からの紹介で
 ブータンに興味のある人やブータンに行ったことのある人たちも来てくれた。

 そうした人たちの話を聞いていると ブータンも大きく変わってきていることが
 耳に入ってきた。
 近頃では キラも全身を覆うように着るものではなく、腰に巻くだけのハーフキラと
 呼ばれるものに変わり、布もブータンの手織りのものではなく、インドの工場生産の
 布を使うようになっていること、ブータン国内に高級ホテルや高級リゾートが
 どんどん建てられていることなど 驚くことも多かった。

 王制も立憲君主制に変わり、議会制民主主義に変わり、ブータンの近代化に拍車を
 かけているようだ。
 多民族国家であるブータンでは 共通語として英語の教育に力を入れているようだ。
 話を聞いていると 急激な欧米化は ブータン人としてのアイデンティティを
 失わせるのではないかと心配になる。
 消費社会が進んでいけば、貧富の格差、便利さ、効率性を追求する社会に変わり、
 国民幸福指数も言葉だけのものになるのではと思えてくる。

 電化製品などなかった20年以上前のネパール、タイもテレビ、冷蔵庫を備える家が
 増えてきているが、冷蔵庫の中身といえば、冷たい水ぐらいのものだ。
 テレビは モダンライフを楽しむ家の姿を見せ、豊かな生活という幻想を抱かせる。
 それによって 貧しさを感じることになってしまうのである。
 近代化という名の下に 富を得る人間と貧しくなる人間が生まれて来る。
 外国資本がどんどん入り込んでくることで 富は国外に流失していくのである。
 それは 植民地主義の時代から続いているアジアの国々の姿である。
 貧困は生み出されていくものなのだ。
 皆で分け合っていた社会が 貨幣経済によって 富の独占の社会に変わっていくので
 ある。
 そして富を独占した人々は 輸入品に関心を持ち、自動車を買い、モダンライフを謳う
 家を購入し、過剰な富は貧しいもののところには回っていかなくなる。
 人間は ますます愚かな生き物になっていくようだ。
 その愚かさに気がつかないまま 時は流れていく。
 多くの知恵に恵まれていた国も いつの間にか その知恵を忘れていく。
 そして 共生の社会は 過去の産物になっていく。


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展示会 | 13:27:00 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 展示会 片付け
東京 展示会 片付け 1

東京 展示会 片付け 2
ブータン キラ クシュタラ  19世紀後期

東京 展示会 片付け 3

東京 展示会 片付け 4

東京 展示会 片付け 5
ブータン パンケップ  20世紀初期

東京 展示会 片付け 6

東京 展示会 片付け 7
ブータン ケラ   19世紀後期


 朝から雨が降っている。
 今日は 午後から展示会場の片付けである。
 体調がよくないのだから、しっかり寝ていればいいと思うが、朝7時過ぎには
 眼が覚め、起き出してしまう。
 展示会場に 運送業者の赤帽が来るのは午後4時であるから、片付けの時間を
 計算しても 12時過ぎに出ればいいのだが、朝昼兼用の食事を済ませ、
 11時に部屋を出る。

 神田小川町の展示会場 TEORIYAには 11時半過ぎに到着する。
 預かっている鍵で ドアを開け、展示している染織品を 掛けている場所から
 下ろし始める。
 ブータンの大きな染織品 キラ(女性用民族衣装)から片付け始める。
 今回は 野蚕シルクで織られたキラ中心の展示だったから、アイカプール、ルンセルマ、
 メンスィ・マタなどを畳んで プラスティック製の袋に詰めていく。
 大した仕事ではないのに 汗だくだくになってしまった。
 あまり売れなかったから、持ってきたときと大して量が変わらないのは 腹立たしい。
 荷をすっかり袋に詰め、会場を元あった状態に戻し、時間を見ると、午後2時、
 運送業者の赤帽がやって来る予定の4時までには 時間がたっぷり残っている。

 一人、展示会場にある椅子に座り込んで ギャラリーのオーナーと運送業者の来るのを
 待つ。
 ギャラリーでの展示会という形の限界を感じる。
 やはり どうにかして 染織品をよく展示する博物館、美術館と提携して
 『ブータンの布展』という企画を作らないと 次のステップが生まれてこない。
 小出しに展示するよりも 上質のブータンの染織品を 100点から150点ほど
 展示できる形といえば、どうしても広い場所に限られる。

 キラ(クシュタラ、ノシェム、アイカプール、ルンセルマ、メンスィ・マタ)
 キラを着るときに締める帯 ケラ、キラを着たときに肩に掛けるスカーフ ラチュ
 高僧のためのひざ掛け パンケップ、男性用民族衣装 ゴ、貫頭衣 キシュン、
 羊毛の織物 ヤタ、男用の身分を表すショール カンバールなど包括的にブータンの
 布を展示すれば、100点から150点になる。
 何百点かあるブータンの布の中から、展示するならこれとあれと頭の中に思い浮かべる。
 19世紀後期辺りに織られた布から20世紀後期辺りまでの布を 系統的に並べると
 面白いなと ギャラリーの椅子に座り込んで考えている。

 午後3時過ぎ 外の通りを2階の窓から眺めると 頼んでおいた運送業者の赤帽が
 やって来た。
 予定より早い。
 ギャラリーのオーナーが来るのも待っていたが、長く駐車できる場所ではないので
 荷物を車に積み込み、ギャラリーの鍵を3階の事務所の人に預け、帰ることにした。
 小雨は止まず、降り続いている。
 雨は降っているにもかかわらず、蒸し暑さを感じさせる1日だった。
 部屋まで荷物を運び込むと ギャラリーに 傘を忘れたことに気がついた。


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展示会 | 11:39:48 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 展示会 最終日
東京 展示会 最終日 1

東京 展示会 最終日 2

東京 展示会 最終日 3

東京 展示会 最終日 4

東京 展示会 最終日 5

東京 展示会 最終日 6

東京 展示会 最終日 7

 この経済不況の中、私の開催した展示会のみならず、どこも大変なようである。
 私が開催した展示会の会場の3階に インドの野蚕シルクを使って洋服を作って
 いる工房があるが、私同様に 青息吐息で 今までの2倍 デパートその他での
 催しに出かけていかないと 経営を維持できないようである。

 そんな世相の中で 展示会も最終日を迎えたわけである。
 最終日だから それなりの売り上げがあるかと期待したが、結局 値段が張る
 キラ(ブータンの女性用民族衣装)などは 売れず、展示会の開催の費用(会場費、
 DMの印刷費、郵便代、展示物の搬送費など)を差し引くと、大した利益は出なかった。
 しばらくは こんな状況が続いていくのだろうか。

 今回の展示会は 体調が思わしくなく、朝10時半に会場へ出かけ、家に帰って
 くるのは 夜8時半過ぎという生活は かなりきつかったが、どうにか 展示会を
 無事に終えたから、ほっとしている。
 普段は あまり人と接する生活をしていないから、一時に人との係わりが増えると
 これも大変で、体調の悪いときには 自分の精神状態を上手く維持することには
 努力を要するものである。

 ブータン布の宣伝の目的も含めて、去年の12月から17年ぶりに展示会を始めたが
 どれだけの効果があったのか その結果はまだ出ていない。
 世界の経済不況の勃発と同時期に始めた展示会の再開というのは どうもまずかった
 ようだ。

 展示会の開催というのも 案内状の印刷、展示物の洗濯、展示物の説明文、値札の
 準備などの作業をしていくと 結構 時間がかかるもので 一会場だけで終えて
 しまうのは どうも効率が悪い。
 場所を変えて、何回か会場を代えながら、開催していくのが時間的、金銭的効率の
 面では望ましいのだが、日本の業界に疎い浦島太郎のような存在になってしまった
 私にとっては 基本的な関係を作っていくのには 時間が必要であるようだ。

 いつもながらに思うのだが、日本のどこか博物館なり美術館で ブータンの染織品を
 一括して買い取ってくれれば、1番いいのだが、ブータンの染織品をメインにしようと
 いう博物館、美術館の情報はないから、どんな形でもいいから、こちらから、情報を
 提供していく形を作らなくてはならない。
 そのつもりで 展示会を再開したが、それだけでは十分ではなかったようだ。

 次の展開の仕方をしっかり計画していくためには どうも継続的に日本にいることが
 必須のようだ。
 私のブログを読んでいらっしゃる方で 近くに美術館や博物館、ギャラリーなどで
 ブータンの染織品に興味を示すようなところがあれば、情報を頂ければ、有り難いです。



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展示会 | 09:51:45 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 秋の布の展示会の案内 11月4日~10日
東京 秋の布の展示会の案内 1

東京 秋の布の展示会の案内 2


 前回の布の展示会から6ヶ月が過ぎ、11月4日から11月10日まで 
 再び展示会を開くことになりました。

 ブータンの野蚕の手紡ぎ糸で織ったキラ(ブータンの女性用衣装)を中心に
 インド、東南アジアのシルク布も展示したいと考えています。

 山の国 ブータンの自然の息吹を感じさせる素朴で暖かい布の素晴らしさを
 感じ取っていただければ 幸いです。

 インドの野蚕シルク糸で織られた服地用の布も展示します。
 こぞって お出かけください。



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展示会 | 23:20:16 | Trackback(0) | Comments(8)
東京 展示会 第6日目
東京 展示会 第6日目 1

東京 展示会 第6日目 2

 今日は やっと6日目までたどり着いた。
 夕方近くまで ある程度 人の出入りがあり、小物は出たが、本当に売りたいものは
 出ない。
 60年、70年前に織られたブータンの布は 値段が張るだけに 感心はしていても
 買う人はいない。
 今後は少し方向性を変える必要がある。

 今 考えていることは ブータンの古い布の写真・説明付の目録を CD,DVDを使って作り、
 染織の展示に熱心な美術館、博物館に送ることである。
 ブログでの紹介やギャラリーでの展示だけでは 限界がある。
 ギャラリーの使用料、DMの印刷、郵便代に見合うだけの売り上げを出し、利益を出す
 ことは なかなか難しいし、古い布は値段が高く、一般の人には手が出ないようだ。
 CD,DVDの編集用のソフトを見つけなくてはならない。
 展示会が終わったら、本格的にCD・DVD作りに精を出すことにしよう。

 暑かったり、寒かったりで 体調がなかなか回復しない。
 部屋にたどり着くと すっかり疲れ果て、1,2時間睡眠を取らないと、
 何もする気になれない。
 明日は最終日、明後日は片付け、ここまで頑張れば、少し休養が取れる。
 そして、日本が寒くなる前に バンコクに向かうことが出来る。
 それだけが楽しみであり、支えである。

 今日は疲れ果てていて、脳みそも上手く働かない。
 ブログに書くことも 取り止めがなく 上手くまとまっていかない。
 明日に備えて、寝ることにしよう。


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展示会 | 08:24:43 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 展示会 第5日目
東京 展示会 第5日目 1

東京 展示会 第5日目 2

東京 展示会 第5日目 3

東京 展示会 第5日目 4

東京 展示会 第5日目 5

 今日は いつもより20分ほど早く部屋を出る。
 まっすぐ地下鉄の駅へとは向かわず、猿江恩賜公園へ向かった。
 公園の中のイチョウ並木を見たかったからだ。

 横十間川の運河の流れを見ながら、運河沿いの遊歩道を歩く。
 今日は休日の日曜日、運河に釣り糸を垂れ、はぜ釣りを楽しんでいる人の姿も
 多い。
 公園へと続く木製の階段を上ると そこが猿江恩賜公園だ。
 公園の中では 軽いジョッギングをしている人々が多い。
 バンコクの公園でも 健康づくりのためにジョッギングしている人が多いことを
 思い出した。
 運動不足からの肥満対策か、体力づくりか、肉体労働の減った現代社会の中では
 努力しないと 肥満になってしまう。
 人のことは言えない。自分だって同じことだ。

 イチョウの葉はすっかり 黄色に色を変えているかと思ったが、今一歩といった
 感じである。
 昔、丹沢や尾瀬や日光湯元などで見た紅葉には 到底及ばない紅葉ではあるが、
 それでも この都会の公園の中でも充分に四季の変化を感じることは出来る。
 展示会が終わる頃が この公園の紅葉の頂点に違いない。
 地下鉄の駅に向かう展示会場の神田小川町に向かう。

 展示会5日目になる日曜日の展示会、昨日に続いて訪問者の姿も少なく、
 展示品はほとんど売れない。
 売れなくても 展示会場費の1日2万円の支払いは 容赦がない。
 せめて会場の使用料ぐらいの売り上げはと願うが、そこまでも至らず、
 今日はさんざんだった。

 同じ会場での展示会3回目であるが そろそろ別の場所を探す時期が来ているのかも
 しれない。
 宣伝のつもりで この場所で久しぶりに展示会を始めたが、ブータンの古い布の
 量は 日本では1番だと思っているが、なかなか世間には伝わっていかない。
 次のステップを踏んでいくことが出来ない。

 展示会も残り2日間、かなり厳しい結果になりそうな気配である。
 ちょっと落ち込んでしまいそうである。



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展示会 | 09:17:50 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 展示会 第4日目
東京 展示会 第4日目 1

東京 展示会 第4日目 2

東京 展示会 第4日目 3

東京 展示会 第4日目 4

 展示会もやっと半分の日程を終えた。
 今回は健康が万全ではないので なかなかきつい。
 夜2時に寝れば、朝9時ごろ起きれば、展示会の開始時間に間に合うのであるが、
 どこか緊張しているのだろう、朝7時には眼が覚め、再び寝て、寝過ごすのが
 怖いので起きだしてしまう。

 展示会中は 途中 食事をするわけにはいかないので 朝ごはんをしっかり食べ、
 午前10時45分に部屋を出て、地下鉄の駅に向かい、会場には午前11時半に
 到着する。

 会場を整えると11時50分、近くの自動販売機でコーヒーを買い、一息ついて、
 お客さんの来るのを待つことになる。

 今回の展示会は どうも人の出がよくない。
 今日は土曜日だから 少しはやって来る人も多いかと思ったが、予想外れである。

 暇だから 窓からギャラリーの前にあるスケートボードの店に眼を向ける。
 若者たちが入れ替わりやって来る。
 なかなか盛況である。

 お茶の水は 近頃では 本の街というよりレジャースポーツ用品を売る街と言った方が
 ふさわしい街になっている。
 この街にやって来る若者たちの姿を見ている限り、どこが不況なのかわからない。

 私が東京に住に住み始めた40年前といえば、お茶の水は本の街だった。
 比較的自由に本を買えるようになったのは 働き始めてからだ。
 暇があれば、よく御茶ノ水にやって来て 本屋めぐりをしたものだった。
 給料の大半は 本とレコードに費やされた。
 レジャースポーツなど無縁な世界だった。
 その時代に楽しんだことといえば、山歩きぐらいのものだった。
 お茶の水は 山用品の店も多かったから、登山靴やザックを捜し歩いたこともあった。
 本と音楽と山歩きが私の趣味の世界であり、それが仕事の肥やしにもなった。
 わが青春時代の街 お茶の水である。

 日本を離れ、ネパールに行くまでの10年間は 最大限に人生を生き、自分が1番
 生き生きしていた時代であったように思う。
 それだけに人との摩擦も多かった。
 その10年で 自分の人生はすっかり燃え尽きてしまったような気がしている
 この頃である。
 あの頃から どうも私の時間は止まってしまっているようだ。


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展示会 | 08:39:16 | Trackback(0) | Comments(2)
東京 展示会 第3日目
東京 展示会 第3日目 1

東京 展示会 第3日目 2

東京 展示会 第3日目 3

東京 展示会 第3日目 4

 展示会も3日目に入ったが、どういうわけか 盛り上がって行かない。
 せめてもの救いは ブログを読んでくれている方々が やって来てくれていることだ。
 ギャラリーの持っている名簿のお客様は 日常どういう生活をしているか 
 よく分からず、なかなか話が弾んでいかないが、ブログ仲間の場合は どんなことを
 大切にしているか、どんな生活をしているか、ある程度、わかっているから、
 初対面でも 初めてあったという気がせず、すぐに会話が弾んでくる。


 今日もネパールの話題を通じて知り合ったブログの仲間が いらしてくれ、
 愛器のオカリナを入れる袋を作るということで ブータンの野蚕のシルク布を
 購入して頂いた。
 20年前にネパールで手に入れたカンバールと呼ばれる桃色の野蚕シルクの手織り布で
 ある。
 まだ使われていない未使用の布であるが、水洗いをして 糊を落とすと 柔らかくなり、
 肌に馴染んでくる暖かみのある布である。
 触れば、触るほど愛着の湧いてくる布だ。
 袋からオカリナを取り出すたびに オカリナへの愛が ブータンの布に移っていく
 だろう。
 10年でも20年でも使用に耐える強靭な布だから、一生ものの布だ。
 末永く布との付き合いを楽しんでもらいたいと願う。
 ネパールのことに話が弾むにつれ、ネパールへの思いが膨らみ、早く日本を出て、
 ネパールに行きたくなってきた。

 展示会会場への行き帰り、都営新宿線を利用しているが、携帯電話を使って、メールを
 送っている人が年々増えている。
 昔は 本(漫画も含めて)を読んでいる人が多かったが、それが携帯電話を使っての
 メールの送受信になっている。
 ネパールやタイでも携帯電話は ポピュラーになってきているが、メールのための
 インフラが まだ出来ていないので会話だけである。
 携帯電話を持たないアナログ人間の私からすれば、コミュニケーションの手段に
 メールを使う気持ちが わからない。
 人は やはり どこかで人につながっていることを確かめたいのだろうか。
 人は孤独の中では生きていけない。
 しかし、携帯電話のメールのやり取りだけでは 孤独は充分に癒されない。
 人の笑いはどこから 生まれて来るのだろう。
 何か つかみどころのない都会の人々の姿である。

 混んでいる電車の中では 手の位置には気をつけなくてはならない。
 ぼんやりしていると 何が起こるかわからない。
 皆で息苦しい世界を作っている。
 あと10年経てば、どんな日本になっているのだろう。
 良くなるのか、悪くなるのか さっぱり予想がつかない。
 自分の望んでいる社会の姿が見えなくなれば、成り行き任せに任せるより仕方がない。



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展示会 | 07:14:23 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 展示会 第2日目
東京 展示会 第2日目 1

東京 展示会 第2日目 2

東京 展示会 第2日目 3

東京 展示会 第2日目 4

 少し、寒さが遠のき、外に出かけるのも楽になる。
 都営新宿線の地下鉄の電車には 午前11時7分発に乗れば、展示会の開催時間の
 12時にはちょうどよい。

 猿江恩賜公園の紅葉もここ2日の気温の低下で 進んでいる。
 今年は東京で紅葉を眺めることなど出来そうにもない。
 展示会が終わることには 東京の紅葉も終わりに近づいているかもしれない。
 まだ 身体の具合が本調子でないので どうも無理が利かない。
 部屋に帰ると まずすることといえば 2時間ばかり 眠り込むことである。

 ネパールにいても タイにいても 人間関係は 最少に抑えているから、展示会を
 開くと 半年分の人との係わりが 1週間に集約されるようである。

 今日は 12時に展示会を始めても 訪問客がやって来始めたのは 2時近くなって
 からだ。
 ギャラリー TEORIYAを会場に17年ぶりに展示会を始めたのが、昨年12月から、
 今年の5月に続いて 今回で3回目である。
 この場所を足場に次のステップと考えているが、思い通りにいかないものだ。

 今日は 前日に比べると売り上げが上がったので 少しほっとした。
 会場費が1日2万円、案内状の印刷、発送などを合わせると 1日10万円近い、
 売り上げがほしいのだが、その半分だって 難しいのが現実である。
 ブータンの染織品を 展示するようなお寺さんがあっても 面白いと思うが、
 そういうお坊さんは 現れないようだ。

 今日 外においてある看板を見て 展示会場に60歳過ぎの人がやってきた。
 アジアの布に興味があるということで 入ってこられたらしい。
 定年退職して、今は別の仕事についており、月収15,6万円だと言う。
 65歳を過ぎれば、年金が月30万円近く入るらしいが、65歳以降どういう生活を
 しようという計画はないらしい。
 海外には行ったことはないらしいが、バンコクの話をすると、バンコクの歓楽街で
 遊んでみたいという気があるようだ。
 真面目に仕事をしてきた人間が バンコクの享楽の世界を知ると のめりこんで
 しまうのではと心配にもなる。

 奥さんは公務員で現役中という話だが、互いに仕事をやめ、年金生活に入っても
 老年期を一緒に楽しもうという気はないらしい。
 せっかく何十年もともに生活してきたのだから、余生をともに楽しめばと思うが、
 今の日本では そういう形にならないらしい。
 夫婦であっても 個人主義、自由尊重、いいのか悪いのか わからない。
 家族、家系の存続を失った日本の象徴的な姿だ。
 余生を次世代のために 何かを伝え、残していくという生活文化、家の伝統を伝承して
 行く形は すっかり失われている。
 同じ場所に住み続けていても やっぱり根無し草なのだろう。
 次に続いていくものがいない。


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展示会 | 08:49:36 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 展示会 初日
東京 展示会 初日 1

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東京 展示会 初日 3

東京 展示会 初日 4

東京 展示会 初日 5

東京 展示会 初日 6

 今日の朝から 昨日の寒さが まだ残っている。
 昨夜 寝たのは真夜中の2時、まだ寝ていればいいのに 朝7時には 目が覚めて
 しまう。

 今日から始まる『アジアの布展』のための最終チェックをし、必要なものを確かめる。
 忘れ物がないことを確かめ、午前10時過ぎには家を出る。
 正午からの始まりだから、もっとのんびり出かければいいと思うが、初日だと思い、
 早目に会場へと向かう。

 10時半過ぎには会場に到着する。
 会場の扉を開け、窓を開け、値札の位置のチェックや全体の展示のバランスを見る。
 会場のすぐ外にも ブータンの布を飾る。
 終わったついでに 展示会場の写真を撮る。
 準備万端である。

 寒い天候のせいか、宣伝が行き渡っていないのか 人の出足が遅い。
 最初にやってきてくれたのは ブログ仲間の一人とその知り合いの方、その後も
 ブログを読んでやってきてくれた人、展示会のたびにやってきてくれるブログ仲間の
 方が続く。
 その後、何人かの方が続くが 今日1日は 全員で10人ばかり、どうもぱっとしない
 1日だった。

 質の良いものを展示しているつもりであるが、初日は 盛況とはいえないものだった。
 ちょっと寂しい初日だった。

 午後8時過ぎに展示会場を出て、9時前に家にたどり着く。
 疲れ果て、2時間ばかり横になり、今こうして ブログを書いている。
 残りの6日間に期待しようと思っている。
 時間があれば 皆さん 来てください。


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展示会 | 09:33:04 | Trackback(0) | Comments(0)
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐07 生き場所を求めて
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐07 生き場所を求めて 1

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タイでの長期滞在を望む人たちへ‐07 生き場所を求めて 3

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐07 生き場所を求めて 4

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐07 生き場所を求めて 5

 人が生きる場所を変えて、別の場所へと移っていくことはどういうことだろう。
 18歳のときに 田舎を離れ、東京で暮らすようになった。
 東京で15年近く生活して それなりに人間関係も出来たが、やはり そこは
 自分の居場所ではないという気持ちは いつでもあったような気がする。
 東京での15年間の生活の中で 大学時代は池袋 その後は 国立、松戸、そして
 市川へと引越しをした。
 仕事絡みで 引越しするというのが主な理由だった。
 田舎から都市に出てきた人間なら 皆 そんな生活だろう。
 1960年代後半から1980年代始めまでの都市生活の中で 心の中で
 口ずさんでいたいくつかの歌があった。
 その中の一つが 泉谷しげるが歌っていた歌 『春夏秋冬』だった。


       春夏秋冬
              作詞・作曲 泉谷しげる

   季節のない街に生まれ 風のない丘に育ち
   夢のない家を出て 愛のない人にあう

   人のためによかれと思い 西から東へかけずりまわる
   やっとみつけたやさしさは いとも たやすく しなびた

   春をながめる余裕もなく 夏をのりきる力もなく
   秋の枯葉に身をつつみ 冬に骨身をさらす

   今日ですべてが終わるのさ 今日ですべてが変わる
   今日ですべてがむくわれる 今日ですべてが始まるのさ

   季節のない街に生まれ 風邪のない丘に育ち
   夢のない家を出て 愛のない人にあう

   となりを横目でのぞき 自分の道をたしかめる
   また ひとつずるくなった 当分 てれ笑いがつづく

   今日ですべてが終わるのさ 今日ですべてが変わる
   今日ですべてがむくわれる 今日ですべてが始まるのさ

   今日ですべてが終わるのさ 今日ですべてが変わる
   今日ですべてがむくわれる 今日ですべてが始まるのさ

 春夏秋冬 歌 泉谷しげる
 http://www.youtube.com/watch?v=ckhTGPx8QHE&feature=related

 住む場所を移るたびに 挫折と期待があったが、そんな中で何を得たのかは
 いつも定かではない。
 しかし、一つの場所に住むことの出来ない人間もいるのである。
 その延長線上に ネパールでの生活も タイでの生活もあったが 何も確実なものは
 なく、あるとすれば、自分が生きているという事実だけだった。

 今から考えても 一つの場所に根付き、そこで家族を作り、子供を育て、地域に根を
 拡げて 生きることができれば それが1番いいことだと思う。
 しかし、仕事人間の男の中には 根付いているつもりでいたが、子供も自分の手を離れ、
 定年退職してしまい、自分の周りを見回してみると、本当は 根付いているものは
 何もなかったと気がつく人間もいるのかもしれない。

 『今日ですべてが終わるのさ 今日ですべてが変わる
    今日ですべてがむくわれる 今日ですべてが始まるのさ』と

 海外での長期滞在を夢見るのかもしれないし、実際に長期滞在を実行してしまうのかも
 しれない。
 海外旅行の一般的でなかった時代なら、田舎から都会に出るのが若者たちの一つの
 形だったのかもしれないが、今は 簡単に海外旅行も海外生活も出来る時代になった
 から、若者たちも 海外生活を始めるようになった。
 何の覚悟もなく なんとなく 始める。
 それが今風なのだろうが、『生きる』という視点を失ってしまうと、海外生活も
 危ういものになる。
 
 歓楽街に行けば、簡単に女の子との係わりが生まれる。
 砂漠のように味気なかった日本の都会での生活から開放され、オアシスのような世界を
 見つけたと錯覚してしまう。
 お金で始まった関係も 孤独の中の日本の生活に比べれば、楽園のように思えてくる。
 一緒にいることを いつの間にか愛と錯覚してしまうことだってある。
 不毛の愛におぼれてしまう怖さもあるが、それすら見えなくなってしまう。
 再び 孤独の生活が始まり、お金で女の子との係わりを求め、あり地獄の中に
 落ちてゆく。
 やはり 新しい始まりはないのである。
 お金で得た変化はイリュージョンであり、自分が変わらない限り、新しい始まりは
 生まれてこない。

 それにどこかで気がつけばいいが、気がつかない限り、同じことの繰り返しになる。
 自分の生活を変える決意がなければ、やはり どこにいても 何も始まらないし、
 何も変わっていかない。
 そして、愛のない孤独の中に置かれ、果てのないむなしさの中で苦しむことになる。
 自分を見つめ、自分を変えようとしない限り、人との関係も変わっていかない。


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展示会 | 23:54:09 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 展示会‐01 展示物の搬入
東京 展示会‐01 展示物の搬入 1

東京 展示会‐01 展示物の搬入 2

東京 展示会‐01 展示物の搬入 3

 帰国してから 3週間 体調のすぐれない中で どうにか 展示会間際まで
 たどり着いたといった感じである。
 展示物の値段票、説明文も貼り付け、荷造りも済ませた。
 昨日は 展示会場 ギャラリー 『TEORIYA』へ展示物を運び込んだ。

 いつものことで 前回の展示会の際、頼んだ赤帽のおじさんに来てもらう。
 天候が崩れ、雨でも降りそうな気配である。
 寒さにはすっかり弱くなった私にとっては 嫌な天気である。
 
 運送にかかる時間が 2時間以内であれば、費用は4600円である。
 私の場合 部屋から展示会場まで 30分という距離であれば、赤帽を使うのが
 1番安価だ。
 
 展示物を詰めた大きな荷運び用のプラスティックの袋が7つ、小さな運送者には
 調度いい荷物の量だ。
 宅急便だと1万円を超えてしまうが、都内の搬送であれば、赤帽が便利である。
 赤帽の運転のおじさんも 2度目なので 展示会場までスムーズに迷うことなく
 行ってくれる。

 約束の午後3時に赤帽のおじさんはやってくる。
 去年 転職をして赤帽になった人で 当たりも柔らかく、人柄もよく、楽しく会話を
 しているうちに会場に到着する。

 展示会場に荷物を運びあげたところで ギャラリーのオーナーがやって来る。
 20年来の知り合いで ブータンの布の展示会を初めて開催したのも この方の
 ギャラリーで それ以来 お付き合いさせて頂いている。
 当時 60歳だったこの女性も80歳を超えてしまった。
 互いに歳を取ることから、逃げることは出来ない。
 私より はるかに元気で壮健である。しゃきしゃきの江戸っ子だ。
 もともとは亀戸の出身で 私も昔は 亀戸近くで働いていたから、どこかで
 縁があったのかもしれない。
 自宅に帰ると 毎日 糸を紡ぐのが この方の日課だ。

 今回の展示会は どういう結果になるのか 心配であるが この不況時、
 悩んでも仕方ないのかもしれない。
 なるようにしかならない。

 荷物をギャラリーに預け、部屋まで帰ってくると 雲間に月が顔を出していた。
 カトマンズで見る月、バンコクで見る月、そして東京で見る月、見る心の置き方が
 違っている。
 若い頃は 月をじっくり眺めることはなかったけれど、この歳になると 
 月が出ていると ついつい眺めてしまう。
 今日は 展示会場の飾りつけだ。そして 明日からは本番である。



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展示会 | 20:46:40 | Trackback(0) | Comments(0)
東京 真夜中のスーパーマーケットの中で
東京 真夜中のスーパーマーケットの中で 1

東京 真夜中のスーパーマーケットの中で 2

 東京での生活費の節約のために 近所のスーパーの夜12時過ぎの安売りをねらって、
 買い物をすることにしていることは 前にも話したが、先日 夜12時半近くなって
 スーパーへ行き、安売りの品物を探していると、25歳前後の一人の若者を見かけた。
 半額以下になった弁当を買いにやってきているようだった。
 着ているものをみると、履いているジーパンは汚れ、着ているトレーナーもあめ色に
 変わり果て、その汚れ方は半端ではなかった。

 カトマンズやバンコクでは 時々そんな若者を見かけることがあるが、日本の東京で
 見かけたのは初めてのことだった。
 私の住んでいるあたりには 路上生活者 ホームレスの人たちも見かけるが、ここまで
 汚れた服装をした人間を見かけることはなかった。
 私が日本で過ごしていた頃も 時々 帰ってくる26年間の生活の中でも ここまで
 汚れた服装をしている若者はいなかった。
 安売りの残り少ない弁当を確認している様子も 少し変わっていて、弁当を手にして、
 匂いをかいでいる様子を見ると、少し 心の状態に問題があるのかと心配になった。
 あの服装の汚れ具合からすれば、きっと長い間 野宿の生活をしているに違いない。

 一体どうしたのだろう。今の日本は一体どうなったのだろう。
 いたたまれない気持ちになってしまう。
 あまりの驚きや心の痛みに 呆然としていた。
 周りの人たちは 見てみない振りをしているようで 彼は存在していないかのよう
 だった。
 確かに真夜中の12時過ぎにやってくる人たちは 決して豊かな人たちではない。
 ぎりぎりのところで生活している人たちが大半だろう。
 安売りになった弁当や惣菜を大量に買い込んでいる人もいる。
 中国人や韓国人、フィリピン人などもいる。
 仲間の食事のためのまとめ買いをしているのだろう。
 家族のための朝、昼の食事のためかもしれない。
 みんな 人のことに構う余裕などないのである。
 自分が生きていくことで精一杯なのだ。

 時間がスーパーの閉店に近づくにしたがって、スーパーの値札係が 安売りの品物の
 値段を更に安く付け替えていく。
 残りが多ければ 定価3百円以上の弁当や惣菜が3分の1以下の百円近くになるからだ。
 グルメ、グルメで 一度の食事に 2千、3千円とかける人とは無縁の世界の出来事である。

 器用に生きていけない人間はいつの時代でもいる。
 そういう人間を 暖かく支えてきたのが 昔の日本社会だった。
 いい意味でのおせっかいな人はたくさんいたのである。

 部屋に在庫の不要な洋服があったから、上げればよかったと後で思ったが、
 そのときは 気持ちが動転していて 考えが及ばなかった。

 日本がこの10年間 貧しくなったことの原因を分析しているブログ記事に
 こんなものがあった。

 なぜ日本国民は短期間に貧困化したのか?
 http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/629f6351ce7559cbf4073c3037e6ce75
                       ~『杉並からの情報発信です』より

 私にとっても 生活の糧を得るために帰国しているが、
 日本にいるときが 1番辛い時間である。
 心痛むことが多すぎる。
 希望が見えてこない。



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東京 | 08:31:12 | Trackback(0) | Comments(2)
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心
タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 1

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 2

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 3

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 4

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 5

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 6

タイでの長期滞在を望む人たちへ‐06 人間への好奇心 7

 コンケンでの7年間の生活の中での足は 自転車だった。
 暇があれば、コンケンの町の中を 自転車を使って 走り回っていた。
 いつの間にか コンケンの町は 自分の庭のようになっていた。

 布の仕入れ、洋服の縫製で知り合った人々、近所づきあいの中で知り合った人々、
 良くも悪くも そうした付き合いの中で コンケンは自分にとって身近な町に
 なっていった。

 タイでの生活と平行しながら ネパール カトマンズでの生活もあった。
 1年にタイでの生活が5ヶ月、ネパールでの生活が 4,5ヶ月、そして 
 時々インド、残りが東京という生活が 26年間続いてきた。
 そんな生活の中で 1番興味深かったことは 人間を見つめることであり、
 それぞれの国で生活している人々の姿だった。
 ネパール人、インド人、タイ人、そして 日本人、その違いを見つめ、その違いが
 どこから生まれて来るのか それを探ることは 楽しいことだった。
 私が ネパール語、ヒンディ語、タイ語が話せるようになったのも 人間に対する
 好奇心の強さからだったのだろう。

 家族制度、地域共同体の中の人間関係、そして その中で生きる子供、若者、中年、
 老人の姿を眺めることは 飽きることはなかった。
 それは 貧しさとは何か、豊かさとは何か、幸福とは何かを考える機会にもなった。
 国が異なれば 生活文化も異なり、貧しさ、豊か、幸福に対する受け取り方も
 異なることだった。
 日本人の持つ価値観や見方だけでは 貧しさも豊かさも幸福も正しく判断できないと
 いうことがわかってきた。
 又、昔は日本にもあった伝統的な生活文化(家族制度、地域共同体文化)が
 息づいていた。

 そういう視点からみれば、見えてくる世界も 欧米化し、昔ながらの伝統的な
 生活文化を失った今の日本人には 違う次元の豊かさも幸福も見えてこないかも
 しれない。

 アメリカ的な個人主義、モダンライフが人間を幸福にするという嘘が 今の日本では
 現実のものになってきている。
 老人たちは 家族と暮らすこともなくなり、老人ホームなどの施設で暮らすように
 なってきている。
 戦後 欧米式モダンライフを目指したマンションライフは その個人主義を尊重する
 あまり、人々との付き合いを失わせ、家族制度を二世代家族に変えてしまった。
 人々を支え、豊かさを共有する家族制度は失われ、家族はばらばらになり、
 皆 逆に貧しくなってしまった。

 人々の間から笑いが失われ、街は無機質なものに変わり、街の中では 共生する
 人々の姿はなくなっている。
 新しい欧米タイプの法律がどんどん作られ、息苦しさばかりが増していく。
 突然の変化であれば、皆 気がつくが、戦後65年かけて 少しずつ作り上げてきた
 変化には気がつかない。
 この26年間の変化は アジアの各地で起こっているけれど、1番成功したのは
 日本だろう。 

 ネパール、インド、タイ そして日本、浮遊するように生活してきた26年間で
 あるけれど、そのアジア世界の変化を見続けることは 飽きることのない興味を
 与えてくれた。
 人間に対する好奇心がなければ、どこにいても人間の心や姿は見えてこない。
 それは 日本に居ても同じことである。



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旅の情報 | 09:15:56 | Trackback(0) | Comments(0)
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